ロドス艦内の四階には、大人の職員たちのために軽く酒を飲める場所が用意されている。誰かが常時いるわけではなく、各々が好きに飲むスタイルだ。飲み過ぎないように、ということを念頭に、なんとかうまく回っていた。
いつものように自社の面倒事を済ませてロドス・アイランドを訪れたシルバーアッシュは、ドクターの執務室を覗く。しかし当の本人はおらず、その代わりに本日の秘書担当オペレーターがそこにはいた。
ちょうど片付けを終えたオペレーターは、ドクターならバーですよ、と言う。詳しく聞けば、今日もまた職務時間を越えて仕事をしそうだったため、無理やり執務室を追い出したのだという。いい加減休息をしっかり取ってもらわねば、医療チームからお小言が飛んでくる、と付け加えて。
礼をひとつ言って、それからシルバーアッシュはドクターの執務室を後にした。
はたして、ドクターは確かにそこにいた。しかし、カウンター席に突っ伏している形で。
いまだ緩く握られているガラスコップには、三分の一ほどの琥珀色の液体と氷が残っている。一杯目か、それとも数杯目かはわからないが、飲みながら寝落ちしてしまったようだ。
「盟友」
そう声をかければ小さく唸って、しかし起きる気配はない。
完全に頭を覆ってしまっているフードを取り去れば、穏やかな寝顔が見える。酒のためかやや赤らんでいる頬を軽く撫でて、シルバーアッシュは小さく笑みを浮かべた。
「おお、あんたか」
バーの入り口からそんな声が聞こえて視線をやる。そこには、ノイルホーンとパフューマーがいた。
「あら。ドクターくんを運ぶ男手にノイルホーンを呼んだところだったの。けれど、不要だったわね」
おっとりとした笑みを浮かべるパフューマ―に、シルバーアッシュはひとつ頷く。
「盟友は、酔いつぶれたのか」
「ええ、いつもより早く。きっと疲れてたのね」
「片付けは俺の方でやっとくから、ドクターを部屋へ連れてってくれるか?」
「ああ、そうしよう」
ノイルホーンの提案をすんなりと受ける。シルバーアッシュはドクターを自分の方へもたれかかせると、そのままひざ下と背中に腕を回して抱き上げた。
あとは任せた、と言ってそのままバーを後にする。姿が見えなくなるとパフューマ―は少しだけ息を吐いた。
「ん? 緊張でもしてたのか?」
「いいえ、そうじゃないのだけど……」
タイミングが良かった。
酔いが回り始めたドクターは、シルバーアッシュのことについていろいろと口にしていた。悪いことを口にしていたわけではないが、意図しないところで話など聞かれたくないものだ。
片付け前に一杯どうだ、というノイルホーンにパフューマ―はひとつ頷いた。
ドクターの部屋に着くまでの間に、ドクターはゆるりと瞼を開けていた。とはいえ酔いは冷めていないようで、夢心地で近くにある顔を見つめている。
「しるばー、あしゅ……?」
呂律がきちんと回ってないまま、自分を抱えている人物の名を呼ぶ。呼ばれた本人は視線を軽くやり、目を細めた。
「起きたか、盟友よ」
数回ぱちぱちと瞬きさせて、ドクターは可笑しそうに笑む。
「どうした?」
「君が、とても近いね」
自身の頭を軽くシルバーアッシュの頬に押し付けながら、機嫌よさげにずっと笑っている。
「いつもこうだといいのに」
「盟友? 私はいつもお前の傍にいると思うのだが」
「うそだよ。君は、私のそばにはいない」
どういうことだ、と再びドクターに視線をやるが、ドクターはただ笑みを返した。
「夢の中だけでいいんだ。君がそばにいるのば」
やがて部屋に着くと、そっとドクターをベッドへ降ろす。ドクターはベッドへ全身を委ね、それからこちらを見つめるシルバーアッシュを同じように見つめなおした。
「シルバーアッシュ」
そうはっきりと呼んで、両腕を持ち上げる。それは抱きしめて、と言っているようで。シルバーアッシュはその誘いに抗うこともせずに従った。
はるかに大きいものを抱える背へと両の手を回し、優しい力で自分の体へと押し付ける。
「私が……私でなくなっても、これまでと、同じように……」
耳元で力なく言われる言葉は、途中で寝入ってしまったようで最後まで紡がれることはなかった。人の温かい体温に眠りを誘われたのだろう。腕の中の体は力をなくしていた。
起こさないようにと手を引き抜く。シルバーアッシュは放り出されたドクターの手を取ると、いまだ細い手を覆っていた手袋を剥いだ。それから自身の手を絡ませる。
手の甲へとまるで誓いをするかのような口づけを落として、安らかに眠るドクターを真上から見下ろした。
「お前を、ふたたび逃がしはしない」
少しだけ怒気のこもった声音でそう言ったシルバーアッシュの瞳孔は、まるで獣のそれかのように細まっている。それから、自身の顔をゆっくりと降ろした。
end.
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