著者: 雷歌/らいと
2020-10-28 02:00:53
2340文字
Public アクナイ
 

【akni / 銀博】Innocence is bliss.

ドクターのコラボお洋服(から見える手や足首)にたぎった結果。

「珍しいものを見ているな」
 談話室でコーヒーを飲んでいると、背後からそう声をかけられる。声から察しはついているが、そちらの方を視線を向けると察した通りにシルバーアッシュが立っていた。
「盗み見とは人が悪い」
「詳細を見ようとしたわけではない。文字ばかりではないのが気になってな」
 肩をすくめながらそう言い、シルバーアッシュは私の隣へと座る。
 私はというと、タブレット端末の画面が見えるように彼の方へと傾けた。
「これは?」
「さっきまで、女性オペレーターたちが盛り上がっていたファッション雑誌の電子版。興味があるならどうぞ、て貸してくれたんだ」
「ファッションに興味が?」
「あー、いや、興味があったわけではないけどね。なんとなく一緒に見てたんだけど、彼女らにとってはそれが珍しく映ったから、そう見えたのだろうね」
 いつも文字ばかりを追っているイメージが自分についていることはわかっている。文字以外だったら戦場の動画記録ぐらいだ。こう、鮮やかに彩られる電子資料を見るようなイメージがないのだろう。
「私には、これが似合うんじゃないかって」
 指先を動かしていたのをふと止めた。
 そのページには、その女性オペレーターらに進められたファッションをモデルが着こなしているものだ。
 私の年齢を考えると少し若い装いな気もするが、暗めなトーンで整えられておりフード付きなのは、いつもの恰好をイメージさせるため、彼女らもこれを勧めたのだろう。
「洋服が欲しいのなら、私が見繕おう」
「そういうわけじゃないんだ。それに、これは……
 つい、と目線がさがる。
 オススメされた洋服のズボンは下に向かうほどに細くなっており、丈としてはくるぶしぐらい。実際に私がこれを来たとしたら、そこから足首のラインが見えるということになるだろう。
 私にはいまだ忘れられない表情がある。チェルノボーグを抜けてロドス艦で落ち着いたとき、アーミヤが私の手を、手首を包むように握りしめて浮かべた表情。彼女は隠そうとしていたが、私には見えていた。
 今にも泣き出しそうな哀しそうな表情で、骨の浮き出た手をなぞる。それが、何を示唆しているのかすぐにわかった。
 私には、肉があまりにも少ないのだ。ただひたすらに眠り続けていた年月が、ごっそりと肉をそぎ落としていた。
 私の体のラインを見てそういう表情をされるのなら、隠しておきたいとそれ以来思っている。幸いにもロドス・アイランド製薬の支給服は、全身を覆い隠してくれるので安心して着ていられた。
 救い出されて健康的な食事を摂り始めて多少は肉がついたはずだが、いまだに人並みにはならない。ぼんやりと自身の手首を見て、少しだけため息をつく。そしてちらりと隣に座るシルバーアッシュへと目をやった。
「羨ましい……
「ん?」
「私も筋肉隆々になりたい……
 私の発言にシルバーアッシュは目を丸くさせた。それから可笑しそうに笑う。
「なに……?」
「いや、盟友も冗談を言うのだなと」
「冗談を言ったつもりはないのだけど」
「本気ならば、トレーニングに付き合うぞ?」
「ごめんなさい、冗談でした」
 わりと多忙なのに、さらにトレーニングなんて体力消費イベントを追加されたら、その翌日に無事に起き上がれる気がしない。
「しかし、少しは運動するのはいいんじゃないか」
「そうだね、少しはね」
「付き合うか」
「遠慮いたします」
 シルバーアッシュぐらいのできる人物と一緒に運動した場合、あまりのできなさに落ち込みそうだし、早々に根をあげそうだ。シルバーアッシュでなくても、オペレーターと共に運動するのはよろしくないだろう。
「私は気にしないがな」
 そう言って袖から少しだけ覗く私の手首を、彼自身の指でなぞってきた。
 ぞわりと妙な感覚が流れたので慌てて引っ込める。
「今のままでも、筋肉があっても、眠っていても。そこに命が灯っているのなら、私はお前の盟友でいよう」
 続けざまにそう言って、彼は軽く握りこんだ手を私の左胸へと軽くあてた。
 それがなんだかむずがゆくて、少しだけ恥ずかしくて、無意識にシルバーアッシュの手を払い落す。
「君はほんと、なんでもない雑談からすぐ、こう、こうっ」
「こう、とは?」
 楽し気でありながら、どこか意地悪気に笑みを浮かべているシルバーアッシュを見て我へと返った。
 彼のペースに乗ってはいけない。一歩離れて見なければ。
「いい、なんでもない。それよりも、用事があったのだろう社長さん?」
「ああそうだな、盟友と一緒にお茶を楽しむという用事がな」
「残念でした。私の休憩はたった今終わりました!」
 がたんっ、と椅子が激しい音を立てるほどに勢い立ち上がって、私はその場を後にした。
 どうにも最近、からかわれている気がしないでもない。いや、私がそういうのに簡単に乗ってしまうようになってしまったのか。
 シルバーアッシュの距離の近さに慣れつつあるからだろう。だから、自分もそうであっていいのか、と錯覚してしまうのだ。
 深いため息をついて、自分の頬を軽く叩く。
「気を、しっかりもたないと……
 適切な距離というものは、相手によって決まっている。シルバーアッシュはそこから少しでも近いと駄目だ。少しでも近づいたら、修正する前にあっという間にすべてを悟られてしまい、沼のように蟻地獄のように彼から抜け出せなくなるだろう。
「私は、一体彼に何をしたんだ……?」
 そう問うても、返ってくる言葉は何もない。答えは私の中にすべてあるというのに。それなのに、私はその答えを知ることはないだろう。
 それが、少しだけ残念だ。



end.