著者: 雷歌/らいと
2023-06-03 22:00:20
2365文字
Public 戦セバシリーズ
 

【戦セバシリーズ / クラ+Ⓑ】モーサリアンワンドロライ#6月3日

お題: 紫陽花
Ⓑくんをちょっとだけおどかすクラリスさん。

「あれ、珍しいですね」
 ふと、厨房の裏口から見える庭の一部分を見たⒷがそう口にした。
 デーデマン邸の庭は、専属の庭師によって整えられていることが多い。基本的に花を愛でるような一族ではないのか、緑葉植物が取り囲んでいることが常といっても過言ではない。時折、花を咲かせる植物も置かれていることもあるにはあるのだが、記憶には朧気である。
 中でもⒷが珍しいと評したのは紫陽花のことである。ちょうど見えた一部だけに紫陽花が並んでいるのだ。
 梅雨という時季が存在しない地域であるため、水を大量に必要とする紫陽花はあまり植えられない。もちろんそれでも植えるという人はいるだろうし、最近は鉢植えや切り花として市場に出回ることもある。
 とはいえ、Ⓑにとってはそれでも少し遠い存在である紫陽花であったため、先の感想であった。
 タイミングよく、小雨ではあるが雨が降っているので、紫陽花はそれに喜んでいるかのように花弁を咲き誇らせているように見えた。Ⓑとしてはタイミング悪く、お使い帰りに雨に降られたため、しっとりと濡れてしまっているが。
「ああ、あれね。我が屋敷の主が御所望したようだよ」
 厨房から顔を出し、Ⓑの視線の先を確認したクラリスがそう言う。それから、お使いに頼んだものを受け取り、大判タオルを差し出した。
「えっ?」
「意外だよね。花に興味を持つなんてさ」
「そうですね……もしかして、セバスチャンが好きとかそういう」
「わけでもないみたいだね」
 口にしてはみたが、我が上司も花に興味はなさそうであるとすぐに否定したⒷは、クラリスの言葉にそうですよねと頷いた。
「他の人が花を好きとか言ったら、そういう一面もあるんだなとは思うんですけど、旦那様が好きっていったらなんか裏がありそうで怖いですね」
「Ⓑくんって結構言うよね」
 クラリスは笑いながら目を細める。昔の記憶があるためか、いまだに幼子のように思ってしまうが、他の使用人を引っ張っていける程に立派に成長しているし、この屋敷に染まってかそれとも本来の性質なのかはわからないが、毒づいたことも言う。面白い子に育ったなあという感想をその笑みに含めた。
「ただ、紫陽花が好きなのかもしれないよ?」
「去年は見ませんでしたけど」
「急に今年好きになったのかも」
「え、ていうかこの話題、そこまで引っ張る話です?」
 Ⓑが居心地悪そうに眉を顰める。ぽつりと漏らした感想に、まさかここまで食いつかれるとは思っていなかったのだろう。しかもクラリスは、Ⓑを見ながら面白そうに笑みを浮かべている。
 エルは腹の奥底に沈めているものが常にある人と知っているし、ヤンはわりかし素直な人。じゃあクラリスは、と考えるとそのどちらでもあると言えるだろう。
 デーデマン邸にいる以上、ここの住人や務め人に害をなす人物ではないとはわかっている。それでも、Ⓑにとってはまだよくわからない人であった。料理がうまいことは確かである。
「旦那がなんで紫陽花を植えようと思ったのか、気にならない?」
「気にならないといったら嘘になりますけど……
「とある小説のシーンを思い出したんだって」
 Ⓑの眉は、より顰められた。あの人小説読むのか、という感想と同時にそんな気になるシーンが? という好奇心である。
「それを試してみたくて、紫陽花を植えているらしいよ」
「ええと、その小説のシーンというのは?」
「私も詳しい文章は知らないんだけど。確か、土の性質によって紫陽花の色が変わるってことだったかな」
「土の?」
「そう。酸性なら青色に、アルカリ性なら赤色にね」
「たとえばそこにある紫陽花」
 そう言ってクラリスが指で指し示した先。そこには、花瓶に活けられた紫陽花がある。Ⓑはそれを見て覚えたかすかな違和感に、頭を傾いだ。
「それは昨日の早朝、さっきの紫陽花から少し拝借したものなんだけどね。青系の色だよね」
 その言葉に確かに、と頷く。淡い色ではあるが、確かに花弁は青紫だ。そうして気付いた。先ほど見た外にあった紫陽花の色に。
「ああ、なるほど」
 そうⒷがひとりごちた言葉に、クラリスは笑みを深くする。ソレにⒷは奇妙な印象を受けた。
 確かに土の性質を変えて、色が変わるかどうか実験を行った。それだけのはずなのに、それだけではないのか、と。
「紫陽花を切り取った後に、なにをしたと思う?」
「なに、て土の性質を変えるため、に?」
「そう。今一度紫陽花を見てごらんよ。何色に見える?」
「え、ええ……?」
 戸惑うⒷの背中を優しく押して、もう一度紫陽花が見える位置にまで誘導する。ほら、というクラリスに従ってⒷは紫陽花を見た。見て、しっかり、視た。
 昨日までは淡い青であったという紫陽花の花弁は、今や赤く変化している。花としての赤のはずだ。だが、やけに生々しい赤にも見えるような印象を受けて、Ⓑは少しだけたじろぐ。その際に後退してしまったか、背中にクラリスの腕がぶつかった。
 ハッとクラリスを見上げ、Ⓑはまさか、と掠れた声を出す。クラリスはⒷを見つめて怪しげに目を細めていたが、すぐにパッと明るい笑みを見せた。
「なーんてね、何を想像したのかな」
「え……あ、いや、そ、そうですよね」
 嫌な想像を振り払うようにⒷは頭を振って、乾いた笑い声を小さくあげた。安堵のため息を出すⒷにクラリスはごめんごめんと軽く謝る。
「まあ、興味があったら土を調べてみるといいよ」

──ただし、誰も見ていない時に掘るんだよ

 Ⓑの耳元に口を寄せて、クラリスはそう囁く。Ⓑは驚いてクラリスから身を離したが、すでに彼女はこちらに背を向けていた。

 土の性質がアルカリ性になった真相は、明らかになっていない。



end