冬灯夜
2022-11-07 21:40:28
18769文字
Public ルミナリア
 

連なり光れ

ルミナリア オールキャラ
#ルミナリア版ドロライ企画【テイルズオブルミナリア】
・最終決戦のイメージ
・全体的にふんわりと設定やエピソード捏造

【レオ】

「ぐ、う」
 右手と背中が焼け付くように痛む。
 エンブリオに呼びかけても応えがない。
「だからって、退けるわけねえよな」
 目の前には敵がいる。皆が必死に戦っている。それに応えずして、何がブレイズ筆頭。何がフルカード。そうだろ、ばあちゃん。
 相手はただそこに在るだけで圧がこちらを揺るがしている。
 刀を構える。
「いっくぜええ!」
 踏み込んで一刀。続いて二、三。手応えのないまま吹き飛ばされた。冗談じゃねえな、本当に。
 受け身を取って息を吐く。
 故郷を襲った真実は、信じていたそれよりも酷かった。あんなものの為にばあちゃんは、村の人は。そしてユーゴが、離れなければならなかった。
 そんなことが許されていいものか、と憤った。同時に、俺が信じていた正義は、何だったのか。
 帝国を憎んでいた俺は。そこに立脚していた俺の“正義”は、ばあちゃんが遺した気高さを体現出来てなどいなくて。
 再び刀を構える。
 そうじゃないだろう、と言ってくれたのは、ミシェルだった。憎しみだけだったのか。何の為に刀を振るっていたのか。本当にそれが俺の正義なのか。
 考え続けろと教えてくれた教官。先輩方の背中。俺が本当の意味で気高くあれと祈ってくれた人もいた。一人、俺達を守る為に離れていったユーゴ。私はあんた達の先を行くんだから、と叫んだセリア。
 そうだ。ずっと、変わらないことがある。
 ユーゴとセリアを守りたかった。二度とル・サントのような想いを誰にもさせたくなかった。力があるから争いが起こるなら、捨ててしまえばいいと、けれど力がなくて守れなくなるなら、全部全部呑み込んで終わらせてやると。
 守りたい。
 守ってみせる。
 どれほど手応えのない相手であっても。エンブリオが使えなくても。
「待ってるぜ、セリア」
 俺の手を引いてくれる幼馴染みが、必ずこいつの中核を撃ち抜いてくれる。その瞬間に畳みかける。
「目覚めろ、俺のエンブリオ!」
 僅かなマナが刀に宿る。応えなんかなくても、痛みばかりでも、決して諦めない。それが気高いフルカード流ってもんだ!



【セリア】

 見えない。視えない。
 目がいいのが取り柄だった。だからこそエンブリオも目に宿った。
 目を眩ませられただけなら意味はない。怪我ならばミシェルが治してくれるだろう。
 だが、そうではない。エンブリオも、元々の視力も、全てがない暗闇。目を閉じた時に見える閃光さえも見えないのだから、自分に尋常ならざる事態が起こっているのは理解出来た。
 ならば、矢を撃てぬ、見えぬ、今の自分に何の価値が。
……違う」
 弓を構える。
「撃てる」
 見えなくても、耳で。匂いで。肌を走る風で。
 だって待っているのだ。レオが、皆が、私がここで撃つと信じているのだ。
 思い出せ。見えなくなっただけで撃てなくなるような、軟弱な訓練をしてきたのか。
 見えない私に価値などないなんて、誰が言うのだ。いつだって私を信じられていないのは、私だけだったのに!
 必死に耳を研ぎ澄ませる。直前に場所は確認した。絶対に撃つ。貫いてみせる。
 ざくり、と後方から足音がして、立ち止まる。
 誰だろう。いいや、誰だっていい。ここで攻撃してこないなら、きっと敵ではない。
「そこのあなた。私の眼になってください」
 構えたまま、端的に告げる。
……了解した」
 ああいや少しは説明をしないと、と思った時には端的な返事がきた。聞き覚えあるような気がしたけど、今は構わない。
「見届けて、私のエンブリオ」
 抉られるような痛みが右目に走る。けれど目元と手元にマナが収束するのを感じた。
 カウントと位置を修正する声が聴こえる。
 私はやれる。大丈夫。でも決して自己犠牲でも、卑下でもない。
 ひだまりの中にレオとユーゴの手を引いていくと決めた。何があっても見続けると決めた。
 最初にそれを引き出してくれた人がいる。仕舞い込んでいた願いに気付かせてくれた。
……ミシェル、私、やり遂げるから」
 親友の名を呟いて、静かなラストカウントと同時に、渾身の矢を放った。



【ミシェル】

 創術が使えない。その現状に拳を握った。
 エンブリオの不調というだけではない。エンブリオを移植する前から使えていた創術までも。
「癒して、私のエンブリオ」
 僅かばかりマナが収束した。ごく僅かな効果のわりに、消耗と首の痛みが激しい。
 一つ息を吐く。
 ならば、やることはトリアージと通常の医療。
 自分だけではなく、多くのエンブリオ保持者や創術士も同じだから、広範囲の術式だろう。範囲が広いせいで粗があるのか、全く使えないことはないが消耗と効果が見合わない。
「ミシェル、体調は」
「問題ありません」
「私はあちらから。キミは」
「逆からですね。いきます」
 剣を腰に戻したグレースさんと短くやりとりをして、すぐに駆けだす。
 あの日の彼女を思い起こす。
 ずっと正しい選択が出来る人でありたいと思っていた。今も思う。
 あの日の自分を誇れない。けれど否定も出来ない。助けたい想いだけは変わらないから。同時に、多くの選択をしてきたグレースさんの痛みを想う。優しいあの人が、どれだけの覚悟をもって私達を追っていたのか。もしもあのままだったら、おじいちゃんは私を、誰かを、傷付けていただろう。最もおじいちゃんが望まないことを防いでくれた。
 正しいとは何だろう、とレオくんと共に悩んだ。答えが出なくても、それでも選択し続ける。知り続ける。そうするより他に、進むことは出来ないのだから。
「大丈夫ですか? 痛む個所は?」
 怪我を確認して、処置を施していく。ここが今の私の戦場。
 軽傷者には自分で処置をするよう指示し、重傷者には薬と安静を。創術が使えるようになれば大規模な治癒も出来る。
 必ず出来ると信じている。だって頼もしい先輩方が、この現象を解消する為に奔走しているのだから。
「お願いします、マクシム先輩」
 任せたまえ! と胸を叩いて駆けていった先輩を思い浮かべ、すぐに目の前の怪我人へ意識を移した。



