エディ
2016-10-13 00:00:12
3239文字
Public
 

「受験です、先生」

バス保

「受験です、先生」
松野カラ松 18歳 10月

・両思いの二人(高校三年生カラ松×三十歳一松先生)
・「僕の人生を返して」のシリーズ続編ですが、上のことだけ頭にあれば読めると思います。
・バス保爆誕半年記念おめでとうございます。





俺の先生への想いが通じてから半年と少し、俺が最終学年になってからも大体半年、俺の十八歳生誕記念日ならびに先生のめでたい三十路BIRTHDAYからも概ね半年。
俺たちの愛は際限を知らず毎日育っていき、キスもセックスも順風満帆。部活動にも支障は無く夏の大会では俺の活躍に先生もますます惚れ直したようだった。今は冬の、そして俺たち三年の引退試合に向けて猛練習中だ。
最終学年として、部活動も学校行事も全力で取り組んできた。その思い出のひとつひとつに先生が居て、俺の人生は薔薇色そのものだった。

の、だが。

「もうシャーペン握りたくない
「甘っちょろいこと言ってんじゃねえぞ、次だ次」

俺と先生の個人授業は未だに続いていて、その厳しさたるや愛しのマイハニーが時々鬼のように見えて「さっさと次解けって言ってんだろが」………はい。



-



高校の教師になりたい。
そう最初に伝えた時は、木々が青々と茂り日差しが少しずつ強くなっていった頃だろうか。早々に冷房の設定へ切り替えようとリモコンを操作していた先生は少しだけ眉を寄せて「やめておけば」と言った。
俺の学力の低さを心配してか、それとも教諭として長く学校に勤めた者の経験としてか、とにかく良い顔はしなかった。
先生の指導の甲斐あって一年次に比べたら成績は格段に上がったものの、その時の内申点までもが向上するわけではない。ならば残された道は就職かとこぼせば、それはそれでと顔をしかめていた。

「お前さ、将来のこと何にも考えずに生きてきたわけ」
「うん、とりあえずその時楽しければいいかなって。あ、でも今は先生といつまでも一緒に居るのが俺の夢!」
「分かった分かったそういうの今はいいから……。人のこと言えないけどさぁ、お前もう少し計画性持ちなよ。したいことと、出来ることと、金とかはまぁ……おいおい何とかなるもんだけどさ」

進路指導とか専門外もいいとこなんですけど、とブツブツ文句を言うわりにはいつだって真剣に話を聞いてくれる。ぞんざいな言葉を返しながらもその中に的確なアドバイスをくれる。
俺たちの将来を真剣に考えてくれてるんだなと言えば、少し耳を赤くした先生にますます怒られてしまったので俺も腕を組んで考え始めた。

したいこと、と言われたらそれは先生と一緒に居ることに決まってる。先生の恋人として過ごし始めてから半年で分かったことは、「今すぐ大人になりたい」、この一言に尽きる。
夜も満足に出歩けない。好きな所へ行けないし
泊まれない。両親や兄貴へもまだ言うなと先生から固く口止めされているし、何よりその先生に対して金銭的な協力を一切できていない。
俺が誘ったデートだというのに小遣いの範囲から出てしまえばどうにもならない。いつだって歯痒そうな顔をする俺に先生は苦笑しながら「出世払い、期待してる」と頭を撫でてきた。
だから俺は何が何でも先生を養えるくらい出世して、ビッグにならなきゃいけないのだ。

しかし出来ることと言われて俺に残されているのはバスケで鍛えた技術と体力くらいだろうか。確かにプロバスケットの世界に行けたらと考えたこともあるし、少なくともインターカレッジで活躍することは今だって目標にしている。
けれどプロになることがどういうことか、そのための時間や技術がどれだけのものか分からないほどではない。だったら俺に残されているのは、この運動経験を活かした何かか、培った体力を活かした何かだ。
先生と生涯過ごせるくらい安定していて、これまでの経験も活かせて、かつ先生とより近く過ごせる職場環境…………、と、なれば。

