冬灯夜
2022-12-21 22:27:04
2023文字
Public ルミナリア
 

原風景

ルミナリア ガスリゼ
・幼少期捏造
・居場所をくれたのがアニエスで、見つけるのはリゼット、だといいなっていう

 村の古い物置の一番奥。乱雑に置かれた木材の切れ端の合間に座り込んで、壁に背を預けている。木材の合間からは高い位置の窓が覗いていて、空の様子だけが見えていた。
 もうすぐ日が暮れる。
 隙間から吹き込む風の冷たさもそれを教えていた。昼間は太陽が出ていれば暖かい時もあるが、夕方から夜になれば空気は一変する。
 雪に覆われたこの国では、夜は一家で籠って火を囲むのが一般的な過ごし方だ。自分がその“一般的”でないことは、もう既に理解していたけれど。

 ガスパルが見つからない、と泣いているような怒っているような声が外から聞こえた。
 かくれんぼをしていた少女達の内、鬼役だった妹の方だ。それを慰める姉の方の声もする。
 暗くなる前に帰らないと、と宥める声と、やだやだ、と駄々を捏ねる声。少しずつ遠ざかっていく二つの声を、ぼんやりと聞いていた。

 かくれんぼは得意だった。
 身を隠すことも、息を潜めることも、やり過ごすことも。拳や足が振るわれることのないように、小さく小さく身を屈めることも。
 そうしていつしか身に付いていた能力は、存在感を薄めるだけものだ。決して消えるわけではない。
 消えてしまえればいいのに。

 隙間風がいよいよ冷たい。
 遅くなって、何も収穫がないとなれば、また父親の機嫌が悪くなると知っている。
 膝を抱えた腕をさすりながら、それでも動きたくない。
 帰りたくない。
 帰る場所なんかじゃない、と思うのに、結局そこにしか帰れない。
 コソ泥なんかしたくない。殴られたくない。帰りたくない。
 したくないことしか思いつかない。ただ一つ、望むのなら。消えてしまいたい。
 この世界に俺の居場所なんかない。
 なのにこの能力さえも俺を消してはくれない。
 誰も見つけてくれはしない。能力を使った俺を、いいや、使わなくたって変わらない。誰も俺のことなど見ない。見つけない。知らない。
 だから、もう、おれは。

 ぎぃ、と物置の扉が軋んだ。
 床に置かれた物を飛び越えて、こちらに向かってくる足音。
 どくりと心臓が跳ねた。
 迷わず、という風ではない。あちこちを覗き込んでは立ち止まり、けれど確実にこちらへ近づいてくる。
 動けない。
 さっきと違う緊張が全身に走って、膝を抱えた腕に力が籠った。
 彼女だと思った。
 でも、妹と一緒に帰った筈だ。
 彼女でなかったらどうしよう。いいや、彼女だったら、どうしよう。
 気付くだろうか。ここにいると、俺を、彼女は。
 ついに目の前の材木が横にズラされて、


「見つけた、ガスパル」


 ――その瞬間を、どう言い表したらいいのか分からない。

 夕焼けの後の空のような、夜に向かう一瞬のような、薄紫の髪。薄鈍色の瞳には安堵があって、口許は小さく微笑んでいた。
 声が出ない。
 胸が詰まったままで。
 見つけた。見つけてくれた。

「風邪ひくよ。ほら」

 彼女は――リゼットは俺に手を差し出す。
 それでも動けずにいる俺に、リゼットは首を傾げた。俺がその手を握ると疑っていない。
 だって、きれいで。
 窓の外と同じ色をした髪が、とても。
 やがてリゼットは、俺の手を掴んで引っ張った。強張っていた身体はバランスを崩したが、何とかその手に縋って立ち上がる。

「寒いから早く帰ろう。今日はもう遅いから、うちに泊まりなよ」
「え、いや、でも」
「父さんと母さんにはアニエスがそう伝えてるから。ガスパルの方も心配しなくていい」
 手を取ったままリゼットは歩き出す。
 振り払う気にはなれなくて、引かれるままついていく。
 ぎゅっとリゼットが強く手を握った。
「冷たい」
……ああ、うん」
 離せばいいのに、リゼットは一向にそうしようとしない。
 すっかりかじかんでいた手は、ゆっくりと温もっていく。リゼットの熱を奪っているみたいだ、と思うと気が引けた。なのに、それでも、離す気にはなれなかった。
「アニエスがすっかり拗ねちゃってる」
「いつもだろ」
「今回は特別。ガスパルが見つかったら見せようと思ってた所があったの」
「何だよそれ」
「だから今日はアニエスのご機嫌とって、明日の朝、一緒に行こう」
 こちらを見て、リゼットは悪戯めかして笑った。
「アニエス、一生懸命造ってたから。ガスパルが見たら泣いちゃうかも」
「だから何だよ、泣いたりしないっての」
「明日のお楽しみ」
 外はすっかり日が落ちたが、まだギリギリ道が見える。リゼットとアニエスの家に着く頃には暗くなっているだろう。道中の家はぽつぽつと灯りが点き始めている。
 灯りを映すリゼットの瞳を見つめる。
 リゼットはこちらを向いて、俺を映した。
「なに?」
「何でもない」
 顔ごと逸らして前を向く。リゼットも俺の手を引いたまま歩く。
 それでも、俺を映した薄鈍色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れなかった。