【マクシム】

 消費の少ない創術を練ってみる。……光らない。
 広範囲に渡る創術の不能。創術のみならず、マナに関する力を持つ者ほど強い影響を受けているようだった。
 僕を含めた数人が範囲の確認と術式の破壊、術者の場所の特定に動いている。
 岩を乗り越え走る。創術が使えずとも、鍛えた身体は損なわれない。
 不思議な気分だった。
 騎士学校を中退した時には、もう二度と学友達と肩を並べることは出来ないかもしれないと覚悟した。アセルマン家の誇りも、騎士への志も、全てが砕かれた。
 けれど今、こうして彼らと共に戦っている。
 オルタンス嬢が、スィナン殿が、ヤントベル村の人々が、出会った人々が、それぞれに背を押してくれた。今も物資の搬送や避難誘導、様々な形で僕達を支えてくれている。
 フレデリックもそうだ。彼は執事であり、同時にアセルマン家に仕える者だから、今ここにはいない。けれど、差し出がましいことでございますが、と前置きして彼は言った。僕を誇りに思う、と。
 そうだ。貴族だからではない。義務だからでもない。
 僕が、僕の誇りの為に、為すのだ。
 ふと、何かを突き抜けたような感覚がした。
 創術を――光った!
 範囲の端に着いたら合図をすることになっている。破壊出来るようならするが、近辺にそれらしきものはない。
「誇れ、我が栄光のエンブリオ!」
 お前がなにものであっても。僕が何者であっても。
 僕を信じてくれている友の為、後輩達の為、今も戦い続ける人々の為。僕は誇りを抱き続ける。
 収束するマナを矢に纏わせて、空へ撃ち出す。三本の矢は高く上がり、色を纏って音と共に空中で弾けた。
 さて。深呼吸をする。
 遠くからでも分かるよう、合図は音も見た目も派手だ。となれば、寄って来るのは敵に有象無象の獣達。
 だが、それでいい。こちらに目が向けば向くほど、本陣は手薄になる。
「心配は無用だぞ、イェルシィくん、トトくん」
 分析と破壊を目標に据えた、明るく心を救い上げてくれる頼もしい後輩。浮かんだ笑顔に微笑んで、僕は矢を番えた。



【イェルシィ】

「トト、大丈夫?」
 返事はない。姿も見えない。けれどきっと、あたしの近くにいる。結界創術にあてられてか、トトの姿が消えた。トト自身に影響があったのか、あたしが見えなくなってしまったのか。
 このままトトがいなくなってしまったら。それよりもっと怖いのは、本当はいるのにあたしが気付けなくなってトトを一人にしてしまったら。
 ぱしりと頬を叩いて気合を入れる。心配することと不安に囚われることは違うと教えてもらった。
「トト。絶対、会えるからね」
 大丈夫。今はあたしだけじゃない。皆、トトのことを知っている。結界を壊した後も姿が見えなくても、皆で必ずトトに会う方法を探してみせる。
 障壁や結界の基本は同じ。核となるものが一つ、もしくは複数。大抵は四隅に配して展開されるが、この結界が方形でないなら核は中心にあるかもしれない。少ない情報からそれを汲み取ったウサギを背負ったあの子、凄いな。おかげですぐに対策を決められた。
 微かな音を捉え、空を見上げる。三本の光。マッキ先輩……端に着いたけど核はない、の色だ。続いて逆方向からも光。あれも同じ色。
 となれば、核があるのは二方向を外周をとした線の何れかか――今あたしが向かっている、二方向から同距離の場所!
 走る。走る。
 また違う方向から光。……核を壊した色!
 走る、走る、走る!
 ……あった!
 風を切るあたしを、ふわりと優しいものが包み込む。
 トゥイトゥイ。柔らかく温かなあなた。
 感じるよ。
 だから、あたしは笑う。
「やっほー、エンブリオ! チャキっといこう!」
 胸に痛みが走るけど、なんてことない。幾つか核が壊されたおかげで根性で起動が出来る。
 この呼びかけを、イェルシィらしいなと微笑んでくれた親友を思い起こす。見えない時からトトのことを信じてくれた、大事な大事な友達。
「行ってね、ヴァネッさん!」
 核に向かって、思い切り槍を突き出した。



