著者: 雷歌/らいと
2021-08-28 06:38:37
4047文字
Public バンやろ
 

【bnyr / 宗翼宗】青嵐吹きすさぶ夏祭り

バオン夏にて書き下ろしたSSです

 高校は夏休みに入り、貴重なバンド練習がない日である。今のうちにと夏休みの課題を進めていたところ、着信を知らせるために震えたスマホを持ち上げ、画面を見て首をひねった。
 メッセージは宗介からで、楽器持って集合、という文面とともに集合場所を知らせるのみである。こちらが忙しいかどうかという様子も見ずにこれである。
(まあ、行くけどさあ)
 くるくると回していたシャープペンシルを机に置いて、立ち上がる。しょうがなさそうにため息をついたが、また練習したくなった、とかいうことだろう。よくあることだ。
 だから油断していた。
 準備を整えて集合場所につけば、そこには大和も徹平もちゃんと来ていて。距離の問題ではあるが、最後であることに少しだけ悔しがってしまった。
「じゃあ行くぞ」
「いつものスタジオ?」
「あ?」
 いつもの練習かと思って、行ったのだが怪訝そうな宗介の表情が返ってきて、翼は嫌な予感を覚えた。
「待って、宗介。なんのために今日俺ら集めたの?」
「んなもん、ライブやるためだろ」
「はあ?!」
「え、待ってくださいよ、初耳ですけど?!」
「ライブいいな! どこでやるんだ?」
 構わず歩き続ける宗介の肩を掴んで止める。詳細を話せと詰めよれば、呆れたようにため息をつく宗介。俺は悪くないはずなのだが、なんだかこちらが悪いように思えてしまう。
「祭りだよ。エデンのマスターの知り合いが組合長とかで、ステージに抜けが出来たから暇なら出ないか、て言われてな」
「それで?! やすやすとオーケー出しちゃったわけ?!」
「なんか文句あんのか」
「ありまくりだろ! なんも決まってないのに!」
「いつもライブを想定してやってんだ、問題ねえだろ」
「いや、いやいや」
「まあまあ翼。なんとかなるって」
「大和先輩は逆になんでそんな落ち着いてんすか」
「落ち着いてなんかいないぞ? すっごくわくわくしてる!」
 馬鹿なの?! とまだ言い募る俺の胸倉を宗介は掴んできた。ただでさえ目つきが鋭いのに、こちらを睨み上げる顔に思わず口が閉じてしまう。
「決めたもんはもう変えねえ。腹くくれ、翼」
 そう言ってパッと離された。
 頭ではわかっている。一度決めたならそれで突き進むのが宗介だ。そして、宗介の決めたゴールへうまく決められるように調整するのが俺。なのだが、さすがに数時間で調整できることは少ない。
 セットリストはすでに宗介の頭の中にあるだろう。衣装を合わせるのはもう諦める。告知はとりあえずSNSだけででも流しておくしかない。ギターとベースは使い慣れたものだからいいとして、祭りのステージあるドラムセットが徹平に耐えられるものなのか、そして音量調整が大和の声に合わせられるか。
 現場についたら確認する事が山ほどある。リハーサルだって大したことはできないだろう。ほぼぶっつけ本番になるはずだ。
(どうせなら楽しかった、といえるライブにしないとな)
 地元密着型の祭りとはいえ、手を抜かないのがBLASTだ。どんなライブであっても観客を熱く盛り上げる。そのためには、各々が最善の力を発揮できるようにしなければならない。
 深く息を吐きだして、目の前を歩く宗介の後を追った。



