お芋さん太郎
2022-06-03 21:36:12
4614文字
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クッキー

※ツイステ
※エース・トラッポラ
※リドル・ローズハート

古典落語「味噌豆」のパロディ。
以前pixivに投稿していた作品です。

ハーツラビュル寮と聞いて連想するものは、法律、薔薇の迷路、トランプなど人によって様々だが、その中でも特筆すべきはなんでもない日のティーパーティーだろう。このティーパーティーは決まりごとは多いものの、その決まり事を守りさえすれば気軽な交流の場として寮生にも人気の高い行事である。したがって、この日だけは普段ワンマンプレーで頭を悩ませる問題児すらも一致団結し、準備から片付けまで協力してパーティーを作り上げる。
それは入学2日目に超絶高価なシャンデリアをぶち落としたエースも例外ではない。もともと要領がよくなんでも器用にこなしてしまうエースは、今日も寮生らの様子を観察しながら時に手を貸し、時に口を出し、時にサボりながら仕事をこなしていた。
そんなエースが「さて、薔薇の色でも変えに行こうか」と歩いていると、3年の先輩に呼び止められた。

「なァおいトラッポラ、お前キッチンの方にまわってくれないか。薔薇の方には俺が行くからさ」
「いいっすけど、何かあったんすか?」
「いや、ちょっとこのペースだとパーティーの開始時間に準備が間に合いそうにないんだ。スイーツはあとは皿に盛りつけて運ぶだけだし、お前まだ色変えくらいしかできないだろ。俺がそっちに行った方が仕事が早く済む」

ああなるほど、とエースは頷いた。
時間通りに始められなければ、スイーツの優しい香りに包まれて全員そろって寮長の説教を聞くハメになるし、そんなのは誰だってごめんだ。そしてまだたった数回しかティーパーティーの経験が無いエースよりは、目の前の先輩の方が確実で早い仕事ができるだろう。しかもキッチンの方が仕事が楽に思えるとくれば、エースが二つ返事で了承するのは自明の理である。「しっかり頼んだぞ」と言う先輩にヒラヒラと手を振り、キッチンへと急いだ。

エースが鼻歌をうたいながらキッチンへ入ると、そこに立つのは背筋を伸ばしたワインレッド。寮服のマントを金魚の尾びれのように揺らしながら皿を出しているリドルを目にした瞬間、先ほど別れた先輩の思惑を察し、エースは先ほどの自分の判断を呪いたくなった。いや呪うならばあの先輩だ。おのれ先輩、寮長の相手を押し付けるとは。夜中に先輩のベッドに忍び込んで朝まで添い寝してやる、とエースは固く誓った。

「ああエースか。何をしているんだい、皿を出すのを手伝っておくれ。数えるのはボクがするから」
「ア、はい。と、これでいいですか?」
「あとそっちの大きい皿を13枚と、楕円で小さな薔薇をあしらったそう、その皿を7枚だ。あとティーカップと、ソーサー、スプーンにフォーク、ティーポットはお茶を注ぐ用と眠りネズミを入れる用のものを分けて
「ち、ちょーっと待ってくださいリドル寮長!早すぎますって!」

手伝い始めるや否や矢継ぎ早に指示をだすリドルに、エースは冷や汗をかきながら慌てて静止を求めた。

「そんなことはないよ。必要なものを事前に覚えておかないから早く聞こえるだけだ」

リドルがムッとした顔つきでエースに反論する。勉強が得意で記憶力に長けたリドルは、自分ができることは寮生にもできるだろうと思い込んでしまう癖がある。その癖が悪い方向に出てしまった結果が先日のオーバーブロット事件なのであるが、本人の努力虚しくいまだ改善には至っていない。ハハハと乾いた笑いで誤魔化したエースは心の中でひっそりとため息を吐き、初めに出した皿を台の上に置いた。
そこでハタと気が付く。

