かずい
2021-04-25 12:44:44
4540文字
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流れない星

アバヨ モチ公さんがツイートされていたネタに流星の直撃を食らったように衝動を呼び起こされて書き散らしてしまった銀土。

 ある日、万事屋が星に打たれて死んだ。
 なんだ、『星に打たれる』って。笑おうとして、失敗する。笑い話にもならない。星の降り注ぐなんとか流星群の夜、落ちた流星の一つが、川岸に、そこで独りきりで夜空を見上げていた万事屋の脳天に、直撃したのだそうだ。
 拳大の、ほんの小さな石ころだった。そんなものが当たったくらいであの男が死ぬなんて、誰が想像したろう。俺だって、そんなことになるなんて、思いもしなかった。
 知っていたら。もし、知っていたら。俺はきっと、断らなかった。そう、俺は誘われていたのだ。あの日、その数日前、万事屋に。

「この日流星群あるらしいんだけど一緒に行かね?」

 そう言って、俺の目をちらりと見て、目が合うやすぐさま逸らして、気まずそうにちらちらとこちらを横目に窺いながら、万事屋は俺を誘ってくれた。そしてそのときの俺は、眉間に皺を寄せて答えた。

「何言ってんだオメー」

 それだけだった。万事屋と俺は二人で約束して出かけるような関係ではなかったし、そういう何かしらの関係を万事屋が俺に求めているらしい片鱗を見て純粋に万事屋の正気を疑ったし、何より俺は星に興味などなかった。だから断った。

 それが、あの男と交わした最後の会話となった。

 万事屋とは散々、山のように、互いに睨み合って終いには顔を背け合うような、あるいは剣を向け合って弾き合うような、そんな意地の張り合いや他愛ない口論を繰り返してきた。
 俺はそれが嫌ではなかった。楽しかったのだと、今なら分かる。万事屋との応酬は俺の日常にとってかけがえのない時間だった。好きだった。くだらないことでギャーギャーと言い争うあの時間も、万事屋のことも。俺は、愛していたのだ。
 だというのに、よりによって最後の会話はそんな、万事屋が俺に差し出した手を俺が無碍に叩き落としたような、最悪な後味を俺に遺すものだった。

「本当に行くのか、鬼の字」

 平賀源外が自作の小型タイムマシンを差し出しながら俺に問い掛ける。

「ああ」

「戻れる保証はねぇぞ」

「分かってる」

 悔いがある。それを濯がなければならない。

「今度は間違えねぇ。星を見るんだ、アイツと」

 源外の説明に従って、受け取ったタイムマシンのメーターを目的の時間、場所に合わせ、スイッチを入れる。

 瞬間。ひどい目眩に襲われた。そして。

「よう。何ボーッとしてんだお前」

 目の前から、万事屋が歩いてきた。万事屋がいる。生きている。
 慌てて辺りを見渡す。江戸の、かぶき町の、道端だ。あの日、その数日前、万事屋が俺を誘った場所だ。間違いない。
 あのジジイはやはり天才だ。胸中で喝采を上げて俺は再び万事屋を見た。

「万事屋」

「いやお前ホントどうした? 頭でも打ったか?」

「頭打つのはテメェだ」

 笑えない冗談で返して、生きている万事屋が目の前にいるという、ただそれだけで泣きそうになるのを耐えながら、俺は待つ。『今』が万事屋に誘われたあのときなら、万事屋は今から俺を誘うはずだ。

「はあ? 何言ってっか分かんねぇけど、まあ、あれだ。働き過ぎはよくねぇんでねぇの、顔色悪ィぞお前。ゾンビかっての」

……心配してくれるのか」

「はっ?! そんなんじゃねぇよ何言っちゃってんの何言っちゃってんのホントお前今日変だぞ病院行け病院! じゃあな!」

「──え?」

 踵を返して去っていく万事屋を、俺はしばし呆然と見送る。なんで。なんで去っていく。流れる星を一緒に見に行かないかと、俺はまだ誘われていない。
 今日ではないのか。照準が狂ったのかもしれない。そう思って、数日待った。

