sevendays23
2019-03-05 23:17:57
1740文字
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お鍋のお話

タグより。その3。
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お鍋(白菜、豆腐、昆布)

くつくつ。くつくつ。ことこと。ことこと。テーブルの上で湯が煮える優しい音がする。蒸気で蓋が揺れる音も兼ねている。しかも昆布から美味しい味が出る音ともいうし、豆腐や白菜が軟らかくなる音だともいう。いずれにせよ、剣士にとってはどれもそわそわする音。熱燗もそろそろいい頃合い、箸と器も位置についてポン酢もネギもよし、準備万端だ。

「そう焦るなよ。湯豆腐は待つ時間も楽しいだろ」

「あー」

「そこはわかんのかよ、アホの癖に」

「るせぇ、アホ」

「あぁん!?」

がなりあいながらも、いつもより声のトーンは抑えめだ。夜の晩酌は静かさも特別な肴なので、一味が寝静まっている今がチャンス。だから、明かりを少し落として、椅子を引き寄せて、同じ炎で暖をとる。煮立つ音を耳で静かに楽しむ。船大工が作ってくれた簡易コンロは持ち運びができて鍋にもぴったりだ。だから、目の前で鍋が煮える様を蓋つきで待つこともできるし、夜の船番で冷えた体をその炎で温めることもできるのだ。

「よし、そろそろいいな」

ミトンをつけた料理人、待ち構える剣士。ぱかり、と土鍋の蓋を開けた途端、彼らは思わずごくんと生唾を飲み込む。ほわりとただよった湯気はあたたかく二人を包みながら、具材の優しい香りを鼻腔まで運んでくる。湯気が晴れると、見るだけでとろとろになっているのがわかるお豆腐とくたくたに出汁を吸い込んだ白菜が早く食べてと言わんばかりにくつくつと微かに音を立てながら揺られている。

「よし」

料理人はゆっくりと豆腐すくいを手にとった。竹が編み込まれてお玉のようになったそれは豆腐をふるふるのまま崩さずとるための品だ。艶やかな豆腐の塊が、熱燗を注ぐ剣士の目の前の器にするりと滑り落ちていく。

「できたぞ」

そっと白菜も添えられ、ねぎかつぶしをぱらぱらポン酢をちゃぽん。このポン酢ネギかつぶしの配合は、料理人が誰だろうと勝手にやってくれる。しかも、仲間たちの舌に合わせたものにちゃんとなってるから、剣士も納得してそのまま食べることにしているのだ。その辺りは、彼も素直だ。言葉には出さないが。

「いただきます」

「おう」

箸をつかみ、挨拶をして、ゆっくりと目の前の豆腐を見やる。まだほこほこと湯気をたてているそれは、ポン酢とネギとかつぶしというドレスを纏い白肌をふるふると揺らしていた。そこに無遠慮に、けれど優しく、剣士は箸をいれる。柔らかなそれは簡単に箸が通り、やがてふるふると箸の上でこんもりと山になって揺れた。ふうふう、と息を吹き掛けてから、それをゆっくりと口に運ぶ。

「む」

ほふと湯気を吐き出し、頷く。歯に当たるのは柔らかい食感一瞬、残りはネギのしゃきしゃき感。のち、口の中にさっぱり自家製ポン酢の旨味と出汁の旨味を広げながらも、とろりと大豆の甘味と共にとろけて消えた。口に残るは、多幸感。体に広がるは温かさ。そこに熱燗を流し込めば、全身が至福だ。

「あっふぁまるな」

料理人も同じくして、はふはふ呻きながらとろーり白菜を口にする。柔らかな白菜はたっぷりと出汁を含んでとろとろになっているから、少し噛むだけで温かな旨味の洪水が溢れ出る。ポン酢や薬味がそれを引き立て彩って。酒がなくても十分だ。

「はふ」

「ほふ」

あとは互いに無口。器に取り分けた豆腐や白菜の塊がなくなるまで、掬う。口に運ぶ。湯気をはく。旨味を味わう。また掬うを繰り返す。食べる度、体がほこほこと温まるから。口の中に幸せのとろーりが広がるから。彼らはその美味しいループをやめないのだ。

「あーーっ!!!」

ただし、一つだけループをやめる可能性があると言えば。

「なんかうまそーなにおいするとおもったら、なに二人でうめーもんくってんだ!!」

ぎゃーぎゃー怒るトイレに起きてきた食いしん坊の乱入くらい。ほふ、といつもは喧嘩ばかりの二人が同じ顔をし、湯気を吐き出しながら焦る瞬間。

「おれにもくわせろーー!!!」

「わかったから!」

「静かにしろーー!!」

こうしてひっそり夜の晩酌タイムは終了。ちょっぴり賑やかな夜の宴タイムにシフトチェンジするのだった。

<end>