大きな白いお城。赤紫色の壁紙。きらびやかなシャンデリア。あちこちに広がるテーブル。立食中心でいくつか座席もあるお茶会。湯気のたつ紅茶は最高級の茶葉を。もちろん嫌いなお客様にはシャンパンワインコーヒードリンクなんでもござれ。お皿の上は、おもてなし。虹のように重なるマカロンはクリームがとろり。宝石のようにフルーツ光るタルトレットは凛として。スプーンを曲げて彩った贅沢な一口生キャラメルにふわふわシュークリームのタワー、他にも色々なお茶請けが。一つ一つのテーブルにはありとあらゆるスイーツが積み重なり、王国のパーティーを美しく彩っている。
「さぁ、今日も選りすぐりの食材で作ったスイーツですよ!」
国王は中太りの白髭を生やした男だ。王冠をかぶり、マントを揺らしてニヤリと笑う。
「お腹一杯になるまで、ご賞味ください」
その一言で、貴族たちはそれぞれのスイーツやお茶に舌鼓を打つ。美味だ、なんだと高らかに叫び、歓声をあげる。
「ぐへへ」
ただ、舌鼓を打つのはスイーツだけでなく、ドレスではだけた足を狙う不埒な輩もいるものだ。
「ぎゃっ」
ざわつく館内。警備員もなんだなんだと集まる。黒い靴を尻餅をついたとある男の顔面につき出され、金糸がさらりとシャンデリアに輝いた。
「……ダメよ」
赤いドレスの下。たわわに膨らんだ乳房がふるりと揺れた。細く白くすべらかな手をゆっくりと殺気だつ黒スーツの男の肩にのせれば、恭しくおとなしく背に下がる。いい子ね、濃いワインレッドのシャツの襟を柔らかな手でそう調えて首に手をかけてやれば、礼と守護の証に彼女の無防備なお腹にゆっくりと手を回し、不敵な笑顔が表情に浮いた。
「うちのナイトが怒るから、おさわり禁止」
「わ、わぁぁ」
腰を抜かした男は高級そうなズボンをカーペットで擦りながら後ずさりした。どちらが悪いか、明らかに腰を抜かした男側だ。警備員もそちらを追いかけていく。
「さ、いきましょうか。こっちに美味しそうなタルトレットがあるわ」
「仰せのままに、プリンセス」
回した手を動かし、左隣へと回る。ゆっくりと赤いドレスを揺らしながら、女は右腕に手を添えて歩き始めた。思わず周りの客が見惚れるほど、その歩き方は人の視線を集めた。背が高く、背が高くすらっとしたスーツの似合う金色の男の半歩後ろを、オレンジ髪のセクシーボディの女が赤いドレスを揺らしながら歩いていく。完璧なエスコート。
「お、おい、あいつレプンサレタ国っていう王女の騎士のはずだろ?」
「あぁ、あの、無人島だと思われてた国のだよな」
女を椅子に座らせてからも、男の立ち振舞いは完璧だった。紅茶のティーカップは片手で、「王女様、これがおいしいですよ」と見ただけで女にオレンジのタルトレットを勧める。自身もクズひとつ溢さぬまま、フォークを音も立てずに動かし、タルトレットを優雅に少しずつ切って口に運ぶ。口許についたクリームを、ゆっくりとナプキンで拭う。
「騎士なのにまるで王子みたいな気品」
「王女様もマナーが完璧」
「よく教育されているわー」
別の国の王女達が集まってきて、二人にあちこちから賛辞を送る。女は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。ほら、お礼を」
「もったいないお言葉で。こちらのマスカットダージリンの芳醇な香りが、オレンジのタルトレットと合って美味しいです。王女様方も、お話のお供にいかがですか」
「まぁ茶葉までわかるのね」
「えぇ。知識なくては我が国の王女の騎士は務まりませんから」
「すごいわねー。うちの国なんか」
「私の国は」
そんな王女達とある程度、世間話をしたあと。ゆっくりと男は席をたつ。女が紅茶とタルトレットをすべて味わい終えたのがわかったからだ。
「では、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
彼らはまた腕を組んで、ホールの扉から洗面所へと姿を消した。その二人の姿を見て、騎士達の教育をし直さなければと何人もの王女が考えたのだった。
ーーーー
ぶーっ。ぼたぼた。ぼたぼた。鼻から血が溢れだす。柔らかなお腹や腕の感触。ふるりと揺れる胸。そして、近接距離にいる麗しのレディ。
「ナミさんっ!もう全部が大好きだーー!!」
「……あんた、ちゃんと鼻血拭いてよ。変なところを触らなかったのは偉いけど、普通なら足踏んで百万くらいとるからね」
「ふぁい」