「俺やっぱり、体育教師になりたい」

一学期の終わりに進路調査票と共に保健室に行けば、先生はチラリとこちらを見た後応援はするとそっけなく言った。
今までの険しい顔から少し頬が緩んでいるように感じ、その些細な変化がひどく嬉しかった。ありがとうと言いながら肩を抱けば「教えられるのはセンターレベルだからな」と額を小突かれた。



-



「で、そろそろ志望校は絞れたの」
「う゛……なかなか難しいな、うん、はは」
「誤魔化すな。松野、お前さぁ、ウィンターカップとやらにも出るんだろ? センターでなんとかって思ってたのに絶望的じゃねえか。志望校分からないと受験の仕方だって変わるだろ」
……わ、かってる
「分かってないでしょ。一種取るって意気込んだのお前だし、だから短大も専修もやめたんだろ? ならもう少し真剣に、」
「分かってる!!!」

ぐつ、と腹の中が沸き立ったような音がした。
こんな会話、担任とも親とも飽きるほどしたんだ。なんで先生にまでそんなこと言われなきゃならないんだ。
確かに数日後に中間考査が迫っているが、最後の大会の予選だってひと月を切っている。全て勝たなければ意味がないのだ。日がどんどん短くなる中精一杯練習をして、こうして勉強だって手を抜かずに取り組んでるはずだ。
ぐつ、ぐつ、と次から次へと嫌な感情が湧き出てしまい、それを抑えようと拳を握った。
ああでも、こんなの八つ当たりだ。
それだって分かってる。仕事でもないのに俺に付き合ってくれる先生に向ける言葉じゃない。顔が上げられない。ごめん、先生ごめん……

せんせ、ごめンェ、?、」
…………牛乳無いから、粉のやつ、四杯も入れれば十分だよな」

黙り込んだ末に口を開きかけたら、じんわりと温まったマグカップの淵を唇に押し付けられた。いつの間にか俺の前に立っていた先生がこちらを見下ろす。わずかに湯気が立つ先生のマグカップには黒いコーヒーが注がれているのに、俺のマグカップの中身は乳白色に染められていた。
差し出された先生の手を上から覆うようにして、そのままカップを傾けて喉に流す。少し熱いままの液体が体内の管を通って腹の中に落ちていく。じわじわと熱が拡散して、ほこりと温まった呼吸をひとつ口からこぼした。
俺に手を握られたままの先生が、もう片方の手でぐしゃりと髪を掻き撫でた。

「落ち着いたかよ」
「うん、ごめん」
「僕も悪かった。進路とか相談されることなんて、人生で初めてだし……自分の経験しかないからさ、ちょっと焦ってた」
俺馬鹿だからいっぱい勉強しなきゃいけないの分かってるんだ、でも……最後までバスケ、してたい」
「知ってるよ」
「後悔したくないんだ……。けどそれ以上に、先生と一緒に居たい。先生の隣、胸張って歩きたい」
「うん、分かってる」

だからまずは目の前の中間頑張れよ、と、今度はぽんぽんと手のひらを乗せてきた。子供をあやすようなその動きにいつもなら文句をこぼしていたが、今日は迷いなくその薄い身体に抱きついた。
寒くなってきたからとシャツの上に緩いセーターを着たそこへぐりぐりと頭を押し付ければ、こぼれるだろと笑うだけで先生は他に何も言わなかった。
ああくそ、また子ども扱いだ。悔しい。
早く大人になりたい。
そう思っていると、頭に添えていただけの先生の手にわずかに力が込められた。鼻先を埋めた先生の体温が少しだけ上がった気がする。とくり、とくり心臓が脈打った後に耳に届いたのは、


「出世払い、してくれるんだろ、カラ松」


と言う少し照れたような先生の声で。
ますます強い力で押し付けられたから顔は見られなかったけど、きっと真っ赤な顔して言ったんだろう。
やっぱり先生のためにも受験失敗出来ないなぁと、いろんなものから半年目のこの日に、俺は強く誓ったのだ。





(2016.04.13. → 10.13.)