著者: 雷歌/らいと
2021-05-01 23:09:14
1893文字
Public アクナイ
 

【akni / 葬博】雨

Webオンリー「夜明けの方舟」にて公開。

「うわ、濡れネズミじゃないか!」
 たまたまロドス艦船を歩いているときに、外から戻ってきたイグゼキュターが目に入った。公務でしばらくロドスをあけていたイグゼキュターだが、土砂降りの中、ロドスに戻ってきたらしい。
 びっしょりと濡れた衣服はいつものふんわり加減を見せていない。
「ただいま戻りました、ドクター」
「挨拶はいいから、ほら、さっさとシャワー室へ行く!」
 ここからなら自室よりも訓練室に備えられているシャワー室の方が近いだろう。イグゼキュターの手を掴んで、そこへ押し込むと、私はさっさと彼の部屋へと向かった。ラフ目な着替えを手にし、改めて訓練室へ向かう。
 シャワーを浴び終えたイグゼキュターに着替えを渡してから、しばらくベンチで待っていると、急いで出てきたのだろう。髪からはまだぽたぽたと雫が落ちてきている。
「ほら座って座って」
 自分が座っていたベンチに座るようにうながす。首をひねりながらも、彼は素直に座ってくれた。私自身は彼の後ろへ立ち、タオルを構える。
 私の目的に気付いたイグゼキュターが立ち上がろうとするが、その肩を押して、思いとどまらせた。
「ドクターのお手をわずらわせるわけには」
「いいからいいから」
 本来、イグゼキュターの力ならば私をふりほどくことは容易いはずだが、大した抵抗がないということは、満更ではないということだろう。
 光輪に触れないように慎重にイグゼキュターの髪の毛を拭く。濡れているとはいえ、本来さらさらとした髪の毛は触れていると気持ちいい。今度は乾いているときに触らせてもらおう、なんてことを考える。
 満足いくまで拭き終えてから、よし、と頷いた。
「あとは、ドライヤーで」
「いえ、このままで構いません」
「けど」
「このままで」
 その声音に固い意志を感じ、わかった、と返す。あれだけさらさらなのだから、ここまで拭いていれば乾くのはあっという間だろう。
「それにしても、なにも雨の中戻らなくても良かったのに。雨やんでからでも」
 そう言いながら、イグゼキュターの横に座る。彼は少しだけ私を見つめて、それからすぐに真正面へと視線をやった。
「そうですね……なぜか、はやく帰りたいと思いました」
「へえ……イグゼキュターの帰る場所がここなのは、少し嬉しいかも」
「嬉しい、ですか?」
「うん。君は、ラテラーノの人間だろう? だから本来の帰る場所はラテラーノだと思うから。けれど、今だけでもロドスが帰る場所だと思ってくれるのは、嬉しいよ」
「ロドスが帰る場所……いいえ、違います」
 え? と彼をみやる。イグゼキュターはふたたび私を見て、言葉の続きをつむぐ。
「私が帰る場所は、貴方の傍です」
 その言葉が嘘偽りでないことは、彼の性質から知っている。ただ真っ直ぐに見つめられてそんなことを言われると、じわりと体温があがるのがわかった。
「う……破壊力すごい」
「破壊力ですが? 銃器の類は使っていませんが」
「そうじゃなくて……
 深く息をはいて、自身の高くなった体温を少しでも逃がそうとする。私の言った意味を測りかねているイグゼキュターは、首をひねった。
「さ、部屋に移動しようか。夜も遅いし、疲れたろう?」
 そう言って立ち上がれば、そうですね、と言ってイグゼキュターも立ち上がった。
「ところで、ドクターはこんな時間になぜあそこにいたのですか?」
……えーと」
 目をそらすと、それを逃さないようにイグゼキュターは顔を覗き込んでくる。
 夜も更けに更けまくった時間である。明日も仕事がある身としては、すでに寝ていないといけない時間帯だ。
「や、夜食を、とりに……
 逃がしてくれそうもない雰囲気を察して、正直にそう言う。いまだ仕事を続けていた私は、小腹が空いたので食堂へと向かっていたところだったのだ。
「ドクターの健康状況から見て、この時間はすでに就寝すべきです」
「うわあ」
 突然、いとも簡単に彼の肩へと持ち上げられて、情けない声をあげてしまう。普段の格好からはそう見えないのに、その実しっかりと筋肉のついた体にとっては、私の体重など気にも留めない重さなのだろう。
「このままドクターの部屋へ移動します」
「え、待って待って」
「貴方が眠りにつくのを確認しましたら、私も部屋へ戻ります」
「そうじゃなくて」
 誰かに見られたら恥ずかしいんだけど、という非難はスルーされてしまった。
 いくら抵抗してみせても、びくともしない体にとうとう私は諦める。しょうがないので、大人しく運ばれてやることにした。



end.