お芋さん太郎
2023-09-10 13:12:51
9494文字
Public ロシナンテ生存IF
 

⑥おれは一般市民




 ロシナンテはシーザーと2人で約束の場所、グリーンビット南東のビーチへと足を運んだ。途中ではぐれたウソップとロビンは、合流はできないが無事らしい。危険な取引に連れだしたのはロシナンテだ。ひとまずふたりの身は安全ということで、ホッと胸をなでおろす。
 鼓膜をふるわすBGMは、シーザーを拘束する海楼石の錠の音だけだ。にぶい音が左右にゆれ、聞いてるだけでクラクラしてくる。

「お前にしちゃあ上出来じゃねェか! まさか『海軍大将』がおでましとはなァ、“七武海”をやめたおれは恐くてしかたねェよ!」
「ウソをつけェ!」

 午後3時、時間ピッタリに取り引き場所に舞い降りたドフラミンゴは、開口一番に茶化すように言った。十数年ぶりの兄弟の再会だが、なまやさしい感情は1ミリもない。ふたりのあいだにあるのは、高くてぶ厚い見えない壁だけだ。
 でたらめみたいに背の高い花の咲きほこるグリーンビットの森から、海軍大将“藤虎”の異名をもつイッショウとその部下が物騒なものをチラつかせている。
 ロシナンテはドフラミンゴにダマされたのだ。彼は七武海をやめたわけではなかった。そのネタばらしは、同時刻、新聞によって世界各地へとまわった。

『世界に報じられたドフラミンゴ“王位”および“七武海”権威放棄の件、あれはミスだ。誤報である』

 ドレスローザ国民には政府の手先CP0によって事情が説明され、時間まで口外を禁ぜられた。ファミリーを裏切った元幹部のヴァイオレット、もといリク王家王女のヴィオラによってその事実を知らされたサンジは、すぐさま仲間に電伝虫をつなぐも、事態はあまりにさしせまっていた。
 やけにおとなしく条件をのんだと朝刊を読んで思ったが、嫌な予感ほどよく当たるものだ。ロシナンテはうなりをあげながら、ドフラミンゴにかみつく。

「『世界政府』の力をつかって、わずか10人あまりのおれたちをダマすためだけに……世界中を欺いたってのか!?」
「大きなマジックショーほど、意外に簡単なところにタネはあるものだ。そんなバカなことをするはずがないと思う固定観念が、人間の“盲点”を生む」
「だが、お前は海賊だ! たとえ“七武海”であろうとも、そんな権限があるはずねェ」

 イッショウがひと言もしゃべらず静観しているかたわら、ロシナンテの喉がゴクリと大きく鳴る。
 ロシナンテには、世界を巻き込んだ今回の騒動について、それができる“権力”に心当たりがあった。ただしそれは、兄弟が何十年も昔に失ったはずのものだ。なぜいまのドフラミンゴがそれを手にしているのか。理由はひとつもわからないが、なにやら嫌な感覚がぐるぐると頭をかけめぐる。

「世間話は終わりにするとしよう、ロシナンテ。お前がおれを裏切った13年前のあの日から……おれはずっとお前を殺したかった!」
「ジョーカー! さっさとこんなやつ……ウゲッ!」

 ロシナンテはイカれた科学者にまわした腕をよりいっそう力強く締めあげ、よくまわる口をだまらせた。
 
「コイツを返すわけにはいかねェ! おまえが約束を守らねェ以上、この取引は白紙だ!」
「ギャー! なに言ってんだてめェ今さら!」

 そんなやり取りのあいまに、森の近くで待機している海軍がコソコソと話をし始める。

「イッショウさん、ドフラミンゴの取引き相手はかつてのドンキホーテファミリー最高幹部『コラソン』と同一人物と判明しました」
「そうですか……しかしこりゃどうも穏やかじゃあない様子で……
「フッフッフ! 『世界徴兵』で海軍大将に特任された“藤虎”、噂はよく聞いてる……実力は折り紙つきだとな!」
「こらどうも、恐れ入りやす」
……! とぼけた野郎だぜ!」