【ヴァネッサ】

 信号弾を上げて双剣を構え直す。
 ここで行くべきは一番近くのマクシムだろう。多少距離を詰められても十分戦えるだろうが、弓という特性上、不利は不利だ。ついでに、この並み居る獣を連れて行ってもマクシムなら対応してくれるに違いない。
 一番よくないのは、大本の敵へと迫っている者や敵の要を解く役目の者の所へ行くこと。そして負傷者キャンプへ行かせること。
 三本の光が上がった所を目指し、脚にマナを纏わせる。エンブリオを埋めた脚は痛みを訴えたが、そのまま脚力を強化して走った。核の一つは破壊した。その内に残りの核も破壊される筈だ。
 痛みがあろうと、マナで強化すれば動作に問題はない。マナによる身体強化は己の得意とする所だ。
 ……だが、乱れる。エンブリオの制御なしで大量のマナを扱うのは、危険も多い。
 その為に理性を失ったこともあった。過去の記憶が心を揺さぶって。
 短く息を吐く。群れから離れかけた獣に迫って刃を振るう。
 師匠はずっと案じてくれていた。エンブリオを得るまでの間、騎士の心構えを説き、修行をつけ、私が呑まれないようにと。エンブリオを得てからは制御しやすくなったから、少し安心して――油断していたから、暴走するような事態も引き起こしてしまったけれど。
 強く正しい騎士になりたい。
 私にとって正しさとは、師匠であり、リュシアンであった。
 けれど、違う。
 私が正しいと思うことを他の誰も保証してはくれない。私が、判断し続けなればならないのだ。頼りにすることと依存することは違う。
 そう理解できた時――過去の後悔に苛まれていた私を支えてくれたのは、やはり彼らだったから。
 呼吸を静かに繰り返す。一つも漏らさず、引き付けたまま行こう。
 迷わない。惑わない。戦場で、守りたいものを守る為に。
 不意に痛みが引く。と同時、遠目にマナを纏った矢が見えた。
「来い、エンブリオ! 力を示せ!」
 マナの制御が一気に安定する。加速をつけて、射手を取り囲む群れに身体ごと双剣を叩き込んで斬り付けた。
 驚きの声を上げたマクシムに笑いかける。彼の同輩もまた、力を取り戻している頃だろう。
 私の剣の主。支えるべき、支えてくれる、けれど今は別の場所で戦う人。
 それでいい。私の剣は、それでも互いの守りたいものの為にあるのだと信じているから。
「ご無事で、リュシアン」



【リュシアン】

 静かに息を吸う。ゆっくりと吐く。
 繰り返し、繰り返し、この身体が倒れてしまわぬように。
 胸の痛みは治まらない。結界の効果は、深くこの身を侵食していた。
 あの日の痛みから、戦う力を得た。立ち上がり、守る為に戦えるようになった筈だった。
 だというのに、それを奪われてしまえば、残っているのはこうして蹲る自分だけだ。
「左翼に増員! 負傷者は止血までを優先せよ!」
 ベルタラン団長の声が聞こえる。
 エンブリオが使えなくなっても、騎士である彼らは奮闘している。ミシェルさんや軍医の方々も、持ちうる知識と技術で負傷者を看護している。その一助にもなれない自分に腹が立つ。
 ぎしりと胸の奥が軋んで背を折り――大きく息を吐いた。
……呑まれるな」
 今ここで無理をしても足手まといになるだけだ。健康な身体が羨ましいと何度思ったかしれない。何度も、何度も、それでも、次の朝には立ち上がる為にじっと身体を丸めていただろう。
 必ずこの結界は破れる。
 その時にこそ、疲弊した皆に代わり役目を果たす。
 考えることを止めるな。観察を止めるな。まだ退くべき時ではない。
 獣が来る方向はバラバラに見えて、一定の流れがある。この負傷者キャンプを獲物として見る獣、分散させた戦力を追う獣、敵への弱体を試みる者達へ迫る獣。獣達の来る源流には敵の大本がいるのだろう。だが同時に、避けて通る場所がある。――獣さえも恐れる強大な何か。
 それは私達の味方ではない。
 ……だが結界が壊れない内には手を出してはならない。
 やることは見えた。後は待つ。
 集中しろ。守りたいものの為。
 ――そしてその時は来た。
 立ち上がると同時、大規模な治癒創術が溢れた。恩恵に預かりつつ長剣を抜く。
「エンブリオ、あなたの出番ですよ」
 創術やエンブリオの光を後目に、進行方向の獣を一直線に裂いて走る。
 ずぅん、と重く重く山鳴りがした。
 ああまったく、あれでは敵も味方もあったものではない。しかもどうやら、一体だけではないらしい。となれば、一番近いこの個体を仕留めるのが己の仕事という所だろう。
「さて。……私も参りますよ、リゼット教官」
 退くべきではない、その選択肢を教えてくれたもう一人の先生。この戦場のどこかにいる決して退かぬだろう人を想って、エンブリオに再び呼びかけた。



【リゼット】

 息を吐く。四方には大量の獣。
 一対多には慣れている。とはいえ、身体はぼろぼろ、銃もない、エンブリオも碌に使えない、とここまで追い詰められるのはなかなかない。
 牙を剥く獣を避けて、首に蹴りを叩き込む。骨の折れる感触がして、地に落ちた獣はマナに還った。警戒しているのか、他はすぐには襲い掛かってこない。
 全身が重く、どこを怪我しているのかも定かではない。自分で使える程度の治癒創術では隙にしかならないし、そもそも現状使えない。
「まったく……
 息をするだけで痛みが走る。ああ、本当にもう、しんどい。
 ここで死んでもいいかもしれない。散々に暴れて、これだけの数を引き付けた。近くで戦っている者や核を探している者達の助けにはなっただろう。
 口の端が上がる。
 ――ああ、でも、ダメだ。
 これまでならそれでよかった。血に塗れて、とっくに未来も何もない、過去の亡霊でしかない私だったから。仇を取らせてやれないことだけは申し訳なく思っただろうが。
 けれど。償いならば、罪を抱えても生きるべきだと教えてくれたのは生徒達で。ふざけるなと怒鳴ったのは、久々に見た取り繕わない幼馴染みだった。
 そうだ。生きろと言った。足掻けと、考えろと、教え続けた。次代の灯になってくれと。慣れない“教官”の服を着続けて、いつの間にか着ていることも忘れるほどになった。その私が、たかが獣の大群程度で、もういいなどと口が裂けても言えるものか!
 獣が唸る。複数がじりじりと包囲を狭める。
「傅け、エンブリオ」
 激しい痛みが足に走る。それが何だ。従え。使えるのならとことんまで使ってやる。
 先んじて獣の群れに突っ込んで蹴散らす。
「かかってこい、獣ども」
 我ながら獣じみた声だ。さあ、もっともっとこっちに来い。
 一体を屠った瞬間、獣の一角が崩れる。氷。エンブリオの痛みが引いていく。
 同時にこちらへ一直線に飛んできた双銃を掴み取り、そのままぶちかます。
 は、と笑みが零れた。
「さっさと行け、エド!」
 投げ寄越してきた“傭兵”に叫んで、私は獣の群れに再び突っ込んだ。



