著者: 雷歌/らいと
2023-08-19 22:03:39
2064文字
Public 戦セバシリーズ
 

【戦セバシリーズ / ヤン+Ⓑ】モーサリアンワンドロライ♯8月19日

お題:素月
Ⓑくんとヤンさん

「お、Ⓑじゃねぇか」
 夜の見回りが終わった頃、ついでに不審なものはないかと庭に出てみれば声をかけられた。そちらの方を向けば、小さいガラスコップを手にしたヤンがテラスの床へと直に座っている。
「え、なにしてるんですかこんな時間に」
 時刻はすでに三時を回っている。確かに見回り時に部屋の中までは確認しなかったので、自室にいなくても不思議ではないのだが、まさかテラスに出ているとは思わなかった。
 それに夜も更けたとはいえまだ季節は夏。熱帯夜と言われてもしょうがない程度には高い気温である。
「まあ、月見酒ってところかな」
 ヤンがそう言って、ガラスコップを高く掲げる。それにつられて天を見上げれば、丸くて白くて冴え冴えと光る綺麗な月がそこにあった。夏でもこんなに綺麗に見えるんだなあと思い、なるほどとひとつ頷くが、どうにもそういう風情というものが結びつかない人である。視線をヤンに戻せば、くく、と笑われた。
「何考えてるかわかる顔してんなあ」
「あー、いや……すいません」
「まあ、俺自身もそう思うけどな。部屋に戻る前に、一杯付き合わね?」
 とんとん、とヤンが自身の隣に位置する床を指で指し示す。見回りは終わっているので、まあいいかなと思い、素直に横へと座った。
 自身の持つものとは別のコップを差し出してきた。万が一に誰かが来た場合にと用意されていたのだろうか。コップを受け取り、素直にヤンのお酌を受ける。
「あれ、これ何の酒ですか」
 ビールともワインとも違う。透き通った液体である。透明の酒はいくつか知っているが、香りからしてそれらのものとも違っていた。
「日本の米から作られた酒だそうだ。まあ貰いもんだからな、詳しくは知らないが」
 へえ、と言ってから少しだけその酒を口に含む。さらりと口の中に入ってきた液体は、爽やかな香りで口当たりの良い甘味が感じられるものだ。吞みやすいな、と思った時にはぐっと飲み干していた。
「え、これは、すごく進んじゃう酒ですね」
「だろー? 気付いたら一本いっちまいそうで、だから普通には呑めないんだ」
 だからこその月見酒。
「どうにも若いと、花より団子で酒を呑んじまうが、まあこの年になると、花を愛でる余裕も持つんだ」
 今日は月だがな、と笑って、ヤンはちびりと酒を口に含んだ。ふと、
「そういえば女性の服じゃないんですね?」
 すでに寝る用の格好なのだろう。上はTシャツで下はスラックス。ユニセックスであるかもしれないが、いつものロングスカートではない。
「今日はもう誰も来ないだろうしな」
「え?」
 確かに時間も時間なので訪問者など来るはずもないのだが、ヤンが言っていることが妙に引っかかる。そういうニュアンスではないような。
「何か、お約束でもありました?」
「いいや。まあ気にすんな」
 呑め呑めと、さらにコップへ注がれる。それを甘んじて受け、先ほどのヤンと同じように、ちびりと口に含んだ。
「というか、約束もないならはやく寝た方がいいのでは」
 自分は見回り担当なので昼からの出勤で大丈夫だが、ヤンはそうではなかったはずだ。しかしデーデマン邸に務めているとはいえ、ヤン、そしてエルとクラリスは結構な自由を与えられている。やることはやるが、そうでない時はこちらの邪魔にならない何かをしているのだ。
 出戻りとはいえ先輩だからなあ、などと思う。
「そうだなあ。じゃあ、Ⓑと月見酒の約束があったってことで」
「ええ?」
「見回りご苦労さんっていう労いをする約束な」
「後付けじゃないですか」
「後付けだなあ」
 からからと笑うヤンに、酔ってないよな?という訝し気な目をやる。白い光に照らされる顔は、特に赤くもなっていないので酔っているようには見えない。と、いきなりこちらに顔を向けられて、思わず心臓が跳ねた。
「ほら、Ⓑもおっさんの顔なんか見てないで、月を見ろ。この屋敷にいて、のんびりできるなんて、早々ないからな」
 それはそうである。ヤンの言葉に従って、Ⓑも月を見上げた。じっとそこにある月は、こちらが見ていることなど気にも留めないのだろう。まるでそれは、どんな格好をしていても周囲の目など気にしないヤンのようにも思えて。
「女装すれば、俺ももしかしたら……
 気付いたらそんなことを呟いていた。
「お、メイド服から始めてみるか?」
 ヤンが心なしか楽し気な声音でそんなことを言うものだから、我に返って首を思いきり横に振った。
 それで強くなれるんだったら今頃克服しているだろう。自分の問題は別のところにある。
「もう部屋に戻ります。ご馳走様でした」
「お。お疲れさん」
 ガラスコップを片付けようとしたが、まとめて片付けるから構わないと言うヤンに預けた。会釈して、お酒も入ったし心が落ち着いているし今日はよく眠れそうだと、気分よくその場を去る。
「まあ、女装はしないけど……
 ヤンのようにもう少し図太くなれればいいかもなあ、などと思うのであった。


end.