「あれ?そういえばトレイ先輩は?オレ、てっきりキッチンはトレイ先輩が仕切ってるものとばかり思ってたんスけど」
「トレイはちょっとサイエンス部の方で呼ばれて行ってしまったんだ。オーブンに入れるまでは彼がやっていたけど、どうしても外せない用事だったらしくてね。こういうことは度々あるんだ。まァ、ハートの女王の法律『なんでもない日のティーパーティーの準備は全員で行う』に反してはいないから問題は無いよ」

出した皿を数え、どの皿に何のスイーツを飾るか細かく指示が出たところで、ちょうどオーブンのブザーが鳴った。甘く香ばしい匂いが鼻を掠め、エースの心がウキウキと躍る。それはリドルも同じらしく、年相応に頬を緩ませていた。

「ボクはこっちのタルト生地の方を見るから、エースはそちらのオーブンを開けて中を確認してみてくれ」
「はい、寮長~………って、うまッ!流石トレイ先輩のクッキー!冷めても美味いけどアツアツのできたても最高~!ほろほろした食感も良いし、香りが全然ちげー!マジで美味い!これ店のやつじゃん!」
「エース!誰が味見までしろとお言いだい!」
「いやでも焼きたてっすよ!キッチン担当の役得ってやつだと思いますけど~、アもしかして寮長も食べたいとか?」

ちょっと目を離した隙につまみ食いをしだしたエースを窘めようとしたものの、まるで反省もしていない。
怒髪が天を突くとはまさにこのこと。リドルは顔を真っ赤にしながら全身の毛を逆立たせてギロリとエースを睨みつけ、地を這うような声で言った。

キミは今すぐにこのカップケーキを会場に持っていくんだ。そして、寄り道をせず、まっすぐにここに帰ってくること。今回『だけ』は見逃してやるんだ、今度ひとつでもつまみ食いしたらお分かりだね?」
「ヒッ!はい、寮長!」

流石のエースもこれはマズいと感じ、リドルから素早くカップケーキの皿を奪って脱兎のごとく駆け出した。その後姿を見て、リドルがフゥと息を吐く。

「まったく、廊下を走るものじゃあないよ」

一人ぽつりと呟きながら、クッキーを皿に盛りつけていく。
香ばしい匂いと甘ったるい匂いが合わさり、さらにタルトに使われたイチゴの酸っぱい匂いがリドルの鼻と脳みそを総攻撃する。リドルだって食べ盛りなお年頃なのだ。それを理性を総動員させて我慢しているのに、あの後輩ときたらよりにもよって目の前で食べるだなんて。
にしてもエースはなかなかに食レポが上手いようだ。食べる姿も実に美味しそうで。
リドルのお腹がクゥと控えめな鳴き声を発した。

「トレイは確かいつも多めに作っているはずだ」

エースの援護により欲望VS理性の戦争は既に欲望が優勢。戦況が大きく変化し、理性が白旗を

「いや、しかしもうすぐエースが帰ってくる!あんな啖呵を切った手前、もし見つかりでもしたら卒業まで笑いものだ」

17年間で鍛え上げられた理性は強かった。上げかかっていた白旗を引っ提げて、なおも粘る。
しかし、無情にもオーブンのブザーが再度鳴り響く。
オーブンを開ける。

そしてリドルの理性は焼きたての香りの暴力で粉みじんに吹き飛ばされた。
不可抗力である。焼きたてクッキーの前には何人たりともひれ伏すしかないのが世の中の道理なのだ。

「ア、くっ!抗えない、だと⁉しかし、せめて見つからない場所で食べないと!」

そこでピンと思いつく。

「と、トイレだ!幸いトイレはキッチンのすぐ近く、さすがのエースもトイレで飲食してるとは夢にも思わないだろう!」

憐れリドルはトイレへ駆ける。このお坊ちゃまは知らないのだ。昼飯をひとりトイレの個室で摂る者が世の中にはいるということを。隠れて食べるには絶好のポイントだと、けっこう広く周知されているということを。