【エドワール】

 援軍の必要はなさそうだ、と判断してそのまま走り抜ける。正確には、助太刀しようと思っていたのに背を押された。
 創術を封じ込めていた結界は消えた。ペンダントの力も使える。
 この戦場で使えなくなったと理解した瞬間、酷い不安に襲われた。
 国を出て世間知らずもいい所の自分が何とかやっていけたのは、託されたペンダントの力が大きかった。双剣技もまだまだ未熟で、それでも創術を形に出来ればどうにか補えた。リアクターと偽って、当てもなく歩く。目的も何もない、旅と言えるほど上等なものじゃなかった。
 ――マイシュの国を、民を守る為の力なのに。
 守るべき国から逃げ出して、自分が生きる為だけに使っている。今すぐに戻りたい気持ちと、戻っては全てを懸けて逃がしてくれた人々の行為を無にするのだと戒める気持ちと。
 不安で心細くて、独りぼっちで、夜ごとペンダントを眺めては申し訳なさに潰されそうだったあの頃の気持ちを、久しぶりに思い出した。
 今は。
 ひとりじゃない。
「出し惜しみはなしだ……!」
 双剣を振るう。切り裂く。進む。
 護衛の仕事をくれたことを、感謝している。
 誰かを守れるのだと教えてくれたことを。時に護衛失格だと言われながら、それでもずっと信じてくれたことを。背中を預け合える仲間と出会えたことを。半ば自棄になっていた自分に未来を見せてくれた。過去を断ち切って、そこに在ると教えてくれた。
 だから、いま走っているのは、護衛の仕事でもあるし、仲間を助ける為でもある。
 エドも役目を果たして、と一人で行った少女の所へ。戦場を駆けての遊撃はそろそろ終わりでいいだろう。
「無茶はするなよ、リディ!」
 危なっかしい雇い主はこっちのセリフだと返すだろうな、と思うと、自然と笑みが浮かんでいた。



【リディ】

 結界創術の一種。障壁までは備えていない。粗がある。けれど、広範囲。
 ならばやることは見えていた。既に各々の役割についていた人達を残し、戦える人達は分散している。
 独自開発したリアクターの幾つかは失われた。核は破壊したけど、弾も殆ど撃ち尽くした。残っているのはこのウサギだけ。
 こうなるのは目に見えていたけれど、それでも一人で動いたのは効率の問題だ。信号弾も数少ないし、ならば元々遠方に合図を送れる装備の自分が走るのは必然だろう。特に戦闘力の高い者は核を探すより戦場にいてもらった方が失われる命は少ない筈だ。
 じゃあリディは死んでもいいって言うんですか、とシャルルなら言うだろう。結界創術が張られる前に、ラウルと共に離脱していたから聞かなかったけど。あの子も丸くなったものだ。
 アナマリアは、リディならやれますわ、といつもの笑顔で言った。そうして振り返りもせず戦場へ駆けて行ったのだから、信頼の重さに少しばかり慄いた。
 エドは、護衛だからな、を言われる前に置いてきた。その方がいい。負傷者を守るのも遊撃も、手が足りないのだ。
「文句、言われてるでしょうね」
 でも役目を果たす人だから。
 寄って来た獣に残った弾を撃つ。そろそろ息が辛い。ウサギは変わらず背中に鎮座している。
 何も持っていなかった。
 愛して欲しかった。
 リアクターを作れても、どれだけ知識をつけても、父には関係なかった。
 リディ、という名さえも。唯一それだけが、父から与えられたものだと思っていたのに、意味なんて何も。
 けれどエドが、皆が、呼んでくれたから。たくさん、一年足らずのこの時間で、たくさん、たくさん。
 ひとりじゃない。
 預言だのなんだの。あたしはあたしだから、誰かの声を伝える為だけの存在じゃないんだから。
「あたしはリディ」
 獣に銃を向ける。
「天才たる所以を見せてあげるわ」
 派手に火柱を上げる。まあ、たぶん、これで大丈夫。誰かが来てくれる。あたしは天才だから、そんな予測だって出来るのだ。
 予測という名で人を頼る自分に、少しおかしくなった。短い時間で変わったものだ。
「あなたもそうでしょ、ラウル」
 一度は裏切ったくせに、結局あたし達に甘くて戻って来てしまったあたし達の最年長者。
 獣の群れが吹き飛ばされるのを視界の隅に、あたしは笑った。



