冬灯夜
2023-04-25 09:22:51
2050文字
Public ルミナリア
 

心配の裡

ルミナリア ヴァネッサ+教官 ちょっぴりシメオン氏(捏造)
・ヴァネッさんに向けられている優しい感情の話
・後日全員で「静寂と小声を楽しむお茶会」が開催されたとか何とか

 早めに授業の終わった後、私はリゼット教官に追加の指導をお願いしていた。動きはどうだったか、判断はどうだったか……確認して、一息つく。リゼット教官はよくよく生徒のことを見てくれているので、指摘の一つ一つが為になる。
「最近の生活はどうだ、モラクス」
 会話は雑談に移行し、リゼット教官の質問に最近の出来事を思い起こしてみる。
「特に変わりはなく。お茶会には後輩達も参加してくれるようになり、賑やかになりました」
 元々はリュシアンとマクシムが始め、そこに私とイェルシィを招待してもらい、今度はセリアにミシェル、レオ、ユーゴと一気に倍の人数になった。任務や授業の関係で必ずしも全員が揃うわけではないのだが。
 皆、気のいい人物なので楽しく、元気を貰える。けれど時折、静かなお茶会も懐かしく思う。
「そういえば、なんとはなしに人数が多くなったと言った所、では二人でのお茶会をしますかとリュシアンに誘われました」
「ほう」
 リゼット教官が口の端を上げた。
「以前はお茶会で符丁や合図を決めることもありましたから、更新や確認も必要ですしね。流石よく気のつく人です」
 後輩達と共有すべき符丁もあれば、必要ないものもある。大人数で声が大きくなって周囲にバレてもいけない。見事な気遣いだ、と頷いたものだ。
 が、リゼット教官は何とも言い難い微妙な表情をしている。
「あの人が心配するのも分かるな」
 そうして小さく呟かれたリゼット教官の言葉に、眉根が下がるのが分かった。あの人、とは我が師匠シメオン・モラクスのことだろう。深く聞いたことはないが、リゼット教官とは旧知らしかった。
 今の話で心配になることとは何だろう。それが見抜けぬ私はまだまだ未熟だ。だから師匠に心配をかけ通しなのだろうと思うと情けない。
「今お前が考えているような意味ではないぞ」
「え」
 何も言っていないのに。ふ、とリゼット教官は笑う。
「お前は案外、分かりやすいからな」
「そ、そうでしょうか……
「入学当初より分かりやすくなった、と言うべきか。……自分でも思い当たることはあるだろう?」
 入学時より、となれば、変化の原因は騎士学校の生活にある。そう言われればすぐに分かった。
 真っ先に明るい友の笑顔が浮かぶ。穏やかで悪党な先輩に、誇り高く感情豊かな先輩、賑やかで仲のいい後輩達。
……はい。そうですね」
 彼ら彼女らのおかげで、随分と想いを伝える術を覚えられた。まず何より、自分がこう思っているのだ、ということを言語化できるようにもなった。
「しかし、心配をかけるのはやはり心苦しいです。私は……こうした己の変化を、悪いものとは思いませんし、そう思わせてくれたイェルシィ達には感謝してもしきれません。ですがなかなか会えませんし、師匠には上手く伝えられてないということなんでしょうね」
「ああ……いや、そういう意味でもないんだが……
 口籠るリゼット教官に首を傾げた。教官は再び笑ったが、どうも苦笑の気配を漂わせている。
……心配というのは、彼からお前への愛情の一つだ。それだけ覚えておけばいい」
 愛情。
 そう言われると、胸の奥がじわじわとあたたかくなる。言葉少なで常に自らを律していた師匠。
 心配をかけているのに、嬉しいと思う。それを己の未熟と恥じるのではなく、ただそのまま受け取ってもいいのだろうか。
……はい」
 迷いながらも頷く。愛情であるならば、私もまたそれを師匠に返したい。
 いつもより柔らかな表情でこちらを見下ろすリゼット教官の目に、師匠の目が重なった。表情は似ていないけれど、その目だけが。そう……そうだ、私が食事をしている時によくこんな目をしていたような。
「あの、リゼット教官。お食事はお済みですか?」
「いいや、まだだが」
「では、この後ご一緒に如何でしょうか。……あ、いえ、勿論教官がよろしければですが!」
 先約があるかもしれないし、休憩中くらい私や生徒から離れてゆっくりしたいかもしれない。慌てて付け足すと、リゼット教官は吹き出した。
「用事もないのに断るわけないだろう」
 くつくつと楽しそうに笑みを零すリゼット教官にほっと胸を撫で下ろす。
「食堂でいいな?」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとう、か。なるほど、高いものを奢らせようというわけだな?」
「!? ち、違います! 決してそんなつもりでは!!」
「冗談だ」
 ……冗談を受け取るのは、まだ難しい。けれど、そこにある想いを受け取ることは、ほんの少しだけ出来るようになった。
 それはまるで、何枚も重なった薄布越しのようだった世界から一枚、また一枚と薄布が取り払われていくかのようで。世界とは、人とは、こんなにも奥深くて広い。
 その視界を眩しく思いつつ、私はリゼット教官と並んで食堂へと足を進めた。



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