 ちゃちゃを入れたドフラミンゴに、イッショウがぺこりとおじぎをした。七武海とはいえ海賊に対して食えない態度をやすやすととる大将というのは普通ではない。ドフラミンゴはやりにくそうに、浮かべた笑みをひきつらせる。
 それでもイッショウは低姿勢をくずさないままだ。口調としてはおだやかに、しかしわずかばかりの確信をのぞかせながら、ドフラミンゴの『裏の顔』を刺激する。

「はっきりと裏はとれちゃあいねェが、七武海としてちょいとルール違反をなさってるって情報も入ってやすが」
「フッフッフ! おれを調べたきゃあ、それなりの覚悟で周到に裏をとってものを言うんだな!」

 イッショウの簡単なカマかけにのるほど、ドフラミンゴは可愛らしい人間ではない。なんのことやらと肩をすくめた。

「それで、海軍は今回の事件をどう決めた!?」
……その男、麦わらの一味の船に乗っていたという情報もつかんでやす」
「ギクッ!」

 ドフラミンゴの問いにイッショウが答える。どこから海軍へ情報がもれたのか、十中八九ドフラミンゴのしわざだ。

「あんたがまだ七武海の旦那の部下であるならば……“白”。あっしは手だしやしません。内輪の問題は勝手にしてくだせェ」

 イッショウが杖のようにも使っていた刀を抱えこむように両手で持った。これが彼の臨戦態勢だ。後ろにひかえる海兵らも、彼に合わせるようにかまえをとる。

「ただし、麦わらの一味であるならば“黒”! 返答によっちゃあ、あっしらの仕事は……あんたさんを含む麦わらの一味の逮捕ってことになりやす」

 イッショウの永遠に閉じられた両目から、探るような眼光を感じた気がした。
 海軍はもともと、ドフラミンゴの七武海脱退の報があったためにドレスローザに派遣された。『偶然』にもそれは誤報だったため、無駄足にならないよう今日『たまたま』国に集まっていた海賊たちの一斉捕縛をねらっているようだ。
 麦わらの一味は世界的にも特に危険視されている海賊である。いの一番にねらわれるのは当然の話だ。
 本当のところイッショウの問いは、ロシナンテにとってどう答えても結果はほとんど変わらない。『コラソン』であると答えればイッショウは麦わらの捕縛を優先させ、ロシナンテはドフラミンゴに殺される。『コラソン』でないと答えれば七武海と海軍大将、最悪なふたりと一戦まじえることになり、どちらかというと死ぬだろう。
 しかしロシナンテのねらいは工場の破壊、ひいてはドフラミンゴの撃破である。はじめからこの取り引きは囮だった。そして幸いなことに、いまこの国で一番やっかいな人物がふたりも釣れた。これを逃す手はない。

「おれは……『コラソン』じゃねェ」
「では麦わらの一味として、逮捕ということで……
「それも違う!」
……?」

 ルフィたちはきっと、この海軍大将の存在を知らないままに街を動いている。一味にとってきわめて不利な状況だ。あの気のいい海賊たちを巻き込んだ以上、せめてこのふたりの足止めくらいしなければ、申し訳が立たない。
 すでに計画は狂ってしまった。だが、まだ生きている。シーザーをおさえ、工場を破壊しさえすれば、どう転んだってドフラミンゴは破滅するのだ。
 そうすればドレスローザは救われる。そしたらきっと、ローだって。
 ならば、多少の犠牲などささいなことだ。
 でもどうせなら。

「おれは正真正銘、ただの一般市民だ!」
「あ"ァ!?」

 ドフラミンゴが困惑に声を荒げる。
 泣きわめくシーザーのこめかみにゴリゴリと無骨な銃を押しつけておいて、ロシナンテはそしらぬふりして声をはり上げた。
 かつて『コラソン』だったことは任務のうちだし、今だって麦わらの仲間でもない。だから断じて嘘はついてない。あわよくば大将を味方にできねェかなァなんて思いつつ、さらに続けた。

