著者: 雷歌/らいと
2020-12-28 02:37:04
2529文字
Public アクナイ
 

【akni / 銀博】It is no use crying over spilt milk.

ひとと合わせお題:ちょっと目を閉じていて

 まともに考えられる思考じゃない時、ふらっと温室へ行く。
 パフューマが使われてない部屋に温室を作りたいと言った時には特に何も考えずにいいんじゃないか、とは言ったが、それ以降誰かの癒しの場所となっているようだ。彼女が調香するものも好評で、私も時折お世話になっていた。
「あら、ドクターくん」
 花に水やりをしていたパフューマが温室に入ってきた私に気付いて、そう声をかけてくる。
「今日はどうしたの?」
「いや、ちょっと休みに来ただけ。他にだれかいる?」
「いいえ。さっきまでポデンコがいたけれど、頼まれていた香り袋を届けに留守にしているわ」
「そっか。じゃあ、ポデンコが帰ってくるまで休んでようかな。そこいい?」
 木で作られたベンチを指さしながらそう言うと、パフューマはもちろんと頷いてくれた。ありがとうと返して、ベンチで横になる。フードが目を覆うように軽く引っ張って、それから深く息を吐いた。
 ゆっくりと目をつむると、花の良い香りが鼻腔をくすぐる。いろいろな花が咲いているのだが、それのどれもが、どれかの香りの邪魔をしないのだからすごいものだ。パフューマやポデンコが、そうであるようにと配置にも気を付けているのだろう。
 素直に関心ながら、私は意識を手放した。



 ふと、柔らかいものが頬に触れたたような気がした。水底から浮き上がるような意識の中、そのまま流れに身を任せて目を開けた。勘違いではなかった、頬に触れるふわりとした感触に手をやる。それは、波打つように動いて再び頬を撫でてきた。
「起きたか、盟友」
 視線を、声のした方へとやる。いつの間にかベンチの空いている部分にシルバーアッシュが座っていた。
 私の頬に触れていたのは彼の尻尾で、今も撫でてきている。
 確かにロドスには来ていたが、少しカランドの仕事があると言って彼は部屋へこもっていはずだ。
 そんなことをぼんやりと思い出しながら、身を起こした。ぱさり、と足元に何かが落ちる。それを拾い上げながら周囲を見渡した。
「あれ、パフューマは?」
「私が来たら、少し留守をお願いすると言ってどこかへ行ったが」
「ポデンコもまだ帰ってきてないのかな」
 それとも妙な気を使われ方をしたのかもしれない。
 さきほど身を起こした際に落ちたものは香り袋で、そこからよくパフューマが調香してくれる香りがただよってきていた。よく寝れるようにと、置いてくれたのだろう。
「それにしても、よくここがわかったね?」
「今日の秘書が誰か知っていたからな。行き先を告げていただろう?」
「ああ……え、わざわざ秘書の子を探して?」
「いや、クーリエが聞いておいてくれたのだ」
 なるほど、とひとつ頷く。主人のことに関して気の利くクーリエのことだ。先回りして私の居所を掴んでおいたのだろう。仕事が終わったら、主人は私のところへ向かいたいはずだと予想して。いや、これは恥ずかしい自意識過剰かもしれないが。
「それは?」
 シルバーアッシュが、私が手に握っている香り袋を指さしてそう言う。軽く見せながら、香り袋だよ、と答えた。
「いろいろ花の香をブレンドして、私にちょうどいいものを作ってくれるんだ。匂ってみるかい?」
 掌に乗せて差し出すと、そこへと顔を近づけてきた。手に取るものだと思っていたから、少しその行動にぎょっとしてしまった。食べ物ではないが、餌付けしているような気分になってしまう。
「なるほど。時折、お前から花のような香りがすると思ったが、これか」
「すごいな。そんなにつかない香りだから気付いてないと思っていた」
「お前のことなら、なんでも知っておきたいからな」
 その言葉に、困ったように笑む。なんでも知られてしまったら、本当に困る。困るが、この男は本当になんでも知ってしまいそうで、知っていそうで、怖ろしい。
「私の知られたくないことを知ったら、その時は少し目をつむっていてくれると助かるな」
「ほう? お前と秘密の共有とは、なかなかそそられることを言う」
 愉し気に細められた目に、しまった、と思った。彼は、こちらが引くような甘い振る舞いをすれば、それを追って楽しむような所があるのだ。それが本気かからかっているのかわからないところがあるので、うかつに弱いところは見せられない。
 寝起きでうまく頭が働いてないのかもしれない。さきほどの発言は迂闊だった。
「まあ、ひとに知られたらまずいことを、君にでさえも知られるようなヘマはしないけれどね」
「それならば、私はお前を知るために全力を出そうか」
 横でゆらゆらと揺れていた尻尾を、私の体に巻き付け引き寄せる。
 わっと驚いてぶつかる前に彼の体に手をつき、何をするんだと抗議をしようと顔を上げた。しかし、あまりの顔の近さにかたまる。その名に恥じない、灰色の美しき切れ長の目に見つめられ息が止まった。
「私に、隠し事ができるとは思わないことだな」
 ゆっくりと近づいてくる顔に、思わず目をつむる。しかし、覚悟をしていたところではなく、額に感触が降りてきた。
「さあ、そろそろ執務室へ戻らないといけないのでは?」
「う」
「うん?」
 首を傾げて意味深に微笑まれる。私がどう思ったかをわかっているようだ。
「本当に意地が悪いな?」
「さて、なんのことだろうな」
 シルバーアッシュに付き合っていると身が持たない。弱味を見せてはならないとわかっているのに、簡単にその考えさえもさらっていってしまう。
 いっそのこと、強引にでもすべてをあばかれてしまえば諦めも付くというのに、どうやら彼は私がきちんと向き合うのを待っているようだ。優しいのか、優しくないのか。いや、ただ単に自信があるのかもしれない。
 私がふたたび、彼とそういう仲になるという未来に。
 深くため息をついて立ち上がれば、彼も一緒に立ち上がった。
「執務室まで送って行く」
「それはご丁寧にどうも」
 小憎らしいのでせっかくだから、いくつか仕事を押し付けてやろう。
 そんなことを考えて実際に行動にうつしてしまい、またもやしまったと思うのは少し先の話である。



end.