かずい
2021-01-21 19:32:28
2735文字
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よすが


「万事屋」

 夕方から夜になろうかという頃合い、今夜の河岸を求めて独りふらふらとかぶき町を彷徨っていると、不意に声をかけられた。知った声だ。
 目を向ければ、案の定、相変わらず瞳孔の開いた目つきの悪い野郎が、電柱の下で煙草を吹かして突っ立っていた。珍しくも着流し姿だが、その足元にはそれなりの時間をここで過ごしていたことが窺える程度の量の吸い殻が散らばっている。
 張り込みでもしているのか、ご苦労さんなこって。思いながらも、俺は遠慮なく顔を顰めて地面を指差す。

「オイお前それちゃんと拾えよ」

「あん?ああ……

 胡乱げに足元に目を落とし、存外素直に吸い殻を拾い集め始めた姿に拍子抜けする。

「で?なんだよ」

 張り込み中であるようなのにわざわざ通りがかりの俺に声をかけてきたのだから何か用があるのだろう。集めた吸い殻を懐から取り出した携帯用灰皿に押し込む指先を眺め、持っているなら最初からそこへ入れればいいのに、と思いながら仕方なく聞いてやると、瞳孔の開いた目が再びこちらを向いた。

「そういやお前と約束をしていたな、と思い出してな」

「約束?」

 心当たりがない言葉に眉を寄せると、俺を見る目が緩やかに細くなる。笑ったように見えるが、特に口端は上がっていない。

「してたろ、呑む約束」

「あ?いや……うん?」

 記憶を探る。が、やはり、とんと、憶えがない。

「したか?いつ?」

 尋ねる俺に、今度ははっきりとその目が笑んだ。その下では口が愉しげに弧を描いている。

「五年前の、今日」

「ご」

 突然、なんの話だ。目を剥く俺が笑んだ目に映る。

「俺が──真選組が、江戸を離れる前に、約束したろう。忘れたか」

 告げる声は、歌うように上機嫌だ。この野郎がこんな様子でいるのを見るのは初めてだ。なんだか奇妙なモノを見ている気分になる。

「ええ?いや、あー、うん、なんか、思い出した、けどよ。あの、頼めばなんでも出してくれる定食屋で、犬のエサ食わされて」

「俺は猫のエサを食わされたな」

 相槌を打ってくる声はやはり愉しげだ。

「あのときお前にやった酒、どうなった」

「どうもこうも、あのあとあの店に行けるような状況じゃなくなって、それきりだよ。江戸が戦場になったときにあの店も一回全壊したんだ、酒だってパァだよ」

「それがなんと」

 まるでテレビの通販番組のような白々しい台詞が弧を描く口元から零れる。

「あの店にある」

 ビシッと音が出そうな勢いで指された先には、赤提灯。

「へ?」

「おばちゃんが避難するときに持ち出してくれてたらしい」

「いや……そうだとしても、開封して五年経ったら傷んでるだろさすがに」

「あ?ああ……まあ、そういう見方もあるにはある。が、些細なことだろう」

……お前、」

 ここに来て、俺は一つの可能性に思い至る。まだ夜と呼ぶには早過ぎる時間だし、仕事人間なこの野郎に限って、という思い込みも手伝って端から排除していた可能性だ。
 しかし、まあ、なんだ。改めて見てみれば、どう見ても、そうだ。

「酔ってるな?もしかしなくても」

 俺の指摘を肯定するかのように、ヒック、と酒の臭いがしそうなしゃっくりが返ってくる。

「ったく、お天道さんも沈み切らねぇうちからイイご身分だなオイ」

「ふん。いいだろ、別に。たまの休みの日くれぇ好きに呑んだって」

「あん?まあ、そりゃそうだけどよ。俺ァてっきり張り込みでもしてんのかと思ったよ。休みだってんならお前、何してたんだこんなとこで。吸い殻足元に散らばしてよ」

「何って。待ってたんだよ」

「?何を」

「お前を」

 真っ直ぐに見てくる目に、その答えに、思わず黙る。が、沈黙は辛そうだ。慌てて言葉を返す。

「俺を?待ってたって?なんでだよ」

「だから、約束してたろ」

「えええ……五年前に?」

「ああ」

 大真面目に頷く酔っ払いは、酔っ払いらしからぬしっかりした首肯を返してくる。

「五年前の、今日、約束した。から、待っててやったんだ」

「上からだなコノヤロー。つーか、なんで突然?去年も、その前も、なんも言わなかったろ」

「言わなかったな」

「だろ?なんで今日は」

「言わなかったのは、言えなかったからだ。去年も、その前も……お前が万事屋を辞めて江戸を出て、江戸に戻ってきてまた万事屋を始めたときも、言えなかった。言いたかったが、言えなかった。お前はそれどころじゃねぇように見えたし、俺もそれどころじゃなかった」

……

「でも、もういいだろう。もう、言ってもいいだろう。そう思えた。だから、来た。呑もう。あの店で。あの日交わした約束の酒を」

 酔っ払いは──いや、本当にこの野郎は酔っ払っているのだろうか、怪しいものだが、ともかく、熱い手が、俺の手首を捕らえた。

「そんで、お前も、言えよ」

「あ?何を」

「何を、じゃねぇよ。帰ってくるって約束して、帰ってきたんだ、俺は。お前はちっとも待ってちゃくれなかったし、なんなら俺より江戸を離れてやがったが、それでも、あのとき、俺は帰ってくるって約束して、お前は待ってるって言ったんだ」

……ん?待ってるなんて言ったっけ?」

……そこはまあ、いいだろ。言ったことにしろ。ともかく帰ってきた俺に、テメェが言う言葉なんざ一つだろ」

 そう傲慢に言い放って、熱い手が催促するように俺の手首を引く。熱い目が俺を見つめる。三年前、江戸を、万事屋を捨てた俺を、唯一、追いかけてきた、熱烈な瞳が、俺に強請っている。仕方ねぇな、と俺は笑って、分かったよ、と肩を竦める。

「おかえり、土方」

「おう。お前も……おかえり、万事屋」

 満足そうに頷いて、酔っ払いのふりをした素面の野郎は、土方は、俺の手を引いて赤提灯に足を向ける。

「つーかよ、あんとき約束したのって、みんなで呑むってんじゃなかったっけ」

 言った俺に、

「さあ、忘れたな」

と、土方は愉しげに微笑んで、俺を店の中に押し込む。
 まあ、いいか。二人で呑むのも悪くない。俺も俺で、微笑みながら土方を店に引き込んで、さあ、朝まで呑み明かそうか。

END
終盤の辛い現実の連続の中で、銀さんと酒を酌み交わすという約束が土方さんにとってのよすがになっていたらいいのになぁ銀さんにとってはそうでもなくちょっと本気で忘れちゃうくらいの約束だったらなお美味しいなぁという銀←土脳が生み出したラスト妄想でした。
最後の最後まで妄想にお付き合いくださってありがとうございました。