「ドフラミンゴに殺される! 助けてくれ!!!」

 海兵たちがポカンとまぬけに口をひらく。

「そんな一般市民がいるかッ!!!」

 軍人らしくよくそろった声が、島をかけめぐった。





「あ! コラソンさまだ!」
「おう、またあとでな」
「一杯飲んでいかないかい、コラソンさま!」
「あいにく仕事中だ」
「やあ、コラソンさま」
「いま急いで……おいジジイ! 安静にしてろと言ったろう、まだ腰が痛むはずだ!」

 ローがコロシアムからグリーンビットへと向かう道中は、まさしく困難の連続だった。
 子どもが手をふるのに応え、酒場の店主を軽くあしらい、ヨボヨボの老人に手をかす。ローが急ぐのもおかまいなしに、道ゆく人が声をかけるものだから、すっかりと足どめをくらってしまった。
 海賊といっても七武海の部下だ。ちょっとくらい良いことしたっていいだろうと、優秀な医者であった父の影を追って医療に努めた結果がこれだ。

「ったく……

 まんざらでもないふうに、すこし笑いながら悪態をつく。ローはこの国一番の名医だ。助けた患者は数しれず。カルテの数だけ国民から慕われていた。
 人通りをなんとか避け、走るスピードをあげると、懐がぷるぷるとふるえる。ポーラータング号からの連絡だ。

『キャプテン、言われたとおりグリーンビット沖に着きました!』
「ああわかった。おれもじきに着く。お前らはそのまま待機していろ」
『アイアイ!』

 通話を切り、ふと顔をあげた。
 その眼前だった。巨人族の頭ほどの大きさがあろうか、炎をまとった隕石が空の手前をすべり落つ。ローの行くさき、グリーンビットへ。
 ローの顔からさっと血の気がひいた。

「ウソだろ……!? コラさん!」

 高鳴る心臓をぎゅっとにぎりしめ、先をいそぐ。
 ほかならぬ恩人の無事を祈りながら。





 サニー号を守っていたナミ、チョッパー、ブルックは泣きべそをかきながらジョーラと交戦を続けていた。ジョーラ本人の攻撃力はさほど高くはない。しかし、彼女のもつ悪魔の実の能力はあまりにも手ごわいものだった。

「あたくしは“アトアトの実”の『芸術人間』! あーた方は“芸術(アート)”になったのざます!」

 彼女の肉付きのいい手から出てくる謎の煙につつまれると、またたく間にすべてのものが前衛的な“芸術”になる。サニー号のスラリと足並みそろった欄干も、ピッチリはめ込まれた壁板の一枚にいたるまで、味のなくなったガムのようにぐにゃぐにゃになってしまっていた。

「ちくしょう~、ナミまでやられた! おれのツノも蹄も使いものにならねェのに……
「おいホネ吉、あいつせっしゃを狙っている……!」
「わかってます、渡しやしませんよ! でも見てください、私の“魂の喪剣(ソウルソリッド)”がこんなことに!」

 芸術と化したのはなにも船だけではない。
 チョッパーの自慢の蹄はかわいいウサギちゃんへ、ツノはなんだかちょっとかっこいい鳥の双翼へ。ブルックの仕込み剣とナミの“天候棒(クリマタクト)”も気の抜けた棒きれへと成り下がった。
 さらに人間のデッサンすらも狂ってしまい、もはや戦えるような状態ではない。
 そんな強敵ジョーラのねらいは、ナミらと船に残っていたモモの助の身柄のようだ。麦わらの一味には、ただの小さな子どもが海賊に狙われる意味がわからない。わかるのは、渡してはいけないということだけだ。
 しかし抗うすべがない。どうにかしてジョーラに攻撃をとおさねば。
 そんな状況にとつぜん鳴った電伝虫。チョッパーはすがるように受話器をとった。

「もしもし、おれだぞ! 誰だ!? おれたちいま大ピンチなんだ、助けてくれ~!」
「誰が出ていいと言ったのざます!」
『ザザ……その声は、チョッパーか……ザザ……
「え!? ロシーか!?」

