sevendays23
2019-03-05 20:46:59
1833文字
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軟骨のお話

タグより。その2。
ありがとうございます!

じゅうじゅう。じうじう。夕刻、島から帰ってくると、香ばしい匂いが甲板から立ち込めてきて、音楽家は思わず唾液を飲み込んだ。七輪の前にしゃがみこんでいるから何をしているのかと思ったら、カンカンに赤く焚かれた炭の上に網をおいて、その上に串をいくつか並べている。その串に刺さるのは、肉だ。鶏だ。焼き鳥だ。目でわかった後には、音楽家が大好きなたくさんの音がないはずの耳に入ってくる。表面がパリパリと微かな音を立てて焼ける音。じゅうっと肉から溢れた脂が炭に滴り燃える音。塩がぱちぱちと弾け鶏肉に旨味を与える音。そして、最後に来るのは音ではなく暴力的な匂い。これは、よろしくない。非常に、よろしくない。骨ばった口から、だらだらとどこからともなくよだれが漏れてしまう。

「おう、おかえり……ってきたねぇよ」

「サンジさん!!それは!!」

「あー、今日の夜食用の焼き鳥を試し焼きしてんだよ。食うか」

「くい!!ます!」

「ちけぇちけぇせまるな」

よだれをだらだら流しながら迫ってくる音楽家を足でぐりぐりして押さえながら、料理人はゆっくりと串を一本骨ばった手に渡した。まだ串が熱いのか、少し動かすだけで串に刺さった肉がしゅうっと音を立てた。

「これは……

突き刺さっているのは、白い櫛のような形の大きな肉が三つ。いや、肉というよりは弾力がある骨に近い。こんがりとついた焼け目。塩と胡椒が表面に染み込んでいるのがわかる。

「ヤゲン軟骨だ。食ったことあるだろ?」

「いいえ、お初です」

「そうか。なんか薬の道具に似てるからそういうらしいぜ」

詳しくはチョッパーにだの、案外高級な肉なんだぜだの説明が付け加えられる。音楽家は、その説明に感心しながらも、目の前でただよう匂いに我慢できなかった。

「いただきます」

「おう」

頷かれるや否や、ぱくりと肉を口に含む。丈夫な歯が、ゆっくりとそれを噛みきらんばかりに動く。

……!!」

だが、簡単には噛みきれず歯で弾む。食感がどこか面白い。こりこり、こりこり。音を立てながら噛み締める度にあっさりとした塩味やピリッと胡椒味が熱々さと共に口に広がった。

「おいひいです!」

「だろうな」

その顔で十分わかるとばかりに、緩みきった骨顔を見てぷはりと笑う料理人。気をよくしたのか二つ目の肉に入ろうとしている彼をとめ、七輪のそばにあった小さな皿を差し出した。

「つけてみな」

「これは……

「辛味噌だ。肉の旨味が引き立ってうめぇぞ」

音楽家は赤茶色の小さな山を見つめた。くん、とない鼻で匂いを嗅いでみる。つん、と辛い匂いと味噌の匂いがした。ちょんとそこにヤゲン軟骨をつけて、噛ってみる。途端に、空っぽの瞳がまばたきせんばかりに固まった。

「おお……

こりこりとした食感を楽しむ度、優しい味噌の甘さやピリッとした辛さが溢れだし味わい深い。あっさり塩コショウも好きだけど。

「こちらも、おいひいです!」

「な、絶妙だろ」

笑顔の料理人の言葉に頷きながら、歯の動きはとまらない。こりこり、こりこり。しっかり噛む。味わう。こりこり、こりこり。ごくん。

「あ……

あっという間にぺろりと一つ食べてしまった。残りの肉はもう一つだ。食べてしまったら、美味しいものはなくなってしまう。当然だけど、物悲しい。どっちで食べようか。原点回帰のあっさり塩コショウか、味わい深い辛味噌か。

……そんな悲壮な顔すんな」

料理人は、呆れたように七輪を指差して、自身も串をひょいとつまみながら言った。

「試し焼きし過ぎたから、人手がいんだよ。まだあいつら帰ってきそうにねぇし」

ぐいっとヤゲンを歯で串から外しながら呻く料理人。

「もっと、くって、あち、いいぞ」

はふはふ、こりこり。そんな音を立てて味わう彼を見ながら、音楽家はキラキラと顔を輝かせた。本当は、ウソだとわかっていた。料理人が一人で食べきれない量を焼くはずないのだ。でも、美味しそうに焼鳥を食べるその顔は、美味しい以外の顔も見せていたから。

「じゃあ!」

おいしいと誉められて嬉しいの顔も、見せていたから。

「優しいお言葉に甘えて!」

音楽家はもう一つ串をつかむ。だから余るんだってだのなんだの言い訳をこぼし続ける、優しいコックを横目に見ながら。骨ばった顔をさらに緩めながら。がぶりとヤゲンを歯で串から外すのだった。

<end>