 その後再び、万事屋は、星に打たれて、死んだ。

「なんでだ」

 それから何度も。何度も何度も何度も、俺は時を遡った。あのときの、少し前。数時間前。数日前。数ヶ月前。遡る時間を調整しては、万事屋が俺を誘ったあのときを求めて、俺は時を飛んだ。そのたび万事屋は、星に打たれて死んだ。
 もう何度繰り返したか分からない。それなのに、繰り返したうちのただの一度も、万事屋は俺を誘わなかった。俺を誘わず、誰も誘わず、人知れず、独りきりで、川岸で、あるいは山頂で、海岸で、草原で、万事屋は流れる星を眺め、星に打たれて死んだ。

「なんで」

 ならば、と流星群が近づく頃に合わせて万事屋を飲みに誘った。万事屋と俺は二人で約束して出かけるような関係ではなかったから万事屋は大いに不審がっていたが、それでもついてきた。
 これで翌朝まで呑んでいれば、星に打たれることはあるまい。そう安堵したのも束の間、呑んでいた居酒屋の屋根を突き破って、流れた星が万事屋を打ち殺した。目の前で万事屋の頭が卵のように壊れるのを見た。衝撃と熱風で店も吹き飛び、俺も死ねたらよかったのに、俺は死ななかった。ほかの誰も死ななかった。万事屋以外は、誰も。

 もう、疲れた。

 時を遡るようになってどのくらい経ったか分からない。遡るたびに俺の肉体も時が戻るのか不思議と老いることはなかったが、一生を超える時間を生きてきた気がする。それでも、万事屋を救うことは終ぞ叶わなかった。もう、終わりにしよう。

 江戸の、かぶき町。見慣れた道端。向かいから万事屋が歩いてくる。

「万事屋」

「あん?」

「今日の夜、流星群が見られるらしいんだが、一緒に見に行かねぇか」

 何年も何十年も何百年も、遥か昔のようなあのとき、万事屋が誘ってくれた言葉を思い出しながら、俺は万事屋を誘った。万事屋は一瞬、目を丸くして、それから、揶揄するように鼻で笑った。

「おいおいどうしたロマンチストか~? 星に願いをってガラじゃねぇだろお前」

「うるせぇ。いいだろたまには」

「よかねぇよ、なんだって男二人でお星様なんて」

 そう言って、また、独りで見に行くのか。また、独りで死ぬのか。俺を置いて、逝ってしまうのか。

「っ、頼むから、見に行こう、一緒に」

「は? っちょ、何泣いて」

「頼む、俺と一緒に、星を見てくれ」

 俺も一緒に逝かせてほしい。こんなのは俺のわがままだ。死にたいなら俺も独りで死ねばいい。分かっている。でも、疲れたんだ。とても、とても長いこと、永いこと、気を張りつめていて、すごく、疲れているんだ。だから、最後に、お前と一緒に星を見たい。あの日、できなかった約束をして、最期を、お前と共にしたい。俺が好きだったお前と、俺が好きだった他愛ない言い争いをしながら、お前が一度だけ俺と見たがってくれた流星を眺めて、星に打たれて、共に逝きたい。

「万事屋」

「わーったわーった! わーったから泣き止めって! 行くよ! 今夜な?!」

 万事屋は諸手を挙げて、約束してくれた。よかった。ホッとして、嬉しくて、俺は垂れてくる涙を手の甲で拭って、鼻水をずびっと啜って頷いた。

 夜になって、待ち合わせた川岸には、既に万事屋が寝そべっていた。

「悪い、遅くなった」

 言いながら、その傍らに腰を下ろす。ビール缶が入ったビニール袋がガシャリと鳴るのを聞いて万事屋の目がこちらを向いた。

「お、気が利くじゃねぇか」

「俺だからな」

「へーへーさすが副長さん」

 身体を起こした万事屋に缶を一本手渡す。

「星は流れたか」

「いんや、まだ一個も」

「そうか」

 まだ少し猶予があるということか。俺も缶を一本手に取り、プルタブを起こす。万事屋が同じく立てたカシュッという音と俺のそれが重なる。
 どちらともなく乾杯して、俺は空を見上げた。

