何かと忙しない春の季節、ガスパルはその合間を縫うようにイーディス騎士学校を訪れていた。リゼットからある資料を頼まれているからだが、生憎当人が職務中ときた。仕方ないので情報収集も兼ねてぶらりと校内を歩いていたのだが。
「ねえ、知ってた?」
女子生徒の楽しげな声が耳に入る。
「リゼット教官、結婚してたんだって!」
「はぁ!?」
声を上げたのはガスパルではない。女子生徒に話し掛けられた男子生徒だ。
だが反射的にガスパルの足は止まっていた。何なら内心で男子生徒と同じ叫びを上げていた。
「ど、どういうことだよ! リゼット教官、そんな風には全然
……!」
そうだそうだ。そんな相手がいる気配をリゼットが見せたことなど微塵もない。
「さあ? 私も聞いただけだし」
「誰から
……っていうか相手は
……!?」
「何かね、さっきの授業で
……あっ、もう補習始まる!」
おい待てそこで切るな。
「やべっ。なあ、終わったら教えろよ!?」
「分かってるって!」
ちょっと待て、というガスパルの内心など知る由もなく、二人の生徒は校舎へと駆けて行く。
「いや、ないって。ないない」
その背を見送ってガスパルは首を振る。
リゼットが結婚とか。そんな事実があったらガスパルが知らないわけはない。ない筈だ。
でも、もしも、もしかして、ガスパルにさえ隠す程に本気なら。いや、暗部であるガスパルにこそ隠していたのなら。
「
………………ない、よな
……?」
呟いた声は自分でも驚く程、不安と焦りに塗れていた。
『あのリゼット教官の相手だろ? 屈強な大男に決まってるって!』
『ううん、逆に守ってあげたいような優しい人かもしれないじゃない』
『そもそも相手が男性とは限らないよね?』
『っていうかまず本当の話?』
校内で情報収集した結果集まったのは、結婚相手はどんな人物かという予想と、どうやら一般クラスの授業が出所のようだということ。
あくまでも『予想』なので、相手云々は噂の尾ヒレというやつだろう。一方で出所は辿れたので間違いない。
これはその授業に出てた生徒を捕まえるしかないか、と算段をつけ始めた時。
「あ」
「ん?」
明らかにこちらに向けられた声に振り向くと、驚いた様子の女子生徒がいた。胡散臭いと評されるいつもの笑みを浮かべる。
「やあ。俺に何か用?」
「あー、いえ。ちょっと個人的にタイムリーだったので
……すみません」
何がタイムリーかは知らないが丁度いい。
「キミさ、今日の一般クラスでリゼットが授業したの知ってる?」
「あ、はい、うちのクラスです。リゼット教官が結婚してるってお話ですか?」
「話が早いねえ」
おっとりした口調とは裏腹に、勘は悪くなさそうな子だ。
「嘘って仰ってましたよ、教官。私達をやる気にさせる餌みたいな感じでしたし」
「ああ。だよな
……」
表には出さないように、こっそりと胸を撫で下ろす。まあ勿論ないと思ってた。勿論。
けれど女子生徒は、何故か期待するように目を煌めかせた。
「その話、気になりました?」
「そりゃあ嘘だの本当だの飛び交ってりゃ、噂じゃなくて実際の所を確かめたいもんだろ?」
「
……。というかリゼット教官のことなら、えー
……あなたの方がご存じだったりしません?」
……あれ、もしかして名前覚えられてない? その方が何かと都合がいいからいいか。
「ま、確かにキミらよりは付き合い長いけどな。学内の噂話までは分かんないさ」
腐れ縁なんて言葉じゃ足りないくらいに拗れてるけど。
ともあれガスパルが無難な受け答えに終始していると、つまらないと言いたげに女子生徒は口を尖らせた。
「最初に聞いた時、本当かは分からなかったんですけど、ご結婚されててもおかしくないと思ったんですよね、私」
「おいおい、あの鬼教官だぜ? どんな相手だよ」
「いま目の前にいる人とか?」
思ってもみない答えにガスパルは目を瞬かせた。
「
……そりゃまた何で?」
うっかり茶化すのを忘れて、それでも軽く聞こえるように問う。
「だって、今もですけど、教官のお話されてる時はうさ
……外向きの笑顔とちょっと違いますよ」
……いや。いやいやいや。
意図しないものが
溢れてるとしたら、それは諜報として問題だ。
にっこり笑っている女子生徒の評価を少々改める。軍人になっても上手いことやっていける類の子だ、これは。
「いまキミさ、胡散臭いって言わなかった?」
「いえいえまさか」
「酷えなぁ、俺はこんなに正直者なのに」
「あはは」
「ところで放課活動とかはいいの?」
「あ、そうでした。それでは」
今度はしっかりと混ぜっ返してから、手を振って女子生徒と別れる。振ったその手で口元を覆った。
「
……気ぃ付けねえとなぁ」
呟いて、ガスパルは歩き出す。そろそろリゼットの時間も空くだろう。
リゼットが重大な隠し事をしていたわけじゃない安堵と、ひやひやさせられたこの蟠り。どちらもこちらが勝手に空回っただけだと分かってはいるが、さて、どう解消してやろうか。
どうせ直截に伝えることは出来ないくせに、とそれもまた理解しながら、ガスパルはただただ大きなため息に変えた。
こちらのお話から。許可ありがとうございました!!
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