トイレットペーパーをからからと使い鼻血を拭ってから、流して、料理人は航海士待つダクトに飛び込んだ。女性のお手洗いと男性のお手洗いが繋がった排気ダクト。この行き先は、彼らがわざわざ王女と騎士の振りをしてまでこの城に潜入した理由に繋がる。
「スーツ汚れちまうけどいいかな」
「仕方ないわよ。アレは何があっても取り返さなきゃ。フランキー、ロビン。首尾はどう?」
ーースーパー順調だ。おめぇら人の目を集めるのうめぇな。
ダクトを這いずる腕。そこにつけられた子電伝虫から船大工の声が聞こえる。どうやら、警備室をジャックしたらしい。ごきっだのぼきっだの鈍い音が聞こえる。
ーー警備も減ったし、侵入も容易かったぜぇ。あっ、そこ右な。
「サンジ君のマナー講習のおかげかしら」
「いやぁ、ナミさんはもとから最高だよ!もっとも、足触ろうとしたバカにはもっと天誅」
右に曲がれば、ぐにゃぐにゃ道だ。通りづらそうに、彼らは這って進む。
「やめなさい。あんたはいい思いしたんだから」
「そうか、ナミさんの腕やお腹……」
ーー次は左よ。
「了解。もう、また鼻血出したらあんた殴るわよ」
「ふぁい」
分かれ道。左に進めば、今度は坂道。鼻を押さえながら二人は狭いダクトを這いながら進む。どうやらお触りのくだりも、紅茶の所作の下りも注目を集めて侵入しやすくする作戦のひとつだったようだ。何のための作戦か。それは、静かに話を聞いていた考古学者の一言で解決する。
ーーそこの通風口から外に出れば、お宝金庫の中みたい。
「了解。あとは作戦通りね」
「さて、こんな通風口つけとかなきゃならねぇ理由は」
「わかってるわ」
普通ならザルだのなんだのと詰られるこの金庫のわけは通風口も窓もあるから。けれどもここは三階だから窓から侵入するのは難しいし、ガラスも分厚い。警備も窓のそばや扉の外にたくさん溢れているし、金庫にも時折警備員やそれ以外の人物も入ってくる。なぜか。
「あった」
「なんとか、間に合ったわね」
理由は、ここが金庫というより通気のよい食材庫だからである。そして、盗まれたのは。
「あったわ、私のみかん!!!よかったーー!!使われてなかったー!」
「今回はタルトレットしかみかん使われてなかったし、ナミさんのとは違ったから」
航海士が袋に入れられていたつやつやミカン三個に頬をつける。料理人はほうと息をついたが、
「ほんとすまねぇ、ナミさん。おれ警備不足だった」
「いいのよ。あんた買い物にいってたから仕方ないし。悪いのは勝手にもいだ奴ら」
頭をかきながら謝罪すると、航海士は手を振って弁解する。そう、彼女達が苦労してでも取り戻したかったのは彼女にとって大事なミカン。普段は決して野郎共に食べさせないほど大切なもの。なのにそれを船医が船番のうちにこっそり長ハサミで切り取って三個も持ち出したのだ。
「チョッパー泣いてたから美容パックで許してあげたけど!!」
「ナミすわん優しくて好きだー!!」
船医が泣きわめきながら謝罪していたのが彼らの印象に残っている。もちろん船医にもなんとか取り返すと言って、この作戦『プリンセスナイト作戦』をとったのだ。適当な島のプリンセスと騎士の振りをして、ティーパーティーに侵入する作戦。招待状から何やらは考古学者と船大工が手配してくれた。どうやって、と聞けば大人の手法らしい。警備室乗っ取りでダクトの進み方を教えるということまでしてくれる。至れり尽くせりだ。
「この王様、海賊から盗んだものでティーパーティするのが趣味なんでしょ?」
「ロビンちゃんが言ってたなぁ。悪趣味な王様だ」
料理人はひょいと樽小麦粉を見ながら顔をしかめた。最高級と蓋に書かれたその小麦粉が盗品であることに気づく王族がどれ程いるだろうか。海賊のコックにとって、仕入れは大変なものだろうに。もしかしたら、これも海賊によって盗られたものかもしれないが、いずれにせよ悪趣味に違いない。
「にしても、ついでのようにお宝までよくここに隠してるわね」
「今まで海賊達の返り討ちに合わなかったのが不思議だぜ」
航海士が宝箱に入った金色のネックレスに触れ、そっといくつかポケットにねじ込みながら呻く。料理人も首をかしげながら、航海士のみかんを愛しそうに抱えた。宝箱があちこち無防備に転がっている。これでは、狙ってくれと言うものだ。
「それはそうさ」
切り込むような静かな声。同時に、閉じられていた金庫がばたんと開いた。騒がしく、駆ける音。カチャカチャと構えられる銃口。彼らはゆっくりとそちらを向く。