【ラウル】

「やーれやれ……
 呟いてみても状況は変わらない。遺跡の広場でため息を吐いた。
 アナマリアちゃんとシャルルと出会ったのもこんな遺跡だったなあ、なんて思い出す。罠が満載で獣もいて、あの時は走り回ってなかなか酷い目にあった。
 獣の爪を避けて槍を振るう。あの時と同じ、影から出現する類の獣が多い。
 あの遺跡も結局全部は調べられなかったなあ。それどころじゃなくなったというか。いま考えても酷い、盗掘者だなんて、お兄さんは考古学者ですけど!?
 なんて思考を流しながら、槍を目の前で回して奥へ向かおうとする獣を防ぐ。
「おー、こわいこわい」
 さっぱり真剣味がない、なんてエドには言われるが、もうこういう口調は習い性のようなものだ。
 いずれにせよ奥へ行かせるわけにはいかない。シャルルは集中していて周りへの対処など出来ないのだから。
 槍を回した勢いのまま突き出して獣を散らした。
 甘い子達だなあ、と思う。だけど同時に、人に信頼なんてものを突き付けてくる厳しい子達でもある。
 なら護衛はラウルね、と自分とシャルルを先に行かせたリディちゃんのいつもと変わらぬ目が思い浮かぶ。
 一度は離れたというのに、こんな大事な役目をお兄さんに押し付けるなんてことある?
 本当にただの考古学者だったなら、こんな所にはいないのに。そうであったらよかったのに。でも、そうしたらきっと彼らには会えなかった。ああそれはイヤだな、なんて思ってる時点でもう負けだ。
「お兄さんも本気でいこうか」
 マナを纏って槍を構える。
 疎んですらいた力でも構わない。何も得られなかった人生であっても。誰かを傷付けてきただけであっても。そんな自分でも、
……皆の未来は守りたいなあ、なーんてね」
 湧いて出る先から槍を振っては蹴散らしていく。
「ここは任せてよ、シャルル」
 ラウルのくせに生意気ですよ、といつもの声がした気がした。本当にあの四人には毒されたものだ。それがイヤじゃない自分が何よりもおかしくて、遺跡に一人、笑い声を響かせた。



【シャルル】

 お嬢様、ご無事でしょうか。無事に決まっています、お嬢様ですから。
 この遺跡に着いてから、否、お嬢様と別れてから気にするのはそれだけだ。
 ポーンの生成も止めて、杖を媒体に遺跡の奥深く――その先に在るものへ繋がっていく。お嬢様と離れたくはなかったけれど、お嬢様の存在を守る為ならば、自分にしか出来ぬのならば仕方がなかった。
 さっき通って来た広場が騒がしい。集中しなければならないのに、まったくラウルときたら。ああほら何が「ウヒョッ」だ。
 雑音を振り払って、深く深く沈んでいく。
『代わる?』『変わるの?』『替わろうか?』
 何者でもなき“ボク”の声も引き剥がして深く。深く。
 閉じた視界に、源獣の中のような光が視える。もっと。深奥まで。奥底まで。
 ボクの正体。ボクの中身。
 ――どうだっていい。そんなもの。
 知ることは役に立った。そのおかげで、お嬢様を守る為にこうして立っていられる。
 だからどうした。
 ボクがどんな存在であれ、お嬢様はお嬢様だった。シャルルはシャルルでしょ、とリディは珍しく笑った。そうだな、とエドは頭を撫でてきた。一緒に旅してきたじゃない、とラウルは言ったが、一度離れたくせに何を言ってるんだと蹴っておいた。
 光が過ぎ去って、何も視えぬ、聴こえぬ場所。その先へ。か細い流れ。もっと。――掴んだ!
 杖を持った手の感覚を取り戻す。
 さあ。その力を寄越すがいい。この戦場に、世界に張り巡らせている力を削ぐがいい。
「ボクの力を見せましょう」
 ボクをボクたらしめるものを、まもる。お嬢様の為だけど、お嬢様の為でなく。ボクの手を握った、ボクを繋ぎ留める、ボクをボクたらしめる者達の――つまりはボクの為。
 お嬢様は、こんなボクをどう思うだろう。不安に思ったボクを、いつもの笑顔で抱き締めてくれたお嬢様。
「すぐにお傍へ戻ります、お嬢様」
 強く、明るく、可憐で麗しく優しく愛しく誰よりも素晴らしいボクのお嬢様。
 こんな所で手間取るわけにはいかないのだから、と太陽のような笑顔を胸に、ボクは深く深く力への干渉を強めた。



【アナマリア】

 一人になる、なんて実は初めてのこと。
 屋敷では必ず誰かしらがいたし、何よりもシャルルが一緒だったから。
 シャルル。無事でしょうか。無事に決まってます、シャルルが私を置いていくことなんてないですから。
 無邪気に、疑問すらなく、そう思っていた。わたくしはシャルルを置いて先に進むことだってあったのに。薄情ですわね。
 お父様。
 別れたきりの父を想う。帝都を脱出したあの時、悲しみや嘆きは殆どなかった。やはり薄情だ。惜しめるほどの思い出もなかったけれど。あれから時を経て、少しは父のことを知って、ようやく涙を流した。父は今更と言うだろうか。ただ、仲間達は傍にいてくれた。
 冒険を続けていると、前に進むこと自体が楽しいだけではなかった。今まで置き去りにしてきたものを突き付けられもした。
 わたくしが。シャルルが、何者か。
 知らなかった世界は広く、残酷で、わたくしもその一部で。――とても輝いている。
 獣の群れを見つけた。息を整えて刀を鞘に納める。
「ハッ」
 一閃、大きな岩を斬る。見事、群れの頭上に落下した。
 ふふふ。前よりも短時間で出来るようになったのです。すごいでしょう。
 流石ですお嬢様、と褒めてくれるシャルルは、今はいない。
「大丈夫ですわ、シャルル。あなたが役目を果たす間、わたくしも立派に果たしてみせます」
 わたくしの役目は遊撃。戦場の手薄な所を駆け回り、戦う人々を助ける。
 つまりヒーローですわ!!
 再び獣の群れ。あ、少しお待ちになって、すぐには息が整わないのですわ。
 急いで反転する。リアクターが働く位置は確認済み。
「主人公パワー、全開ですわ!」
 指輪が光る。全身に力が漲る。
 獣の群れを殲滅し、ガッツポーズをした。結界の中に戻って索敵を続ける。結界の中も怖くはない。必ず皆が壊してくれるから。
 今、皆がそれぞれの役目で動いている。シャルル達のように敵に干渉する者。この結界を壊す者。彼らを守る者。囮となる者。大本の敵へと迫る者。
 その中の一人に想いを馳せる。
「あなたも、世界の中の一人なんですわ。アウグスト」
 きっと、仇というものなのだろう。けれど、わたくしにそんなことを言う資格があるのか。
「考えるのは後ですわ!」
 まだまだヒーローの助けを待つ人がいるのですから!



