冬灯夜
2023-06-28 21:43:12
2755文字
Public ルミナリア
 

六月十四日の贈り物

ルミナリア リゼットの誕生日
ガスパル不在のガスリゼ

「リゼット教官、お誕生日おめでとうございます!!」
 ぱぁん、と軽い破裂音と共に紙吹雪が舞い、重なった四つの声にリゼットは目を丸くした。
「ありがとう。……よく知っていたな?」
 訓練場に並んだブレイズ十八期生の四人を見回す。入学して二ヵ月余り、学校に慣れるのに必死で教師の誕生日など知る由もない時期、というのが通例なのだが。
「昨日、イェルシィ先輩が教えてくれたんすよ」
 クラッカーを手にしたレオが答える。
 曰く、二年生と三年生はそれぞれ任務で明日――つまりは当日いないが、後輩達もお祝いをしたいのではないか、と。
 確かに昨日、イェルシィとヴァネッサがリゼットの下に来ていたし、リュシアンとマクシムも今朝、出立前に祝いの言葉をくれていた。
「あの、それで教官はプレゼントを受け取っていないとお聞きして……
 用意してないんです、とやや気まずげにミシェルが言う。
 教官や教師の誕生日など、学生生活にはさして重要な話ではない。とはいえ、一度祝われれば我も我もと増えていくのが常である。純粋な好意もあるだろうが、皆がやるならばと強迫的に捉える向きもあるだろうし、何より一人に対して生徒の数が膨大だ。だからリゼットは言葉だけは受け取って物は受け取っていない。
 後輩達に誕生日を教えるのみならず、そこまで伝えるとはマメな奴らだ、と息を零す。
「そんな顔をするな。気持ちだけで……いや。お前達がどうしてもというなら、一つある」
「と、言いますと?」
 首を傾げたり身を乗り出したりする一年生に、不敵に見えるよう笑いかける。
「お前達の成長だ」
 告げた瞬間、ぴしりと姿勢が正される。表情は真剣だったり冷や汗をかいていたりと四者四様だったが。
「そろそろ授業にも任務にも慣れた頃だな? 存分に実力を見せてみろ。私を祝いたい気持ちを四人でぶつけて来い」
 銃を抜くと、一年生四人組はじりじりと引きながらも各々の得物を構えた。
「お祝いが模擬戦とかハンパねえ……
「が、頑張ります!」
「流石鬼教官……
「あっこら、ユーゴっ」
「何か言ったか」
「いいえ何も!!」
 まだまだヒヨッコだが、闘志はある。さて如何ほどに成長したものか。
「さあ、始めるぞ!」
 リゼットは銃を構えて、かわいい生徒達に笑いかけた。



 ギリギリ及第点といった所か。
 自室への道すがら、一年生達の動きを思い返しながらリゼットは歩く。同郷のレオ、ユーゴ、セリアのコンビネーションは流石にこなれていた。そこに補助を中心とするミシェルが加われば安定感も増す。が、予想外の所へ割り込まれたり、分断された後の動きはまだまだだ。次はもっとバラした組み合わせで。特にレオとミシェル。後は自分と実力差がある者との組み合わせ。成長と必死さは感じられたのでよしとしたが、教えることはまだまだ山のようにある。
 次の授業はどうしてやろうかと考えながら自室の扉を開け――正面のテーブルに置かれた花束に目が吸い寄せられた。
 テーブルに落ちた月明かりに浮かぶように、紫の大ぶりの花が一輪。淡い緑の紙に包まれ、赤色のリボンが柔らかく垂れている。
 思わず目を細めた。細めたことに、少しだけ自己嫌悪を覚える。
 鍵を閉めてテーブルに向かう。勝手に人の部屋に入り込むのも、こんなものを置いていくのも、一人しかない。
「相変わらずマメだな、お前は」
 既に部屋を出ただろう幼馴染みに呟く。こうやって物だけが置いてある時は、既に居ないのが常だ。
 マメでなくば密偵も女たらしの真似事も務まらないのだろうが、幼い頃との違いに言いようのない靄が胸に溜まる。溜まって、蟠って、胸を詰まらせるのだ。
 ゆっくりと息を吐く。
 今日だけは、この靄はいらない。
 翡翠色の一輪挿しを棚から取り出し、水を入れて窓辺に置く。花束のリボンを解き、保水の紙は包み紙ごと処分して、そっと一輪挿しへ花を生けた。
 月明かりに佇む紫の花。殺風景な自室が、途端に色を宿す。
 とても綺麗、ありがとう。
 ――アニエスならきっとそう言っただろうな、なんてつい連想してしまう。花が大好きな子だったから。
 メッセージカードもない。後日、本人から言われることもない。花を置いていくのだって、アニエスを喪った日の他、時折あるから珍しくはない。
 けれど、毎年必ずこの日付には会うか置いていくかをするのだから、メッセージは明確で。
……
 別に花が好きなわけじゃない。妹が好きなものを、リゼットも好きになるとは限らない。けれど毎年、ガスパルは必ず花を用意する。
 もうしなくてもいい、と言えたらよかった。
 理由なんて幾らでもある。ただでさえ忙しいのだからと気遣うふりをしたって、水替えが面倒だからと嫌がるふりをしたって、何だっていいのに。
 結局、後日会えばありがとうと言ってしまうのだから、どうしようもない。
 頭を振ってため息を吐く。
 上着とブーツを脱ぐ――その前に。内部に忍ばせていた紙片を取り出す。模擬戦の後でも残っていた、実に粘りのあるクラッカーの紙片だ。
 テーブルに放置してあったリボンも手に取って、鍵付きの小さな引き出しを開けた。
 実の所、全くプレゼントを受け取らない、というわけではない。
 職員同士なら軽食を奢ったりということもあるし、卒業生からなら受け取ることもある。もっとも大半が軍関係の仕事に就いて忙しく過ごす中、母校の教官の誕生日を覚えていてわざわざ贈ろう、なんて発想も暇もそうあるわけもない。在校生であれば、それこそ祝いの言葉や学食での食事程度なら共にすることもある。
 そんな中で、残る物も少なからずある。
 包み紙であったり、メッセージカードであったり――クラッカーの欠片やリボンであったり。
 ガスパルが今日の日付で寄越すリボンは、いつも鈍い朱色だった。
 紙片を入れ、何本目かのリボンを丁寧に畳んでその横に置いた。
 閉めた鍵は更に一回り小さな引き出しに放り込む。隠しておく程でもないけれど、人目に晒されるのは何となく勿体のないもの達だ。
 花も酒も食べ物も、全て消える。それでいいと思う。それだけが受け取っていいものだとどうにか思える。
……だというのに、な」
 もしも誰かが。或いは幼馴染みのあの男が、いじましくこんな欠片を大事に取っておいてるなんて知ったら、どう思うだろうか。
 いっそ自分で笑い飛ばせばいいけれど、出来なかった。
 引き出しをそっと撫でる。
 だって、仕方ない。
 どうしようもなく――どうしようもなく。愛おしいと、想うから。
 そうして口の端に浮かんだ笑みは、自嘲でも苦笑でもなく。ただただ静かな、想いの欠片だった。