冬灯夜
2023-01-12 14:02:09
4022文字
Public ルミナリア
 

とある暗部の観察記

ルミナリア セリア不在オブセリ+ガスパル
・セリアep2以降
・オブザーバーさんを観察するガスパルの話、多分ほのぼの
・暗部とオブザーバーさんに多大な捏造があります

 暗部にも本部はある。それぞれに機密性の高い情報を扱っている為、碌に物は置かれていないが、共用の場所程度には整っている。直接報告をした後などは休憩していく者もそれなりにいる。のだが。
「何か用か、ガスパル・エルベ」
 室内だというのに目深に被ったフードを脱ぎもせず、資料をめくる男に肩を竦めた。顔を隠すのは彼に限った話ではないが、“彼”と認識できる時はこのフードの時だけという稀有な男でもあった。
 オブザーバー、と彼は呼ばれている。
 もっとも所詮は通称であって、実際に呼ばれている所を見たことはないが。
「いや、別に?」
 軽く返して、手元の資料を覗き込む。
 セリア・アルヴィエ。
 その文字さえ確認できれば、こうして一瞬で距離を置かれようとも問題はない。
「お前には関係のない任務だ」
「えー本当にー? ってか俺の最近の任務知ってんの?」
「知る必要があるとは認識していない」
「相変わらずお堅いこって」
……“相変わらず”と評されるほどの交流はない、と認識しているが」
「かー、マジかったい」
 これ以上は“俺”という暗部の表層キャラクターから逸脱しかねないので、わざとらしく見えるようため息を吐く。彼は俺が食い下がらないのを確認して、再び資料に目を落とした。
 セリアくんが上層部の目に留まり始めているらしい、察したのはついこの間のことだ。何をやろうとしているのか、彼女にどんな能力があるのか、まだはっきりとは分からない。
 ただ、セリアくんはル・サント村出身者であり――何よりリゼットの教え子だ。独自にセリアくんの情報を探る他に、彼女の監視・観察任務に就いているらしい彼の動向を見ておくか、とわざわざ本部まで顔を出したのだ。
 彼は最早こちらを見もせず、音もなく資料をめくる。
 その表情に欠ける口元から視線を切って、今日の所は次の任務を消化すべく踵を返した。

* * *

 何か様子がおかしいな?
 と思ったのは、イチゴを両手に抱えているのを見た時だ。
「それ、食うの?」
「いいや」
 そうだろうとは思ったけど。人前でもの食ってんの見たことないし。
「食わないならどうすんだ?」
……
 言わない、つまりは任務に関係する。で、最近の彼の任務といえばセリアくん。
「そういやセリアくん、果物とかスイーツ好きだったな」
「そのようだな。特にベリー系の酸味のあるものをよく選んでいる」
「あー、セリアくんにお土産とか? はは、まあ観察対象と顔見知りになるほど接触するわけ」
 ないよなあ、と言いかけた所で彼が口を引き結んでいるのが見えた。
 え、いや、いつもの感情の見えないあれじゃなくて、何やら不服そうにぎゅっとしてるっていう。え?
「ガスパル・エルベ。お前に任務内容を伝えた記憶はないが」
 おう。ちょっと声が凍ってる。
「これくらいの情報収集、お前さんだってお手の物だろ?」
……任務の障害となるのでなければ、構わない。が、それをよしとするかどうかは上の判断だ」
「そりゃあ存じてますよっと」
 彼はくるりと向きを変えて近くのテーブルにイチゴを置く。更に上着の下から袋を出してイチゴを積み上げた。どんだけ買ったんだ。
「そんだけの量、よく手に入ったな」
「リュンヌなら安定して供給されている」
 リュンヌまで行ったのかよ。
 彼は一つ一つイチゴを手に取り、見分し始めた。小さめのものや色味のよくないものは弾いている。
 ……マジでお土産? え、こいつにとってセリアくんって任務上の観察対象だよな? 普通は頻繁に接触しないよな? 毒とか仕込まないよなあ?
 いや待て、毒じゃなくても上の指示で何か、はあるか。
 弾かれたイチゴに手を伸ばす。イチゴを取る前に手首を掴まれた。
「何をしている?」
「いやあ、小腹が空いて」
「お前の為に購入したのではない」
「弾いてるのは不合格とかなんだろ? で、お前も食わないなら勿体ねえじゃん」
 フードの下で彼が眉をひそめたのが分かった。
 で、結構手首がギチギチいってんだけど。そろそろ離せって、おい。
「ま、観察対象の好みを知りたいってんなら、見るだけじゃなく実際食ってみたらいいと思うけどな。お前が食うってんなら大人しく諦めるし」
……そうだな。一理あるか」
 彼は何事もなかったかのように手首を離し、そのまま不合格だったらしいイチゴに手を伸ばす。俺が軽く手首を振ってる間に、イチゴが一つ彼の口に吸い込まれた。
 ひとまず現段階ではイチゴに何か仕込まれてる様子はない。
……っておい、ヘタ! ヘタ外せって!」
 もぐもぐと動く口からスムーズにヘタが取り出され、空いた紙袋の中に消える。
 おかしいだろ、潜入任務もしてる筈なのに、何でそう一般人らしからぬ奇行をやらかすんだ。
 っつーかもの食ってるの初めて見たな。交流など皆無と言っていい付き合いだが。
「酸味だな」
「酸味だろうよ……
「これが……
 彼は何かを言いかけたが、二粒目のイチゴを放り込んだので続きは聞けなかった。ちゃんとヘタも取ってる。
 無言のまま消えていくイチゴが四粒目になった所で彼はこちらを完全に無視し始めたので、一度その場を離れることにした。
 さてはて。
 何があったかはさっぱり分からないが、何らかの接触をして、何故かお土産を用意しているオブザーバー氏。
 偶然を装ってセリアくんに接触してみるか、リゼット経由で様子を伺うか。とはいえ、リゼットに説明するのも難しい、気がする。
「どっちにしても面倒そうだな……
 吐いたため息がやけに重く感じて、何だかイヤな予感がした。