【アウグスト】

……まったく。肝心な時には裏切るとくるのですから、本当に信用のならない……
 もっとも、向こうからすれば私がそうなのでしょうけど。
 復讐の為に受け入れた力が、すっかり鳴りを潜めている。思考が乱れる。何年、混ざっていたことか。それを自覚出来るだけ自分に戻っているけれど、常態化していたものが突然なくなれば混乱もしようというもの。
 まあ、そんなことも言っていられないのですけどね。
 山の如き獣。こんなものが戦場に罷り越せば、更なる混乱は必至。それも形状からして一体とは思えない。となれば必然、この獣は今ここにいる私が止めねばならない。結界の外でこの獣を見つけられたことだけが幸運といえる。
 杖を掲げる。あの力がなくとも、文武両道と、帝国一有能と讃えてくれたものは変わらない。
 獣の足を弾き返す。少しの移動でこの重み。まったく冗談ではない。
「ルチナ……ベルティーナ……
 あの時。私の中に蒔かれた絶望の種は芽吹き、巡り巡ってこの状況を生んだ。
 後悔はしていない筈だった。
 貴女達の身体を置いてきたことを。
 周囲の獣は排除したから、あれ以上食い散らされることはなくマナに還ってしまうだろうと判断した。生き残りがいると知られれば口封じされるのは火を見るよりも明らかで、復讐を遂げる為、遺品だけを手に生まれ故郷を後にした。
 妻子よりも復讐を取ったのだ、と。今になって否定が出来ない。
 愛している。誰よりも、何よりも、この世界の全てよりも。
 どうかそれだけは疑わないで欲しい、と願うことすら傲慢だろうか。
 私の復讐はどこまでが私のものだったろうか。
 獣が唸る。重低音の振動がびりびりと周囲を震わせた。
「断ち切れ、贖罪の光」
 出力が違う。すっかり馴染んだ言の葉に口元が歪んだ。
 これを贖罪にする気などない。私の人生を、ルチナとベルティーナの人生をめちゃくちゃにした者達に贖罪させる気もない。
 ただ。
「貴女の夫は、父は、帝国一有能ですから」
 今はそれだけを証明する為に。
 ぶつけた力にほんの僅か、獣が怯んだ気配がした。なるほど、弱点はあるらしい。
 ならば残る勝算は、結界の破壊と敵への干渉。そこさえ上手く行けばどうとでもなる。宝玉を渡した二重スパイの顔が浮かぶ。
「ここは裏切らないと信じてますよ、ガスパル」
 小さく笑い、獣の弱点へと意識を切り替えた。



【ガスパル】

 ステルスが効かない。
 使い過ぎて危うく戻れない、なんてことはあったが、全く使えなくなるのは初めてだ。
 疎んだこともある、それでもずっと付き合ってきた能力がうんともすんとも言わないのは何とも心許なかった。
……ま、いま使えた所でね」
 戦場を潜り抜けて行くには使えた方がよかったが、目の前の敵の密度を見ればあまり意味はない。となればどうやってこの宝玉を届けるか、だが。
「どこかの鬼教官や黒狼将じゃあるまいし、力押しはガラじゃねえのになぁ。なあんでそういう状況になるのかねえ、俺は」
 鬼教官といえば。ここに至るまでに幼馴染みに蹴飛ばされたり、自国の元王子に殴られたり、文通相手に味を一切考慮しない栄養ドリンクを押し付けられたりした。あと色んな人から文句やら罵詈雑言やら。
 背中も痛けりゃ腹も痛い。口の中もヤバい。
……消し去れ」
 エンブリオも試してみるが、左手首の痛みと共に単なる銃弾しか出なかった。幽鬼のような獣が一体、爪を振り上げる。それを避けて銃弾をぶち込む。他は動かない。踏み込まなければ攻撃はしてこないようだ。
 ため息を吐く。
 ……そのわりに悲壮感がないのが、自分でも不思議ではあった。
 連邦でも帝国でも任務の名の下、何でもしてきた。
 誰を傷付けようと、自分にダメージがあろうと、どうしても成し遂げたいことがある。それまでは絶対に死ねないし死なせない。そう決意しながら多くの人を騙し、盗み、傷付け。報いをいつ受けたっておかしくないと思っていたのに。
 どうして幼馴染みには背を押され、元王子には叱咤激励され、文通相手には身体を気遣われるのだろう。
……ったく、どいつもこいつも!」
 深呼吸を一つ。
 銃を構えて走り出す。大事にしまった宝玉を届ける相手を思い浮かべる。
「届けてやるから、やってくれよなラプラスさんよぉ!」



