お芋さん太郎
2022-06-03 21:25:00
4510文字
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ベタ

※ツイステ
※フロイド・リーチ
※ヴィル・シェーンハイト

古典落語「つる」のパロディ。
以前pixivに投稿していた作品です。

「そンでね、その時ベタちゃん先輩が
「フロイド、最近めっきりヴィルさんの話ばかりですね」

モストロ・ラウンジの厨房にて、鍋をかき混ぜながら上機嫌にビーンズデーでのことを話すフロイドを遮り、ジェイドが言った。

「だってェ、あン時のベタちゃん先輩の投げ技!なんて言ったっけ?あれすげーの!」

満面の笑みで語るフロイドに、ジェイドは「フロイドが楽しそうで何よりです」と相槌を打つ。そして今思い出したとでも言うように「ア、そういえば」と続けた。

「あなたヴィルさんのことを『ベタちゃん』と呼んでますが、そのあだ名のもとになった『ベタ』という魚の名前の由来は知っていますか?」
「ハ?知らねーけど」
「おや、エレメンタリースクールで習ったでしょう」

ジェイドが口元に手を当てて綺麗にほほ笑んだ。

「昔々の大昔、伝説の人魚姫がまだ卵にさえ宿っていないころ。ベタという魚はその容姿から『ひらひらゴージャスドレス魚』と呼ばれていたそうです」
「エそれ本当に習った?記憶にねーんだけど」
「まあ聞いて。とあるナマズが獲物を求めて大きな水草に張り込みをしていると、上流の方から『ひらひらゴージャスドレス魚』のオスが、べーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと泳いできてその水草の下にピタリと止まった。並みのナマズであればそこでパクリとイっちゃってしまうでしょうがそのナマズ、なかなかに辛抱強いナマズでして、『ひらひらゴージャスドレス魚』のオスがひらひらピラピラ尾びれを振るのをジッと見つめていたのです」
「えッへっへっへ、なにそれウケんね」

フロイドが笑いながら鍋のスープをちょっとだけ味見して「美味っ」と呟いた。

「するとまたしても上流の方から『ひらひらゴージャスドレス魚』の、今度はメスが、ターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと泳いできてその水草の下にピタリと止まった。そして二匹の『ひらひらゴージャスドレス魚』がベタベタいちゃいちゃしてるところをナマズがパクリと一飲みして一言、『ああ、ベタな展開だな』と言ったそうです。それからというもの『ひらひらゴージャスドレス魚』は『ベタ』と呼ばれるようになったとか」
「アーっはっはっは!ヒィー、マジそれ、面白いねぇブフッあははは、ハハ」

大爆笑しながら調理台をバンバンと手でたたきながら聞いていたフロイドは、ふらふらと足取りのおぼつかない様子で、引き出しから大きな出刃包丁をゆっくりと取り出した。そして一瞬で今までのバカみたいな笑顔はスンと消し去り、ジェイドの首筋に包丁を突き付ける。

「嘘だろ」
「嘘じゃありません」

フロイドの真顔の圧が降り注ぐも、ジェイドは涼しい顔でひるむことなくすぐにそう返した。たっぷり10秒、地獄のような時間が流れ、フロイドは包丁を後ろに弧を描くように雑に投げ捨てた。カランという高い音が部屋に響く。

「あ~~~そうだよねェ~!あんまり面白すぎたンで、ごめんねジェイド、疑っちゃって!」

それまでの真顔が嘘のように笑顔を輝かせて大げさにフロイドが言う。

「いえいえ、とんでもありません」
「じゃあオレさ、ベタちゃん先輩ンとこ行ってくる!そんなおもしれこと、ちゃあんと教えてやんねーとね」

クスクスと笑うジェイドをしり目に、フロイドが風のように駆けて行った。
ひとり残されたジェイドの爽やかな笑みはいつの間にか意地の悪いニヤニヤに変わっていたのだが、フロイドにはもはや関係のないことだった。

ネタをばらしてしまうと、この『ベタ』の由来はジェイドの真っ赤な嘘である。学校で習うどころかジェイドの即興の物語だ。血を分けた兄弟である自分ではなく、その力を認め合ったアズールでさえもない、ただ単に知力・運動能力・顔面偏差値に優れた超絶努力家ストイックな世界的スーパーモデルであるというだけのヴィルにフロイドが懐いている様子が面白くなかったために口からポロリとまろび出た小さな小さな可愛い嘘だった。
フロイドはアレでいてどこか慎重なところがあるから、きっとまずはアズールのところに行って由来の真偽を確かめるだろう。すると嘘だと知って怒りに震えながら自分のところへと戻ってきてくれる。そう思いながら、ジェイドは落ちた包丁を拾い上げて、その時をニコニコ期待しながら静かに待つのだった。

だがそれは結果としてジェイドの大誤算(つまりジェイドの大好物である)だった!