 ノイズに混じるのは、ロシナンテのコソコソとしたしゃべり声だった。時おり大きな爆発音まで聞こえる。取り引きは順調にはいかなかったのか、それとも。

「ロシナンテ!? あの裏切り者ざますね!」
「なにやってんのよロシー! 早く船に来てよ!」

 ジョーラの声が怒りに震えた。ナミも受話器にむかって叫ぶ。
 こちらのやり取りを聞いているのかいないのか、ロシナンテが早口で告げる。

『ザー……いいか、いますぐにグリーンビットに船をまわしてくれ……ザザ……お前らにシーザーを預ける! ブツッ……ツーツーツー』
「ええ~~~!? 無茶言って切られた!」
「シーザーさんは引き渡したのでは!?」

 少しでも戦力が増えれば幸いと思ったのに、まったくそういう流れではなかった。いっさいこちらの言い分を聞かないロシナンテ、そしてちっともわからない状況に、ナミは芸術的な目を吊り上げたのだった。




 
 ロシナンテは常に全力でものごとに取り組むタイプの人間だが、これほど全力で走った経験はいまだかつてない。しかも大柄な男であるシーザーを背負い、うらみ言をチクチク刺されながらの疾走である。
 ひと言でいうと、ロシナンテの『海軍は一般市民であるおれを守るべきでは?作戦』は失敗に終わった。とはいえ、ロシナンテも十中八九無理だろうと思っていたダメ元の作戦である。まーしょうがない、とスッパリ気持ちを入れかえる。

「筋金入りのアホかてめェ! おれまで死ぬところだったじゃねェか!」
「死んでねェんだからいいじゃねェか」

 ロシナンテの一般市民アピールはあっけなく否定され、イッショウの攻撃の矛先はロシナンテへとむいた。しかし彼の攻撃はドフラミンゴさえも巻きこむ規模のものだった。
 これにはさすがにドフラミンゴも焦った。ロシナンテがシーザーを盾にしようとするものだから、ことさらに焦った。

「アホでバカでマヌケかドジ野郎! ジョーカーが守ってくれなきゃあどうなっていたことか!」
「クズよりマシだぜ、高評価どうも。ドフラミンゴのやつはお前を死なすわけにはいかねェからな。お前のおかげで助かった、ありがとよ!」
「てめェのよくまわる舌を引っこ抜いて肥溜めにぶち込んでやりてェ」

 ドフラミンゴが隕石に気を取られているそのスキに、ロシナンテはシーザーを連れて“剃”で森に逃げた。この13年のうちに身につけた高速移動の技は転ぶと痛いが、逃げるときには重宝する。
 おまけにロシナンテはナギナギの実の能力者。視界の悪い森を無音で移動できるメリットは大きい。鬼の形相で追ってくるドフラミンゴを持てる力すべてを使ってスルーしながら、麦わらの一味が船をつける場所へと急ぐ。
 いまのドフラミンゴのねらいは、ロシナンテ抹殺とシーザー確保のふたつだ。シーザーを麦わらの一味に託してここから離せば、ある程度の時間をかせげるはずだ。
 どんな手を使ってでも工場破壊まで逃げ切ってみせる。
 ロシナンテは自分に喝をいれて、ひた走った。





「ロシーは見える?」
「うーん、霧でよくわからねェ。変わった森がみえるけど」

 ナミの問いに、双眼鏡をのぞいたチョッパーが答える。
 ブルックの機転でジョーラを倒すことに成功した一味は、ロシナンテの指示どおりにグリーンビットまで船を寄せていた。
 だが肝心のロシナンテは未だ現れず、ブルックが眉のない眉根を寄せただけだった。

「で、私たちがシーザーを受け取ってどうなるの?」
「ドフラミンゴに狙われますね。え!? コワい!……ッうわあぁ!」

 そうこうしてる間に、船に衝撃がはしる。
 海流による揺れではない。海にひそむ、屈強な生物たちのしわざだ。チョッパーが海をのぞいて叫んだ。

「海になにかいるぞー!」
「とと……闘魚の群れざます~~~! 島に近づきすぎたのざます!」
「なにそれ!?」
「軍艦も沈める“殺人魚”ざますわよォ!」
「え~~~!!?」