【ラプラス】

 宝玉にマナを籠める。
 それだけならば楽なのに、ここからが本番なのだからため息も出ようというものだ。
 継承されたものしかなかった。それ以外は取り零してきた。
 だからあの時、これで終わりだと思ったのに。
 気まぐれにすくいあげた子に腕を掴まれて、気まぐれに見逃してあげた子に叱られて。ついでに力を分けてあげた共犯者には逃がしませんよと静かに微笑まれて。
 そして終わりにしようとした時と違う目的でまたここにいるのだから、因果とやらは面倒なものだ。
……それにしたって強引すぎよね、本当」
 力技と称するのもおこがましい程だった。何アレ。というか戦場以外でバスチアンちゃんとセリアちゃんはどう会ったの。
 宝玉を介して力を探りながらも、結局思考は外へと向いていく。まあ、それくらいの方が力が抜けていい。
 息をする毎に糸を伸ばして伸ばして、絡め取る。少しずつ広がっていくそれを静かに見つめた。
 今しくじれば死ぬ。これまでは恐れることすらなかったそれを、警戒しなければならないこの状況は本当に皮肉というより他にない。
 縛られていた。誰かに継がせたかったのか、ぶち壊してやりたかったのか、今はよく分からない。
 ただただ放棄することは出来なかった。どうしても。
 ――糸が大きく、巣のように力を囲った。
「紅く染まりなさい」
 アタシのものになりなさい。在ったものを失った分、受け入れる余裕が出来たのだから、これもまた皮肉。その“在った”ものの為にアタシはいたのに。
 抵抗する力は糸を裂くが、ますます深く絡んでいくだけ。
 口元が吊り上がる。
 ねえ、いま、お腹が空いてるのよ、アタシ。
 ――唐突に浮かんだ女の顔に眉を顰める。アタシがこんな発想するなんて。
「せいぜいお腹空き過ぎて死なないようにしなさいよね、アレクサンドラちゃん」
 まだまだ満たぬ身体に力を取り込みながら、一つ呟いて目を閉じた。



【アレクサンドラ】

 振るう剣に青い光がないことが寂しい。
 そう思ったのは、自分でも意外なことだった。リアクターは所詮は道具。速度こそ出せぬものの身に着けた剣技でどうとでもしてみせると飛び出したのに、いざその光がないことを実感すると、不便だとか力が足りないだとか、そんなことより先に思うのが寂しいだなんて。
 共にあった。正義を貫くと志した頃からずっと。
「失ってから気付く、か」
 戦友であると思っていた男の変化を実感した時と同じだ。或いは、変化などではなくただただ知らなかったという事実を突き付けられた時か。
 帝国の為に、民の為に我が剣はある。
 故に、アウグストにそのまま従うことは出来なかった。同時にこうも決めた。ずっとずっと思っていた。
 お前もまた私が守るべき帝国の民である。だから、お前を必ず、太陽の下へ引きずり出してみせる、と。
 帝国兵の横っ面から迫る獣を斬る。連邦兵の正面に割って入る。傭兵の撤退を手助けする。
「恐れるな! この私、白狼将アレクサンドラ・フォン・ゾンネがいる!」
 未だ光らぬ剣を掲げて叫ぶ。狼将たるもの、誰よりも先に戦場を駆け、その姿でもって鼓舞することこそが本懐。
 応える声に笑って、次の場へと走る。
 まず何よりも、負傷者キャンプを兼ねる本陣を落とすわけにはいかない。ここが落ちれば戦場に散っている戦士達が分断され、撤退も出来なくなってしまう。
 そうして駆けずり回る内、不意に薄く掛かっていた圧のようなものが消えた。
「我が道照らせ、英知の白鳳!」
 考える前に起動する。青い光が剣に宿った。
 おかえり、私の光。ミュラー兄弟が白銀の閃光と名付けたこの姿、とくと見るがいい。
 獣達を吹き飛ばしながら、同じく狼将たる者達を想う。
 ユーゴ。大事な場面をお前に任せる。ラプラス……はまあ、心配などしているわけではないが、バスチアンがいるから大丈夫だろう。そこまで考えて、恐らく同様に力を失っただろうバスチアンの喪失感はいかばかりか、と思い至る。けれど。
「お前なら大丈夫だろう? バスチアン」
 笑って、再び剣を掲げ、私は戦場を駆け抜ける。



【バスチアン】

 力を失うのは呆気なかった。
 借り物の力。決して己のものではないということはよくよく理解していたのだが、それでも人生の大半を共にしてた力が抜け落ちているのは、何とも言えない喪失感があった。
 飛び掛かって来た獣に刀を振るう。
 リアクターなど所持していなかったから、純粋に身に着けた剣技で相手をするしかない。幸いにして鍛えた分は無駄にはなっていないようだ。
 疲労はある。久しくない感覚だ。
 どこか高揚する気もするが、それはこれまで戦場において感じてきたものと変わらない。つまり、失った感情は戻らないのか――喰われていた筈の感情は、実はずっとそこにあったのか。
……今、答えを出したとて意味はないな」
 やるべきことは変わらない。
 なれば、終わった後にアウグストやラプラスに考えてもらうとしよう。先程通したガスパルにも訊いてみてもいいかもしれない。
 ずっと、力の意味などない人生だった。
 救いたいものを救えず、絶望すらも喰われてしまえば残るものはない。だというのに、今は喪失感を味わっているのだから不思議なものだ。
 地面から黒い影が湧いてくる。一息に斬り払った。
 故郷を失った。感情を失った。恩人が出来た。友が出来た。同志が出来た。意味のなかった力と人生に意味が出来たのなら、それは彼女達のおかげだろう。
 だから。
「闇よ、逆巻け」
 唱えても力を貸されることはない。空っぽの体内をただ言葉が巡るだけ。
 だけど。
「この先へは、通しはしない」
 ラプラスが、奴らに対抗する為の儀式を行っている。終わるまで、否、終わってからも彼女を守り切るまで。
 次々に湧き出す影が集合して、大きな一つの影となる。ただそれは最早、影というほどに薄くはない、黒くぽっかりと空いた闇だった。
 闇ならば馴染み深い。だが目の前の闇は驚くほど濃いのにウロのようで、借りていた力の方がしっくりくるのは身内贔屓というものだろうか。それとも、力を失って虚となったこの身体にはぴったりだろうか。
 笑う。
 自覚的に、そうした。
 ぐだぐだ考えてる場合かよ、といつも楽しそうに手合わせを申し込んでくる青年ならば言うだろう。
「先へ進め。ファルク」
 刀を握る手が馴染み深い闇を纏った気がしたが、ただ一心に目の前の闇へ刀を振った。



