冬灯夜
2022-11-20 22:42:54
2241文字
Public ザレイズ
 

未来の約束

ザレイズ マクネヴァ
・終章後しばらくしてお話してるだけの二人

「ん」
 ずい、と顔の横にマークが差し出したそれは、最近話題になっている飲み物だった。飲みたいと言った覚えはないのだが、何故かこうした流行やネヴァンの興味を引いたものをマークはよく差し入れてくる。
「ありがとうございます、マーク」
「どういたしまして、パイセン」
 ありがたく受け取ると、ネヴァンが座っている倒木にマークも腰かける。
「甘いな、これ」
「コーディアルですから」
 ストローを咥えながら呟いたマークに当たり前のことを返して、ネヴァンも一口吸い上げた。甘い。そしてほどよい酸味と小さく刻まれた果物の口当たりがいい。
 暫しそのままコーディアルを味わう。……が、隠さない横からの視線を感じてネヴァンはマークを見る。
「少しは落ち着いたか?」
……落ち着いていますよ、ずっと」
 自分を生み出した、今でも主人と想う人のことだと言われずとも分かった。
 誰もがそうやって気にかけてくれることを素直にありがたいと思う。同時に、外から自分の傷が見えているようで、複雑な気持ちにもなる。
 ただ、長い付き合いの後輩にされる気遣いは、慣れているせいなのか鏡精であるからか、大抵はすっと懐に入り込むような感覚だった。
「ま、落ち込む暇もねえか。パイセン、大人気だし」
「その言い方はどうなんです」
 先日のお使い騒動を思い出して小さく笑みが零れる。
 マークはコーディアルを吸い上げると、大きく息を吐いた。その横顔に僅か、憂いを感じ取ってマークを見つめる。今度はマークがネヴァンを見返した。
「マークこそ元気がないのでは?」
「ああ……こりゃフィルのだよ。もう大丈夫だが、時々奥の方で疼いてる感じの。……あんたと一緒だな」
……なるほど」
 決して忘れることはない。
 覚悟していた。別れの準備をずっとしていた。別れたくないと叫んだのは、主人に切り離されたその時。記憶を抱えて、彼女ではないミリーナ達を見守って、精一杯彼女を助ける方法を探した。
 自分のしたことは、結局あの人の苦しみを長引かせただけだったのかもしれないと思った。覚えていなくてもネヴァンを自分の鏡精として別れを告げてくれた。
 整理がついていないわけではない、と思うのに、こうして考えてみれば消化しきれないものが奥の方に確かにあって、疼いている。
 きっとこれは消えるものではないし、消そうとも思わない。
……それでいいんだろ」
 まるで心を読んだようなタイミングでマークは呟いた。
 実際に何を意味するのかは分からないけれど、それでいいと言うのならそれでいいと思う。
「なあ、パイセンはさ、雪国の空と海、見たことあるか?」
 唐突に話題を切り替えられて、ネヴァンは目を瞬かせる。
「ある、とは思いますが……雪国の空と海がどうしたんですか?」
 マークは軽く頭を掻いて、大したことじゃないけどよ、と前置きする。
「上から見ると海も暗くて、雲も灰色で。夏の空と海は水平線を境に鏡みたいに見えるけど、冬や雪はどうなんだろうって……何か、急に思ったんだよな」
……そう言われると、どうでしょう。まじまじと見たことはない……ように思います」
「俺もだ」
 各地を放浪していた時は景色に目を留める余裕もなかった。実の所、ここ最近になってようやく、と言った所だ。マークも同じだろう。心配という言葉では足りない主人がいて、繋がった心に影響を受けるのだから。
 ……そのことを羨ましい、と思う。言わないけれど、マークには伝わっているだろう。だって、長らく唯一の後輩で、今でも自分は唯一マークの先輩であるのだから。
「夏の空も、違いますよ」
「何が?」
「鏡のようであっても、空の色を映しとっていても、空には雲があるし海には波があるし……何より、やっぱり色そのものが違いますから」
 鏡の世界。心から生まれた存在。様々な場所から鏡に映った彼ら、彼女ら。ネヴァンの知るイクスとミリーナとは違うふたり。
「だから冬の空と海もそうなのだろうと思います」
……そうだな」
 そんなことは、もうとっくに分かっているのだ。音にしなくたって、ネヴァンとマークには。
「でも、見てみないと分かりませんよ。私だって夏の空をまじまじと見たのは最近ですから」
「それじゃあ行って見てみるか? 実は思ったより似てる、なーんてあるかもしれないぜ?」
「行けるんですか?」
「ま、どうにかな」
「では行きましょうか」
「おう」
 ネヴァンはコーディアルを全て飲み切り、息を吐く。とても美味しかった。
 マークが小さく笑った気配がする。
「飲むか?」
「え。いえ、マークの分ですし。私はまた買いに行けばいいですから」
「俺にゃ結構甘くてさ。口直しもねえし」
……そうであれば、その、残すのも勿体ないですし。ええ。頂きましょう」
「そうしてくれ」
 半分ほど残ったカップを渡される。
 カップが映ったネヴァンの瞳が楽しそうで、嬉しそうで、とても綺麗だ。
 ……なんてマークが思っていることを、ネヴァンは知らない。








11.ラトレイア【鏡】【無音】【灰色】
Isaさんより【マクネヴァorネヴァン】

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