リドルがキッチンを出たちょうどその時、エースが戻った。
先ほどまでいたはずのリドルがいないことに小首を傾げて、どこかに呼ばれていったのかもと自身を納得させて作業を進めた。
しかしこのエースが鬼のいぬ間に悪さをしないわけがない。しばらくソワソワしながらクッキーを皿に盛りつけていたと思ったら、本当にリドルがいないのかと確かめ始める。何のためか?それはみなさんお察しだろう。

「寮長~?リドルりょ~ちょ~?いないんですかぁ~?」

キッチン台の下、掃除用ロッカーの中、食器棚の下、果てにはゴミ箱の中まで注意深く探し、ホッと一息。OKここは安全地帯だ、そう確信を持ってさらに10秒待った。

「いないんなら、いただいちゃいますよぉ~?いや、オレは悪くないんですよ、ああまで言っておいていなくなる寮長が悪いっていうかぁ~」

言いながらもエースはクッキーの一枚に手を伸ばす。
まだ温かく食感は柔らかい。バターの濃厚な香りが口いっぱいに広がり、飲み込んでなお嗅覚を刺激し続ける。思わず二枚、三枚と手が伸びた。
しかし、とここでエースは考えた。もしもこのタイミングでリドルが帰ってきたら首はね必至。帰ってきたのがリドルじゃなくてトレイであっても簡単に報告されてジ・エンド。それだけで済むならまだいいが、楽しみにしていたチェリーパイも食べさせてもらえなくなるかもしれない。それだけは回避したい。しかしもう少し食べていたい。

そこでピンと思いつく。

便所飯だ。
あのお坊ちゃん寮長はまさか自分が便所でクッキーを食べてるだなんて夢にも思いはしないだろうし、もし見つかってもちょっと気分が悪くて、と適当に言い訳すれば納得するだろう。そうエースは思った。とても良い案だと、心の底から思った。
そして善は急げとパーティーで使わない小さなお皿にクッキーを数枚乗せて、エースはルンルンとトイレに向かった。

正直に言うと、エースは油断していた。
まさかリドルがトイレの中に潜んでいるとは頭の隅にも無かったし、他の寮生らも全員が外で作業中だったからだ。自分しかいないと思ったからトイレの扉をノックもせずに勢いよく開き、中で小さくなっているワインレッドを見て肩をびくりと跳ねさせた。ワインレッドも大きな目をまん丸に見開いて肩を跳ねさせ、けれどもエースの姿を確認してピクリとも動かなくなってしまった。ワインレッドの手には小さなお皿と数枚のクッキー。顔をスッと青ざめさせ、唇もハーツラビュルの寮服に合わない色合いになってしまっている。今にも、泣いてしまいそうな表情になってしまっている。

この状況はまずいぞ、と脳が警鐘を鳴らす。
しかしエースは諦めていなかった。

ここで寮長が泣いてしまえば、先日のオーバーブロット以来モンペと化したトレイ先輩が般若となるだろう。それだけは避けたい。もし寮長が泣かなくても、この状況を冷静に判断されてしまえば首はねは確実。これも嫌だ。そもそも寮長もクッキー食べてるんだからお互い様だし、あまり怒られはしないのでは?そうだよ、もし怒られても弱みを握っているのはこっちだ。怒られなかったとしてもこれをネタにすれば他のことも見逃してもらえる確率は跳ね上がる。しかしこれが原因でこの後のパーティーで不機嫌になったり様子がおかしければトレイ先輩にバレてオレの人生はそこで終わる。では首はねを避けて寮長のメンツを保ちつつ気まずくならない感じにこの場を乗り切る方法は?そんなのあるわけねーよ。無理ゲかよ。いや、お調子者のエース様をなめるなよ!オレならできる!唸れ、オレのトークスキル!

ここまでおよそ0.3秒。

悩みに悩んだエースが、満を持して口を開く。

「リドル寮長、クッキーのおかわりお持ちしました!」

小さな皿を両手で差し出しながらピシッと決めた礼は、リドルも目を見張るほど美しかったという。