朝、就業時間前に必ずドクターの執務室を訪れるオペレーターがいる。そのオペレーターがその日の秘書になっていようといまいと必ずだ。
彼が入ってくると、ドクターは待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。それから、彼が差し出した蓋付きタンブラーを、笑みを浮かべて受け取った。
「今日もありがとう、ソーンズ」
「ああ」
起きてから身支度を整えていないのか、ソーンズの髪の毛は少しやんちゃの様相を呈している。また起きてからそのままなのか、と問えばソーンズはひとつ頷いた。
それから執務室内に設置してあるソファに座る。目の前のローテーブルには軽食が置かれており、それは毎朝訪れるソーンズのために用意されてあるものだ。手づかみで食べられるものばかりで、スープからは湯気が立ち上っているため用意されてからそう時間は経っていないようだ。
先ほどドクターが受け取ったソーンズお手製ドリンク──なお成分は不明──のお礼にと、用意している。
ソーンズから飲めと言われて飲んだ日、いつもより調子が良いなと感じてから無理のない日にはそのドリンクをお願いしているのだ。無理のない日、だったのだがそれがいつの間にか毎日になり。毎日は悪いと思ったのだが、本人は試験にもなるから構わない、と言う。それならせめてなにかお礼をしたい、ということになった。
ソーンズ自身は礼はいらないと言うのだが、たまたま睡眠や食事抜きの状態で訪れた日があり、その時があまりの状態だっため、ドクターが無理やり約束させたのだ。
事情を知る者からは、ドクターも人のこと言えないだろうというツッコミは受けている。
「またちょっと美味しくなった? 昨日より飲みやすいような」
さきほど受け取ったタンブラーに口をつけて、ドクターはそう言う。その様子を横目でみやって、ソーンズは昨日から変えた点をつらつらと述べる。
今のドクターには聞き覚えのない言葉が入り混じっているため、すべてを理解することはできない。それでも日々、工夫を凝らしているのだなあとぼんやりと思った。
そうして、飲み続けながら気付く。
(少し、体があったかくなってきたような?)
頭に疑問符を浮かべながらもそれを飲み干し、それから首を傾げた。
「さきほど言った成分に、あえて言っていないものがある」
唐突にソーンズが口を開く。ソーンズはすでに食べ終わっており、食器を片付けて持ち上げていた。
「何かわかるか?」
「え、なんだろう」
「いつもと違う変化は?」
「ええと……体が、熱いような」
じわりじわりと熱を帯びてきたような気がする。劇的な変化ではないが、それでも確実に体の芯から立ち上ってくるような感覚だ。
ソーンズは、空いてる手をドクターの頬へとあてた。先ほどまで食事だった為いつもしている手袋を外しており、肌が直に触れる。それはドクターの体温より低いためか、火照った頬に心地のよい温度だ。
「なるほどな」
「なにを入れたの」
よほどの変なものではないと思っているが、時々ドリンクがぎょっとするような色をしていることもあるため、油断はならない。それでも体に悪い影響が出るわけでもないので、今までドクターは静観していた。
しかし今日はどうにもドリンクを飲んでから妙な感覚だ。じ、とソーンズを見つめれば、彼は可笑しそうに笑みを浮かべる。
「警戒しなくていい。血行促進や発汗を促す成分を足したからな。それはその影響だ」
「ああ、そうなんだ」
「昨日、寒いと言っていただろう。それで入れてみた」
「なら勿体ぶらずに言ってくれれば」
「面白い様を見れるかと思ってな」
それってどんな様なのかと問えば、ソーンズは目を細めて先ほどとは違う含みのあるような笑みを浮かべた。
いつもは見ない、どこか艶気のある笑みにドクターは目を見開く。
「それじゃあ。今日もサボることはないようにな」
真意は語らず、ソーンズはドクターの頬に置いていた手で空になったタンブラーをかすめ取ると執務室を後にした。
それから、ドクターは自身の手で自分の頬を何回かはたく。
「あっつ……」
熱はしばらく引かないようだ。
end.
Calor no retirado(引かない熱)
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