「襲ってきた海賊は、片付けてきたからね。こうやって」
「へぇ」
料理人と航海士は顔を見合わせて、手をあげる。子電伝虫からは撤退と囁くような声がした。きっと、別口で金庫に向かう道があったのだろう。威張る王様の後ろには、警備兵がたっぷりだ。
「背中には鉄より固いガラス」
「通風口ももちろんわざと開けてある」
「あとは、食料倉庫兼金庫に導けば」
「もう袋のネズミ。賞金も手にはいる」
「最高の趣味だ!」
銃口を構えながら警備兵がからからと笑う。王様もくつくつと笑った。きっと、今まで同じように海賊をはめてきたのだろう。
「袋のネズミですって?」
「冗談いうなよ」
だが、それは今回までだ。航海士が口許を緩めると、料理人は好戦的に顎をくいっと動かした。
「背中に、一流のナイトがいるなら」
こんな想定、していないわけないではないか。
「背中に、守るべき怒れる最高のレディがいるなら」
ひらり、と腰をくねらせて、ちょいとひだを掴んで揺らされるスカート。目をハートにする警備兵。単純なものだ。そこからころんころんと転がる玉に気づくのが1秒と遅くなった。
「こんなガラス」
「おれらにとっちゃ」
交互の言葉。ぼふん、と強い音と共に煙が広がる。ごほりごほりと警備兵が煙を吸い込み咳き込むも、ひゅっという靴音と共にばたりばたりと倒れた。
「な、なに、が」
口許を押さえる王様。こんなところに来たのを後悔しただろう。ぶわりと持ち上げられた黒足が、覇気の炎を煌々と帯びて、煙を警告の赤に染めるのが見えてことさら焦る。
「ウエハースと、一緒さ」
けたたましい音と共に、大きな硬質ガラスが簡単に砕けた。雨のようにガラスが散り、下の警備兵に降り注ぐ。煙が一気にぶわりと晴れる。王様は飛び込んできた風に顔を覆った。エマージェンシー、エマージェンシー。緊急事態。緊急事態。これは、今までにない、海賊だ。まさか、ばかな。唖然。複雑に歪んだ顔。けれど、すぐに別の意味でも歪むことになる。
「これ、私のミカンの分ね」
目の前にかちゃりと構えられた砲口。天候棒。銃弾よりもある意味恐ろしいものが飛び出す、魔法の棒。
「ガストソード!!!」
「ぐぎゃあ!!」
風の槍が、王を突き刺した。悲鳴と共に顔を歪め、押し寄せてきた警備兵もろとも吹き飛ばす。料理人は、にぃと笑った。彼女にみかんを渡し、素早く彼女ごと抱える。さっきより手荒いエスコート。けれど、腕の使い方自体はさっにと同じで気遣い溢れ、柔らかい。
「私こっちのエスコートの方がいいわ」
「じゃあ今度からそうするよ」
冗談めかして笑い合って、見つめる先は。ガラスがなくなり全開の、窓の外。
「待て!」
「ここは三階だ!!外にも……」
片や王の身を案じ、片やなんとか押し寄せた警備兵は窓を見て息を飲んだ。窓のへりにまっすぐ立った影。ぱりっとガラスを踏んで音を立てる革靴とヒール。月光にキラキラと金と橙が靡いて揺れる。
「あら、知らないの?」
「海賊は」
たんと倒れるように背中からまっすぐ落ちていく。ひっ、と警備兵たちは驚き叫んだ。紐無しバンジー。あるいは血迷ったか。そう思ったのだろう。けれど、
「空も」
「飛べるんだぜ」
航海士を抱えたまま、ぐるんと一回転。そのまま、夜空を駆け抜け、漆黒のスーツが相方の赤いフリルをなびかせながら流星のごとく闇に消えていく。金庫の外の警備兵は、ガラスにひるみ、闇夜に紛れた銃弾と関節技により気絶済み。もう、あとを追えるものは誰もいない。
「ひ」
「ひええ」
金庫の中の警備兵は、化け物でも見たかのようにへなへなとへたれた。こうなれば、もう追うことはできない。むしろ、この城の警備を破られたことで、未来への不安を強く感じて、情けなく腰が抜けたのだった。
「ルフィたち、怒ってるわよね。出番なかったし」
「仕方ないよ、テーブルマナー、からきしなんだから」
「じゃあお詫びに出航したあとすぐにこのミカンでデザート作ってやって。私にもね」
「ナミさん!!よろこんでぇ!!」
そして、二人のプリンセスとその騎士は、兵士の気持ちなどそ知らぬ顔。ただの海賊の二人へと、つまり、航海士と料理人へと戻っていく。海賊船の出航計画と本日の夜食の計画を、考えながら。ポケットに戦利品の金のネックレスいくつか、胸元に3個のみかんを大事に抱えながら。
<end>
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