著者: 雷歌/らいと
2021-05-02 08:54:27
2415文字
Public アクナイ
 

【akni / 銀博】煙草

Webオンリー「夜明けの方舟」にて公開。

 ロドス艦船に少しの間とどまっていたシルバーアッシュが、今日カランドに戻るらしい。時間に余裕はありますしお見送りしてきて大丈夫ですよ、というアーミヤの言葉に甘えて、私は甲板に出ていた。
 ヘリポートの近くで、彼は空を見上げている。視線を追えば、テンジンがのびのびと飛び回っていた。
「シルバーアッシュ」
 そう声をかければ、彼の視線がこちらへと動く。
「忙しかったのでは?」
「アーミヤが気を遣ってくれてね」
 ごう、と突如吹いた突風によろめくと、シルバーアッシュが私の腕をつかんで引き寄せてくれた。外套と彼の腕の中にすっぽりとおさまってしまって、あらためて体格差を思い知る。
 と、私を引き寄せた手とは逆の手に、普段見ないものがあるのに気付いた。
「煙草?」
……ああ」
 反応が返ってくるのに間があったのに首をひねるが、珍しいね、と私は続ける。
 長さが少し短いから、吸っている途中だったのだろう。彼は携帯灰皿を取り出してそこへと吸いかけの煙草を押しつぶした。
「まあ、室内だと吸えないから、私の前でそう見ないのもしょうがないことだけど、少し意外」
「意外とは?」
「なんか、社長だったら葉巻とか吸ってそうなイメージだから……あ、そう見えて葉巻とか特注品とかだったりした?」
「いいや、普通の、どこにでもやるものだ」
 そう言って、彼が差し出した煙草のパッケージは確かによく見かけるものだった。今は煙草を吸わない私でも、購買部で目に入ったりしてなんとなく知っている程度には。
 パッケージをシルバーアッシュの手から掴んでまじまじと見る。中を見れば空で、さきほどのが最後の一本だったのだろう。
「ずっと、これ?」
「そうだな……吸えるようになってから、ずっと同じだ」
「中はもう入ってないし、このパッケージもらってもいい?」
「いいが、なぜだ?」
「クロージャにお願いしておくよ、この煙草だけは切らさないようにって」
 毎回、購買部に行った時にあったかどうかまでは定かではないし、そうしてもらえれば彼が煙草を切らすこともないだろう。嗜好品である以上、そこにずっとあるとは限らないのが今の常だ。
「それに、君が次に来るまで持っておこうかな」
「ほう? 私の代わりか?」
「そういうつもりじゃなくて……
 じ、とパッケージを見つめる。なんとも説明のしにくい感覚があるのだ。最初、それは購買部で見かけた既視感のようなものだと思ったのだが、少し違うようにも思えて。
 よくわからないものに軽く唸っていると、頭上からヘリの音が聞こえてきた。
「お迎え来たね」
 ヘリが、ヘリポートに着くのを見守ってから、それじゃあと私は彼を見上げる。
 シルバーアッシュは私の耳元に口を近づけて
「行ってくる」
 そう言ったかと思うと、軽く頬に口付けを落として離れた。
 ヘリの音で普通に会話はできないから耳元で話すのはいいのだが、去り際の口付けは心臓に悪い。いや、耳元であの艶やかな声を発せられるのも十分に心臓に悪いのだが。
 顔を赤くする私に対して満足そうな笑みを浮かべて、シルバーアッシュはヘリへと向かう。乗り込んでからこちらを見たので、軽く手を振ると彼からも同じ動作が返ってきた。
 それから飛び立つヘリを見えなくなるまで見送る。遮蔽物のないこの場所では、それなりの時間経っていただろう。
 急いで戻らないとさすがに怒られるな、と思って早歩きで執務室へと向かう。この後は会議があるから、資料を確認次第そちらへと向かわなければならない。
 ばたばたと執務室へと入って、テーブルへと近寄れば、何かにつまずいた。
 幸いにも、こける前にテーブルへと勢いよく手をつけたため、顔面衝突はまぬがれたが。
「あ、あぶなかった、一体何、に……
 足元をみやれば、いつもは壁際に置いている小さいコンテナが動線上にずれていたのだ。そのコンテナの中には、かつての私が愛用していたものがいくつか入っている。今の私でも使えないかと当初は思っていたのだが、同じ人物であるのにどうしても馴染めなかったものだ。
 まるで惹き寄せられるように私はそのコンテナに手をのばした。
 滅多に開けない蓋を持ち上げ、中を見る。いつもだったら目にも留まらないものに、私の視線は吸い寄せられた。
「これ……
 まだ中が半分以上入っているであろうそれを、手に取る。そうして、さきほどシルバーアッシュと貰ったものを取り出した。
「同じ……?」
 年数が経ち、デザイン自体はマイナーチェンジしているようだが、書かれている煙草の銘柄は同じだ。
 このコンテナ内にあるものが、かつての私のものであることはアーミヤから言質が取れている。だから、ここにあるものはシルバーアッシュのものではない。
 それはつまり──
「罪な男だなあ」
 あんなにもしっかりと立つことのできる男にさえ、刻みつけてしまうほど強烈な人物だったのだろう。今の私が敵う気がしない。比べることではないのだが、そう思ってしまう。
 目の奥に感じる熱を逃すように、私は深く長く息を吐いた。
 かつての私の方から、煙草を一本取り出す。それを、シルバーアッシュからもらった方へと押し込んだ。
 記憶を完全に取り戻すことができるかどうかさえもわからない今、私ができることはこれぐらいだ。思い出と今とが、せめて一緒になれるように。
 それから私はかつての私の煙草を、コンテナの奥の方へとしまった。丁寧に蓋を閉めて、元あった壁際へと押しやる。これから先も、こういうことが起きるかもしれない。その度に落ち込んでいてもしょうだないだろう。私はもう、あの男を手放すことはできそうにないのだから。
 歪みだす視界に、私は気合いをいれるかのように頬を叩いた。
「行かないと」
 アーミヤ含め他のオペレーターらが、今の私を待っている。



end.