* * *

 何やってんだこいつ。
 と思ったのは、本部の共用部に宮廷恋愛小説が積まれているのを見た瞬間だった。
「何か用か」
 あっちから声を掛けてくるようになったのは随分と進歩だなあ。なんて逃避的な思考が過る。何の進歩だよ。人間らしさ? いやこいつの情緒とか俺には関係なくない?
「最近流行ってるもんな、コトロマ……
「男女を問わず、若者の間で流行しているそうだな」
 つまりセリアくんもハマってるわけだな?
 声を掛けておきながらそれ以上の言及はなく、彼は黙々と本を読んでいる。
「流行を取り入れるのも潜入には必要、だよな」
 仕方なく、一応、探りは入れてみる。
「ああ。恋バナが必要のようだ」
「そうそう、こ……は?」
 なんて?
「恋バナ」
「こい、ばな…………?」
「恋愛に関する話だ」
「知ってる、それは知ってる」
 頭を抱えたくなる衝動を抑えて、ゆっくり息を吐く。一応聞いておくべきかと思いつつも、聞きたくない。
……何で恋バナ?」
 彼はページをめくる手を止めた。そのまま動かない。辛抱強く待つこと暫し、彼はこちらに顔を向けた。
……セリア・アルヴィエはいわゆる思春期の女子学生であり、一般的な感性を持つと言っていいだろう」
「そうだな」
 常識人と言っていい類の少女だ。その眼の特異さと幼馴染みは一般的と言い難いが、それ故に本人の感性との差異が目立つ。だからこうして目をつけられているわけだが。
「恋バナはそうした女子学生の間では一般的であり、趣味やコミュニケーションの手段でもある。それを習得することで、彼女の言っていることや考え方、執着を持つ人物のことがより分かると判断した」
……へえー、そっかー……
 それをしたいなら恋バナの前にやることあるだろ!? 普通の雑談とか!! 恋バナにしたってコトロマ参考になるか!? そもそも観察対象とそこまで接触していいのかよ!!
 心の中で全力で叫ぶが外には一切漏らしてない俺を誰か褒めていいと思う。
 何でもない顔を装う俺を、彼はじっと見つめる。フード越しだけど。
「何か、ないのか」
「何かって何だよ?」
 求められているものが分からず、首を傾げる。彼はゆっくりと口を開いた。
「先日のお前の助言は、その後の任務において一定の成果を上げた。今回も何かあるのなら参考にしよう」
「助言? そんなもんしたっけ……あ、イチゴ食ってみたらってヤツ?」
「そうだ。彼女の好みと把握した上で味や食感に気を配って食したことで、感想に実感を持てた。そこから彼女の話が深くなったので、役に立ったと言っていいだろう」
 そんなつもり全くなかったんだけど。
 などと言えるわけもなく。つまりこいつ、それまでイチゴ……というか食事には特に関心がなかったってことか。
「内容を覚えれば実践も可能だ。何かないのか」
 それは待て。
 同じ言葉を繰り返し、こちらを見る様は、何だかエサを待つ雛鳥のようにも見えた。全然かわいくないタイプのヤツ。
 さっき心で荒れ狂った言葉を宥めて丸めて平らにして。
……とりあえず、コトロマそのものの話をするのはいい。感想とかな。でも、コトロマに書いてあることをそのまま実践するのは止めとけ。ありゃあちょいとばかし古風な文化を書いてるから、浮くぜ」
「ふむ。参考にしよう」
「是非参考にして」
 これで彼がいきなり跪いて愛の言葉を述べる、なんて事態は避けられた筈だ。マジで褒めてくれていいよ。
 彼は本に視線を戻し、ページをめくる。
 ……セリアくんに接触することだとか、恐らくコトロマの話をすることだとかは止められてないけど、正直それはどうしようもないっつーか。リゼットかセリアくんに何らかの警告はした方がいい、と思って彼に接触したのに、未だに何も言えていない。いやだってどう説明しろっていうんだコレ。
 物語に没頭してるらしいオブザーバー氏。
 その姿に今後セリアくんが見舞われるであろう事態を想像して、心の中で詫びた。すまん、俺にはこれが精一杯だ。
 本部から出て一人になって、自然と出たため息はとてつもなく深かった。