 いつのまにか船は、サニー号の半分ほどもある闘魚たちに囲まれていた。筋肉ででっぷりと太った、超重量級の豊かな体躯。そして彼らの頭上に誇る双角は固く、鋭く。全身を武器にサニーの無防備な船底をねらう。
 もちろん一味も黙ってやられているばかりではない。ナミは雷撃、ブルックは彼の特殊剣技で応戦する。しかし闘魚の岩のように硬い皮膚はなかなか攻撃をとおさない。船から遠ざけるのがせいぜいだ。
 ロシナンテは、まだ来ない。

「あれっ!?」
「今度は何!?」

 そして、悪いことはたたみかけるのが世の常である。

「ドフラミンゴが飛んでくる!」
「えええぇえ!?」

 ロシナンテを探して島をみていたチョッパーが異変に気がつく。
 ピンク色のコートをひるがえし、空を駆けるのは間違いなくこの国の王。ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

「なにこの悪夢! わたしたち、死んじゃうの!?」
「いやだぁ~~~!」

 闘魚のことなど、すでにすっかり忘れていた。
 ジョーラだけが目を輝かせて支配者を歓迎する。

「若様~~~!」
「フッフッフ、よく見ていろロシナンテ。手を組んだ一味が目の前で無残に死ぬ姿!」
……て嫌がる……
「わー! 助けてー!」

 身を寄せあって来るべき恐怖に身構える。
 はるか頭上に舞う絶望がサニーをその目にうつした。

「ウチの仲間に……
「え?」

 宙を横切るかるい音がリズムよく聞こえ。

「近寄んじゃねェよ!!!」
……! ほう」

 怒りに燃える炎の蹴りがドフラミンゴを襲った。熱く重いそれをなんなく受けとめニヤリと笑う。

「強そうなのが来たな」
「サンジ~~~!!!」

 ドフラミンゴのサングラスにさらなる炎が散る。

「“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)”……
「麦わらの一味“黒足”だな?」
「“一級挽き肉(プルミエール・アッシ)”」

 足場のない空中で繰りだされたとは思えないほどの強力なサンジの足技を、ドフラミンゴは不敵な笑みで軽くかわす。張った五指の先がキラリと反射し。

「“五色糸(ゴシキート)”」
「うわっ!」
……! サンジさん!」

 ドフラミンゴの指からのびた“糸”がサンジを切り裂く。
 サンジの動きが止まり、ドフラミンゴは船へと向きなおった。

「守ってみろ、仲間を!」

 サンジへの挑発も忘れず、ダバダバしながら絶叫する一味へと足をのばす。ドフラミンゴは、群れる弱者の嫌がることはひととおり心得ているのだ。
 一味の耳障りな悲鳴がいっそう大きくなる。
 悲鳴の中に、かすかな足音。

「“焼鉄鍋(ポアル・ア・フリール)スペクトル”」

 復活したサンジの、背後からの追撃だった。
 ドフラミンゴはサンジに向きあい、無数に繰り出される蹴りの連撃をなんとか防ぐ。

「強力だ……なかなかやる」

 しかしながら、たったそればかりの攻撃で堕とせるならば強者とはいえないだろう。ドフラミンゴはもうすでに罠を張りめぐらせていた。
 次の瞬間、サンジの身体の動きが不自然に止まる。

「うッ! なんだ!? 体が動かねェ!」
「オッホッホ! 動けないのざます! 若の能力によって! もう蜘蛛の巣にかかった虫と同じ……死を待つだけ、ざます!」
「そんな……サンジ君! 逃げて~~~!」

 ジョーラの言葉に、ナミたちの背筋が凍った。背筋のない者も同様に。
 ドフラミンゴはこれまでないほどにサンジに近づいた。サンジに自分の糸を破るすべがないと、タカをくくっているのだ。
 実際、サンジにはどうしたって糸から逃れられなかった。逃げ場のない空中で、大の字になってただ敵の攻撃を待つばかり。
 ドフラミンゴが目の前で、腕を振りあげる。

