村の古い物置の一番奥。乱雑に置かれた木材の切れ端の合間に座り込んで、壁に背を預けている。木材の合間からは高い位置の窓が覗いていて、空の様子だけが見えていた。
もうすぐ日が暮れる。
隙間から吹き込む風の冷たさもそれを教えていた。昼間は太陽が出ていれば暖かい時もあるが、夕方から夜になれば空気は一変する。
雪に覆われたこの国では、夜は一家で籠って火を囲むのが一般的な過ごし方だ。自分がその“一般的”でないことは、もう既に理解していたけれど。
ガスパルが見つからない、と泣いているような怒っているような声が外から聞こえた。
かくれんぼをしていた少女達の内、鬼役だった妹の方だ。それを慰める姉の方の声もする。
暗くなる前に帰らないと、と宥める声と、やだやだ、と駄々を捏ねる声。少しずつ遠ざかっていく二つの声を、ぼんやりと聞いていた。
かくれんぼは得意だった。
身を隠すことも、息を潜めることも、やり過ごすことも。拳や足が振るわれることのないように、小さく小さく身を屈めることも。
そうしていつしか身に付いていた能力は、存在感を薄めるだけものだ。決して消えるわけではない。
消えてしまえればいいのに。
隙間風がいよいよ冷たい。
遅くなって、何も収穫がないとなれば、また父親の機嫌が悪くなると知っている。
膝を抱えた腕をさすりながら、それでも動きたくない。
帰りたくない。
帰る場所なんかじゃない、と思うのに、結局そこにしか帰れない。
コソ泥なんかしたくない。殴られたくない。帰りたくない。
したくないことしか思いつかない。ただ一つ、望むのなら。消えてしまいたい。
この世界に俺の居場所なんかない。
なのにこの能力さえも俺を消してはくれない。
誰も見つけてくれはしない。能力を使った俺を、いいや、使わなくたって変わらない。誰も俺のことなど見ない。見つけない。知らない。
だから、もう、おれは。
ぎぃ、と物置の扉が軋んだ。
床に置かれた物を飛び越えて、こちらに向かってくる足音。
どくりと心臓が跳ねた。
迷わず、という風ではない。あちこちを覗き込んでは立ち止まり、けれど確実にこちらへ近づいてくる。
動けない。
さっきと違う緊張が全身に走って、膝を抱えた腕に力が籠った。
彼女だと思った。
でも、妹と一緒に帰った筈だ。
彼女でなかったらどうしよう。いいや、彼女だったら、どうしよう。
気付くだろうか。ここにいると、俺を、彼女は。
ついに目の前の材木が横にズラされて、
「見つけた、ガスパル」
――その瞬間を、どう言い表したらいいのか分からない。
夕焼けの後の空のような、夜に向かう一瞬のような、薄紫の髪。薄鈍色の瞳には安堵があって、口許は小さく微笑んでいた。
声が出ない。
胸が詰まったままで。
見つけた。見つけてくれた。
「風邪ひくよ。ほら」
彼女は――リゼットは俺に手を差し出す。
それでも動けずにいる俺に、リゼットは首を傾げた。俺がその手を握ると疑っていない。
だって、きれいで。
窓の外と同じ色をした髪が、とても。
やがてリゼットは、俺の手を掴んで引っ張った。強張っていた身体はバランスを崩したが、何とかその手に縋って立ち上がる。
「寒いから早く帰ろう。今日はもう遅いから、うちに泊まりなよ」
「え、いや、でも」
「父さんと母さんにはアニエスがそう伝えてるから。ガスパルの方も心配しなくていい」
手を取ったままリゼットは歩き出す。
振り払う気にはなれなくて、引かれるままついていく。
ぎゅっとリゼットが強く手を握った。
「冷たい」
「……ああ、うん」
離せばいいのに、リゼットは一向にそうしようとしない。
すっかりかじかんでいた手は、ゆっくりと温もっていく。リゼットの熱を奪っているみたいだ、と思うと気が引けた。なのに、それでも、離す気にはなれなかった。
「アニエスがすっかり拗ねちゃってる」
「いつもだろ」
「今回は特別。ガスパルが見つかったら見せようと思ってた所があったの」
「何だよそれ」
「だから今日はアニエスのご機嫌とって、明日の朝、一緒に行こう」
こちらを見て、リゼットは悪戯めかして笑った。
「アニエス、一生懸命造ってたから。ガスパルが見たら泣いちゃうかも」
「だから何だよ、泣いたりしないっての」
「明日のお楽しみ」
外はすっかり日が落ちたが、まだギリギリ道が見える。リゼットとアニエスの家に着く頃には暗くなっているだろう。道中の家はぽつぽつと灯りが点き始めている。
灯りを映すリゼットの瞳を見つめる。
リゼットはこちらを向いて、俺を映した。
「なに?」
「何でもない」
顔ごと逸らして前を向く。リゼットも俺の手を引いたまま歩く。
それでも、俺を映した薄鈍色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
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