菓子行脚の後の話
《その後:スパイの場合》
イーディス騎士学校の食堂を覗き込む。夕食の時間を過ぎ、生徒も教職員もまばらになっていた。さっと見回してみたが、目当ての薄紫色はどうやら居ないらしい。
「おい、そこの不審者」
と、横から探し人の声がする。
「誰のことだよ誰の」
「自覚がないとは本物だな」
そちらに目をやれば呆れ顔の探し人
――リゼットがいる。
「とりあえず入口を塞ぐな、どけ。生徒達の休息時間の邪魔をするな」
「へいへい」
大人しく言う通りにして歩き出した。用があるのは察したのだろう、リゼットも何も言わずにその横を歩く。
「お前、夕飯もう食った?」
「ああ」
この時間だ、だろうとは思ったが。
……まあ別に、飯を誘いに来たわけでもないし。ないんだが、何となく改まって渡すのも変な感じだ、とポケットに忍ばせた物をそっと撫ぜた。
酒に誘う? いや、そういう類の物でもないというか何というか。そもそも俺が選んだ物でもないんだよなあ。いっそリゼットが部屋に居れば、訪ねるなり忍び込むなりで話は早かったのに。
「で?」
「ああ、うん」
まごまご考えている内にリゼットが短く問いかけてくる。
足は自然といつもの経路を辿っている。リゼットはため息を吐いて足を止めた。
「ここでは話せんことか?」
そういうわけではない。と思う。騎士学校は周囲を森と水辺に囲まれており、学内にも潤沢に木々が生えていた。適度に離れれば話し声は吸収される。
周囲を確認すれば、人気は殆どなく、柱と木に程よく視界も隠れている。
ええい。別に引っ張るもんでもない。
「いや、ちょっと渡そうと思ったもんがあってよ」
ポケットから小瓶を取り出してリゼットに放る。片手で受け止めたリゼットは、手の中を見て小さく首を傾げた。
「何だこれは」
「琥珀糖ってやつ」
砂糖を固めて作った、色とりどりのシェオーの菓子だ。
リゼットは琥珀糖の小瓶を手の中で転がしてから俺に視線を向ける。
「どういう風の吹き回しだ? 甘いものが特別好きなわけじゃないだろう、お前」
「まあ土産だよ、土産。聞いて驚け、黒狼将様直々の御品だぜ」
「はあ?」
流石にリゼットの顔が困惑に染まる。
「いや何か知らねえけど押し付けられてさ。食わないなら土産にしたらいいとか言うもんでよ」
「意味が分からん」
「俺も分かんねえ」
どうも出会った人間に手当たり次第配ってたようなのだが、経緯も言ってる意味もまあ分からん。
……のだけども、土産と言われて真っ先に浮かんだのがリゼットだった。リディちゃんやエドという選択肢も浮びはした。が、次の任務の準備でシルヴェーアに戻って来ることになってるし、と誰に弁明するでもない、言い訳めいた理由をつけて結局ここに来た。
「
……まあ、確かにお前のセンスじゃないだろうな」
「それいい意味? 悪い意味?」
「さあな」
確かに普段持ってくるなら酒かツマミかたまに花だけど! リゼットだって別に甘いものが特別好きなわけでもないし!
「お前、夕食は?」
「食ったよ」
移動中にぱぱっとサンドイッチを。
リゼットは小瓶の封を開ける。
「なら、デザートに付き合え」
小瓶を傾けられ、反射的に手を出すと紫色と赤色の琥珀糖が手の平に零れ落ちる。
リゼットは赤色の琥珀糖を摘まみ上げ、口に含んだ。ころりと口の中で転がす。
「それ、噛むやつ」
「そうか」
飴に見えるわな、確かに。
俺も紫色の琥珀糖を口に放り込んで噛んだ。甘い。同じように噛んだリゼットの目が丸くなる。予想以上だったのだろう、何せ砂糖の塊だ。それが硬くもなく柔いとも言い切れない、独特な感触で固まっているのだ。
「これだけ甘いのは随分久しぶりだ」
「確かになー。ジャムなんかとは食感も違うし」
それでも咀嚼すれば、あっという間に琥珀糖はなくなった。
「
……じゃ、行くわ」
何となく手持ち無沙汰で、ポケットに手を突っ込んで呟く。リゼットは一瞬眉をひそめたが、ああ、と頷いた。そして俺が行くよりも先に元の道を歩き出す。その背中を見送っていると、リゼットは半身で振り返った。
月明かりの下、リゼットの指先で小瓶と琥珀糖が煌めいて揺れる。
「貰っておく。ありがとう」
「おう。伝えとくわ」
「お前に言ったんだ、馬鹿」
一瞬、言葉に詰まった。時折こういう素直な物言いをするのだから、この幼馴染みは困る。
……いや、昔からそうか。礼だとか謝罪だとかは自然と口にする奴だった。
リゼットは俺の返事を待つことなく、踵を返して戻っていく。あの様子だとまだ仕事も残っていそうだ。
むず痒いような、そわそわするような、どこか落ち着かない心地で頭を掻く。
ほんの少し、口の中に残った甘さを転がして、吞み込んだ。
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