……お前、ホントどうした?」

「あ? 何が」

 不意に尋ねてきた万事屋の問いの意味が分からず視線を下ろせば、万事屋が戸惑うような目で俺を見ている。目が合うと万事屋は頭を掻いて目を逸らした。

「昼間は急に泣くし、今はなんか妙にすっきりした面っつーか満たされた感じっつーか……いや、いいんだけどよ。なんつーか、ほら、あれ、働き過ぎなんじゃねぇの」

 何度目の、いつだったか、死んでしまった万事屋の一人が、似たようなことを言っていたな、と思い出す。俺もまた、似たような返事をする。

「心配してくれるのか」

「はっ?! ああ……あー……まあ、そうだな、そうかもな」

 そう言ってビールをグビッと呷って空を見上げる万事屋の反応は、今まで見てきたどれとも違った。月に照らされる闇の中、万事屋の耳が赤く見えるのは、ビールのせいか、それとも、俺の願望のせいか。

「万事屋」

「ンだよ」

……いや。今日はありがとよ」

「やめてくれよ、サブイボ立っちまわァ」

「ハッ、違ェねぇ」

 それからはお互い黙って、夜空を眺めた。
 次第に一つ、二つ、三つ、次々と星が流れ始める。もうすぐか。直に、あの一つが、ここへ、万事屋目掛けて、落ちてくる。
 いつかの居酒屋の悪夢を思い出して、俺はそっと万事屋との距離を詰める。目の前で万事屋が壊れるのを見るのも、俺だけ助かるなんてのも、二度と御免だ。
 近寄る俺に万事屋は目を丸くして肩を揺らしたが、俺は気づかないふりでその肩に頭を乗せた。最後くらい、最期くらい、いいだろう。

 それからどのくらい経ったか。いつまで経っても星は落ちてこなかった。空が白み始めているのに気づいて、俺は瞬いた。万事屋の肩から頭を持ち上げる。
 星は落ちていない。万事屋は生きている。なのに、夜が明けようとしている。

……? なんで……??」

 俺の疑問に答えなど返るわけもなく、みるみるうちに太陽が空から夜を追い払っていく。

「ん、あ? ああ、もう朝かぁ……

 肩が軽くなったことで朝に気づいたか、うとうとしていた万事屋が寝ぼけた声で呟いて伸びをする。生きている。万事屋が生きている。

「っ……万事屋……

 涙は出そうなのに、言葉が出てこない。万事屋はそんな俺をどこか不思議そうに見やって、そして、へらりと笑った。

「お前と星見れて、すげーよかった」

「っ、ああ。ああ……俺も。俺もだ。よかった」

 ようやく出てきた言葉を吐き出して、同時に涙が溢れた。

「ええ? また泣く?」

 困惑する万事屋に手を伸ばす。その手が、透けている。それを見て、俺は知る。俺は消えるのか。
 ああ、そうか。俺は、万事屋が星に打たれて死ぬ未来から来た。その未来がなくなったから、俺もまた、消えるのだ。

「?! お、オイ? 土方? おま、何、なんで透けて」

 未来は変わった。その確信を得て、俺は心からの安堵とともに、透けていく俺に血相を変えている万事屋に告げる。

「落ち着け。このあと俺は多分、屯所にいる。俺は昨夜から今朝のことを何一つ憶えちゃいねぇだろうが……俺がお前を愛してることに変わりはねぇ」

「へっ? あ、あああ愛?!」

「必ずモノにしろよ」

 動揺する万事屋に笑ってやって、俺は空を見上げた。流れる星のない、太陽に照らされた美しい青空が広がっている。

END