 不安しかない。いろいろと確認が足りないのだ。リハーサルだって、予想通り音出し程度しかできなかった。唯一幸いなのは、ドラムセットやアンプや必要なものはエデンから貸し出されていたものだったことだろうか。
「おい翼。しけた顔してんじゃねえぞ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
 不安が表情に出ていたのだろう。言葉を迎え撃つように言い返したが、宗介は何食わぬ顔でギターの最終確認を行っている。
「練習ばっかじゃ飽きんだろ」
「いつも無理難題言われて飽きませんけどね」
 ああしろこうしろと、俺のレベルではまだ追いつけない領域を求められ、それに応えようと俺は必死だ。だから、練習だけであっても飽きるはずもない。
「腹くくったんじゃねえのか」
「くくったからここにいるんだろ」
「なら、あとはせいぜい楽しめよ」
「悪役っぽい台詞だなあ」
 今言う言葉かそれ、と思わず笑ってしまう。まだ心の奥底では不安が渦巻いているが、確かに宗介の言う通りだ。だったら。
「じゃあさ、ライブ終わったら祭りの屋台回ろうぜ。せっかくなら祭り自体も楽しまなきゃだろ」
「ようやくその気になったかよ」
「はいはい、なりましたよ」
「屋台も食べ放題だからな。食わなきゃ損だ」
 ベースに向けていた顔を、思い切り宗介へと向ける。
 食べ放題にできるほど宗介が金を持ってるわけがない。ならば、今の言葉はどういうことだ。
「なに、食べ放題って」
「あ? 言ってなかったか? 祭りのステージに出る代わりに好きなだけ食っていいって」
「お前……それに釣られたな?」
 おそらくは一度二度ぐらいは渋ったのだろう。だが、宗介の事情を知っているマスターがそういう条件を提示し、頷いたに違いない。
 だからなんだ、という顔をしている宗介に、何度目か分からないため息をつく。
「その食べ放題っていうのは、俺も大和も徹平もなんだよな?」
「ったりまえだろ」
「なら良し」
 良くはない。マスターにそういう系でBLASTは釣れると思わせたようなものだ。だが、ここまで来たのならもうしょうがない。
 気合いをいれるように軽く頬を叩き、ベースを抱える。その様子を見た宗介は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「いいツラになったじゃねえか」
「どーも」
 そろそろBLASTの番である。簡易テントから出て呼ばれるのを待つ。
 大和は楽し気でいるし、徹平だってすでに気合いの入った怖ろしい顔だ。宗介はすでにステージの上しか見えていない。皆、いつものライブ前の顔だ。それは、俺もなのだろう。
 前のバンドがはけて、先に大和以外の三人だけがステージへとあがる。それぞれの準備が終わるのを確認して、場を保たせていた司会へと目配せをする。
「次は、高校生ながらもインディーズで活躍しているBLASTです!」
 そう紹介されて、勢いよく大和がステージへと飛び出してくる。それと同時に一曲目のイントロで宗介のギターがかき鳴らされ、体を走る小さな電流みたいなものがステージに、そして客席へと走るのを感じ取った。
 客席へと視線をやれば、ライブ会場よりも少ない客だがそのすべての目線が宗介へと吸い寄せられている。
(ああ、くそ、カッコイイな……!)
 悔しさと嬉しさと、そしてそのどちらとも違う淡い感情。
 宗介のギターは、これから最高のものを感じさせてくれる。一音目からその確信が持てるのだ。ならば、俺がすべきことは、それに応えて最高の演奏をすることしかない。
 俺は湧き出る感情そのままに笑みを浮かべ、指を走らせていた。




「一番へばってんじゃねーかよ」
「はは……
 たった三曲ではあったが、全力で弾き終えた俺は控えの簡易テントでぐったりとパイプ椅子に座り込んでいた。宗介から差し出された水のペットボトルを受け取り、それを一気に煽る。
「今日は暑いしさ。屋外ライブなんてやり慣れてないし」
 普段はほぼ屋内ライブである。空調の効いた快適な空間でやるのだ。もちろんライブ中に熱気がこもってしだいに暑くなっていくのだが。
 陽が傾きつつあったとはいえ、夏真っ盛りの夕方である。まだまだ暑さは厳しい。
「屋外ライブ用の体力作りも必要か」
「そうね……大和と徹平は元気だなあ」
 二人はライブが終わってから、屋台のものが食べ放題だと知ると意気揚々と祭りへと繰り出した。俺もそれに続きたいところだが、ライブ後にいつもある浮遊感と脱力感とか押し寄せていてなかなか立ち上がれない。
 舌打ちしつつしょうがねえな、と言う宗介は何故か一緒にいてくれている。
「宗介は食べに行かないの」
「てめーが回復するぐらいの時間はあんだろ」
 どうやら俺が元気になるのを待ってくれるらしい。珍しい。それとも、いきなりライブの予定をいれたことを少しは罪悪感でも抱いているのか。
「あーあ、宗介の言う通りめちゃくちゃ楽しんじゃった」
「屋台巡りはまだだろ」
「そうだけどさ。まあ、なんだかんだいって、ライブが一番楽しいんだよな」
 いつものライブハウスとは違ったが、観客の熱気が最高潮に達する瞬間は確かにあった。その瞬間へと自分たちが牽引している感覚、そして達した瞬間にどこまででもいけそうな感覚、すべてがたまらない。そしてその始まりが、先頭を走るのが、宗介だ。
 眼を細めて宗介を見れば、怪訝そうな表情でこちらを見返してくる。
「あ? んだよ?」
「いや、良かったなーて」
「当たり前だろ。やる以上、悪いライブなんてするかよ」
 そうじゃないんだけど、と思いはしたが口にしないでおいた。
 観客目線で宗介のギターへ引き寄せられる感覚は、中学生のあの時に目にした感覚そのものである。今でも変わらない、むしろパワーアップしたその引力に、嬉しくて、けれど少し切なくなった。
 宗介は、これからもどんどんといろんな人の目を惹きつけるのだろう。
「ん、もう良さそう。屋台の食い倒れツアー行きますかね?」
「おう。あいつらに食いつくされる前に行かねえとな」
 いや食いつくしはしないでしょ、と突っ込みながら立ち上がる。ハッわかんねえぞ、という宗介の目は本気なのか冗談なのか。どちらかはわからなかったが、口端があがっていることからして、ようやく屋台に繰り出せることになってどこか嬉しそうに見えた。
「じゃあ、まずどこ行く?」
「そうだな──」
 目的があるのかないのか。宗介は俺の見えていない場所へ向かって、どんどん歩いていく。俺は、くっつき過ぎず離れすぎず適度な距離をたもって、それでもしっかりと足を踏み出してその背を追った。



end.