「“超過(オーバー)”……
「何もするな逃げろォ! クー・ド・バーストで飛べェ!」
「そんなこと……!」
「“鞭糸(ヒート)”」

 なんとか攻撃しようと武器をかまえた仲間に、サンジは叫んだ。一味は少しだけためらったが、戦場ではその数秒が命取りだ。幾重にもかさなり極太になったするどい糸が、獲物をつらぬかんとせまり。

……“嵐脚”」

 届くまえに、サンジを捕えた蜘蛛の糸は切られた。
 自由になったサンジは目を見開く。サニーから“月歩”で駆けあがって来たロシナンテのしわざだった。
 彼は船に捕らえていたはずのジョーラを腕におさめ、盾にする。寸前それに気が付いたドフラミンゴは無理やり攻撃の軌道をそらし。

「やっと姿をあらわしたな、ロシナンテ」

 額にいくつもの青筋をうかべる。

「若様! あたくしのことなどお気になさらずに!」
「いいや、お前は攻撃ができないはずだ」

 ロシナンテはそう言いながら、ジョーラの頭に銃をむけた。
 一方で海軍も迫る。イッショウの能力で空を滑る軍艦がサニーに砲口をむけ、かなたの隕石も狙いをさだめる。
 そのすべてを置き去りに、サニー号は空を飛んで離脱した。ドフラミンゴのねらいのひとつであるシーザーを乗せて。
 大気が全体ビリビリふるえ、無駄うちの砲弾と隕石が海面に沈む。人の背の何十倍もある大波が、グリーンビットのささやかな海岸を襲った。
 
「それしか能がねェのか。どこまでもムカつく野郎だぜ」
「13年間……こうしてお前に嫌がらせすることばかり考えてきた」

 そうして兄弟はふたたび向かい合う。
 ちいさな島での対面と構図は同じく。しかし今や、心の余裕はロシナンテの方が勝っていた。

「死にたくなければ銃をおろせ」
「どっちにしたって殺すだろう?」
「三度目は無しだ……銃を、おろせ!」

 警告とともにドフラミンゴがその手を掲げる。チョウチョさえ止まるほどにゆっくりと指を曲げ、まとう気迫は猛獣のようにずっしりと濃厚だ。
 ロシナンテは無意識に上唇を一度なめ。

「わかった。あんたに従おう、兄上」

 言われたとおりに銃を下げた。
 ドフラミンゴの顔が、不快にゆがむ。

「ただし、おろすのは銃だけじゃねェ」

 同時にジョーラも海へと落とす。
 ジョーラは悪魔の実の能力者でカナヅチだ。そうでなくとも鎖で拘束されている状態である。常人でも海に落とされれば命にかかわる。
 つまり、ドフラミンゴはどうしたって彼女を助けざるをえない。

「いやァ~~~!!!」
……チッ!」

 ドフラミンゴがジョーラをすくい上げたときには、もうすでにロシナンテの姿はなかった。
 
 『また』逃げられた。





 ドフラミンゴから逃れたロシナンテは、グリーンビットに身を隠した。電伝虫はまだ鳴らない。壊すべき工場はまだ健在ということだ。
 しかしもう少しの辛抱なはず。
 それの時がくるまでは隠れながら逃げ、ドフラミンゴを引き付ける。楽勝だ。たぶん。きっと。
 巨木の影に身をひそめ、10秒かけて息を吸って、そして吐く。休めるときに休むべきだと、ズルズルと地面に尻をつけた。タバコを一本とり出し、すこし考えて、吸うのをやめた。見つかる危険性はほんのちょっとでも減らしたい。
 くわえたタバコを箱にしまおうとして、ポロリと取りおとした。どうしようもなく手がふるえていた。まるでドフラミンゴに恐怖しているみたいだった。
 意思とは関係なく小刻みにゆれる手に気をとられたせいだ。
 近づく気配に気づかなかった。
 
「いきてた……コラさん!」

 草木のあいだから現われた人物とバッチリと目が合う。

………………ロー?」

 13年ぶりの再会は、情けないくらいのマヌケ面だった。