確かにフロイドは廊下を歩きながら少し考え、アズールの部屋へと進路を変更した。
そこまでは良かった。

「ねェアズール、ジェイドに聞いた話なんだけど、かくかくしかじかでェ~」

書類仕事をしていたアズールに聞いた話を語り、最後に「これってホントの話?」と問う。フと顔を上げたらアズールがコクリと頷いた。仕事をしながらでもちゃんと聞いて答えをくれたので、しかも他でもないアズールだったので、フロイドは「じゃあホントの話なんだ!」とすぐさま部屋を飛び出してヴィルのもとへと急いだ。

アズールが顔を上げるとそこには誰もいなかった。開け放たれたドアだけがキィと音を立てている。

「しまった、ちょっと寝てしまっていたやっぱり5徹は厳しいですね。はて、いまフロイドがいたような気がしましたが







ヴィルは苛立っていた。
ちょっと用事を済ませてから部活に参加するために急いでいたというのにフロイドにつかまってしまい、先ほどから雲の形の話だとか、セミの抜け殻の話だとか、人魚あるあるだとか、訳の分からない雑談を聞かされていたからだ。堪忍袋の緒で絞め殺してやろうかと思うほどだった。

「フロイド、いい加減本題を話しなさい」
「あァすっかり忘れてた~。あンね、ベタちゃん先輩『ベタ』の名前の由来って知ってる?」
「アタシが知るわけないでしょ。それが何だっていうのよ」
「アハァ~、ベタちゃん先輩も知らねーんだ。じゃあオレが特別に教えたげンね」
「遠慮するわ。アタシ急いでるの」

フロイドの脇を抜けて行こうとしたヴィルだったが、追い越す瞬間にフロイドのに立ちふさがられて邪魔された。右に行こうと、左に行こうとフロイドはどかない。
ヴィルがフロイドをギロリと睨むが、フロイドはそんなのお構いなしだ。

「昔昔の大昔、人魚の姫さんが稚魚だったころ」
「しょうがないわね、少しだけよ」
「ベタちゃん先輩は『ひらひらゴージャスモデル魚』って呼ばれてました」
「呼ばれてないわ」
「気のせいじゃない?それでェ、大きなナマズが水草を眺めていると上流の方から『ひらひらゴージャスモデル魚』のオスがベターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと泳いできて水草の上にピタリと止まりました。そのあとで今度はメスが……メスがン?あれ?」
「メスがどうしたってのよ」
「ちょっと待って、落ち着いてベタちゃん先輩」
「落ち着いていないのはアンタでしょ。もう行ってもいいかしら」
「ダメ!違うの、もっと面白いから!絶対だから!待っててちょっとジェイドに聞いてくる!」

脱兎のごとく全速力で走ったフロイドは肩で息をしながら厨房にいるジェイドのもとへと急いだ。バンっと勢いよく扉を開けて目的の人物に近寄る。

「ア、ジェイドぉ、ってなに包丁持ってんの。こわ」
「ああフロイド。フフお待ちしていました」
「ねえジェイド、『ベタ』の由来なんだけどさあ、もう一回教えてくンない?」
「そのことでしたら僕のエ、なんて?」
「ベタちゃん先輩に教えてたんだけどわかんなくなっちゃって、もう一回教えて!」
「そうでしたか、なんて面白い展開。いいですよ。どこが分からないのですか?」
「ベタが泳いで来るとこ」
「べーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーって泳いでき
「ア!そうそう!べーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーって泳いで来ンだった!ベターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーじゃなかった!それだけ分かれば十分!あンがと!」

またしてもフロイドが走る。ベーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと走ったフロイドは脅威の速さでヴィルのところに戻ってきた。腕を組み、指をとんとんと動かすその人の目は地獄を味わってきた歴戦の兵士のようだった。

「昔々の大昔、アズールがまだ卵だったころ」
「姫は?」
「姫?誰それ?ベタちゃん先輩は『キラキラゴージャスモデル魚』と呼ばれていました」
「呼ばれてないわ」
「呼ばれてたってWikipediaに書いてる。それでェ、大きなナマズと水草を眺めていると上流の方から2匹の『キラキラゴージャスモデル魚』がベーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと泳いできて水草の上にピタリと止まりました。そのあとで今度は……今度はン?あれ?ターは?」
「なによ、ターって。もう行ってもいいかしら」
「ダメ!違うの、もっと面白いから!ほんと!面白すぎて腹ワタ飛び出ておまけに体液も搾り取れるから!待っててジェイドに聞いてくる!」

汗がダラダラと流れていくのを気にも留めずにフロイドは走った。厨房にいるジェイドのもとへとたどり着き、あまりのしんどさに体を『く』の字に曲げる。

「ハァ、ハァう”ッ!ゲホっごほっンン”ン”ッ!」
「おやおや、水でもいかがですかフロイド」

ジェイドが差し出した水を乱暴に受け取って一気に飲み切り、事情を話す。

「そうでしたか、さらに面白い展開。それで、どこが分からなくなってしまったのですか?」
「ベタが泳いで来るとこ」
「ベタのオスがべーーーーー
「そう!オスがまず来る!そしてメスだァ!一気に2匹来ちゃダメじゃんね!OK、ありがとジェイド!行ってくる!」

フロイドがヴィルのもとにたどり着くと、一時も時間を無駄にできないヴィルはスクワットをしていた。

「昔々の大昔ぃ、アズールがぽっちゃり系稚魚だったころ」
「たかだか数年前になってしまったわね」
「ベタちゃん先輩は『キラキラマッスルゴリラ魚』と呼ばれていました」
「呼ばれてないわ」
「裏ではそう呼ばれてた。その界隈には有名だったの。それで、大きなナマズと水草が眺めていると上流の方からオスの!オスの一匹の『キラキラマッスルゴリラ魚』がベーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと泳いできて、」
「泳いできて?」
「タ、と水草に止まりました。すると今度はメスが……メスが
「メスが?」
なんていいながら来たの?」
「知らないわよ。マァいいわ、なんでもいいからウツボはべーでもターでもいいからどこかに泳いで行っておしまいなさい。さもないと、この『キラキラマッスルゴリラ魚』が、」
「ベタちゃん先輩が?」

「アンタをベタベタのドロドロのボコボコにしてやる」