【ファルク】

「チッ! このクソどもが!」
 大量の獣を前に咆える。
「オレ様自慢のとっておきだ、見てぶっ飛べオラァ!!」
 双剣に雷を纏わせて振り回す。一角が崩れたかと思えばすぐに獣が押し寄せて、まるで獣が生えてくるようだ。
「ハッ、獣畑かよ」
 ろくすっぽ肉も獲れねえくせに、数だけはいやがる。
 苛立ちのまま目の前の獣を屠る。こんな所で足止めされている場合じゃない。
 あのポンコツ女、勝手にはぐれやがって。
 先にユーゴの所へ進んでいればいいが、そうはいってないだろう、という予感もあった。幸いだったのは、リアクターの使えない区域から抜け出したことだけだ。
 荒れた空から雷が落ちる。ああまったく、嫌なことを思い出す。
 一人でよかった。高く高く飛べれば。ジョイスの望んだ通り、夜明けを掴めれば。
 双剣で切り裂いて引き寄せて蹴り飛ばす。畑というか、もはや雨だ。
 一人がよかった。誰にも庇われたくない。二度も目の前で失った。片方は記憶を、片方は命を。そうと知ったのは最近になってからだが、やはり二度とごめんだ。
 だというのに、あのお節介ども。
 何かを守る為に必死になって、その何かの中にオレを入れて、なのに自分をそこに入れるのを忘れている。忘れていることすら忘れているのだから、本当にどうしようもない奴ら。
「だからオレが苦労してんだっつーのクソが」
 進む。そのどうしようもない奴らの所に、戻ってやらなきゃならない。
 一人でいるのは、もう、無理だ。あいつらが勝手にくっついてきやがるから。
 守ろう、とだけかつての姉は言って踵を返した。
 やろう、といま姉面をしやがる阿呆は震えながら言った。
 まずはそのへっぽこを回収して、それからユーゴの所へまとめて斬り込みだ。デカい手柄を独り占めなんぞさせて堪るか。だから。
「くたばってんじゃねーぞ、アメリー!」
 咆えたその声に応える声は、まだ聞こえない。
 けれど、いつだって、あの声が聞こえないことなどなかったのだから。



【アメリー】

 神様。
 どうかいるのなら。
 祈ります。私の全てを懸けて。
 起き上がって、すっぽ抜けた槍を拾う。立て続けの出来事は、不運と形容するのが一番しっくりくるだろうか。まるで嵐のようだ。今もその最中だけれど。
 幸運ラッキーだとずっと言われてた。私自身もそう思っている。
 養護院に拾われたことも、クロードくんに助けられたことも、ユーゴくんに出会ったことも。
 けれど、家族を失った。クロードくんは家族と生き別れ、養護院も飛び出した。ユーゴくんは大切な人を置いて帝国に来た。
 私の幸運は、不運ハードラックに彩られていると、気付いていた。
 そうしてここに来て、一つの幸運もないまま嵐のような不運に吞まれている。
 行かなければならないのに、道が塞がる。天候が荒れる。獣の群れに囲まれる。クロードくんが私を助けようとして分断される。
 直感的に悟った。これはここまでの幸運のツケなのだろう。不運で終わる筈だった私の人生が、幸運で彩られてきた分の。
……それで、いい」
 幸福だったから。色んなことが悲しかったけど、辛かったけど、それでも不幸だけではなかった。
 だから、神様。いるのならどうか。
「私の幸運、全部。皆にあげてください」
 幸運でなくても、不幸せではないから。この先に不運しかなくても、これまで幸せだったから。
 奮闘している皆、帝国軍も連邦軍も、そうじゃない人も、精一杯戦っているから。戦えない人々を必死に守っているから。私の幸運が皆に降り注いでくれたら、私はそれで戦える。
「ユーゴくん、大丈夫だよ」
 この先で一人戦っている隊員の下へ、この巨大な獣を行かせはしない。
 どうか私の幸運で、彼の下へ援軍が辿り着きますように。
「私だって、やる時はやるんだよ!」
 祈りながら、槍を強く、強く握った。



【ユーゴ】

 背中を痛みが抉る。
 ファルクやアメリー隊長は大丈夫だろうか。基本的にはリアクターだから身体的な不調はない筈だ。
 今はまず、辿り着かなければならない。幸いにして、と言うべきか、獣の数は少なかった。他の所に行っているのではないかというのが不安要素だが。
 その不安を振り払って駆ける。
 レオとセリアを守れるならそれでいいと帝国に来た。――本当は、守るだけじゃなくて、一緒にいたかったと叫ぶ心に蓋をして。なのに、ここでも大切なものが出来てしまった。
 何度も、世界が壊れたような気がした。
 故郷を失った時。仇がすぐ近くにいたと知った時。幼馴染みと共に居られないと悟った時。仇が口を噤んでいた理由に気付いた時。忘れていた言葉を思い出した時。
 もう何を憎めばいいのかも分からなくなった。
 あまりにも大きすぎて。どこの国にも、それはあって。
 自分のしてきたことは、徒に誰かを傷付けただけではないかと、身動きがとれなくなってしまった。
「痛かったなあ、あれ」
 容赦なく蹴り飛ばしてきたのは、帝国で出来た大事な戦友。手を引いてくれたのは唯一の隊長。前を向けと叱咤してくれた上司。そして、いつの間にか届けられていた何通かの手紙。
……愛する者の為にこそ生きろ」
 それだけは、それこそが、幼い頃から変わらぬ正義で――愛する者は、二人だけからもっともっと増えて。
 ならば終わらせるしかない。どれだけ痛くても、罵られても、大切な人を守る為に。後悔も償いも全てはその後だ。
 眼前に崖が見えた。
「輝け、僕のエンブリオ!」
 痛みが激しくなる。構わず崖を走り抜けて飛び降りる。その勢いのまま、崖下の相手に一太刀を浴びせた。次いで、相手からの薙ぐような一撃をガードして、カウンターを喰らわせる。
 後ろから驚愕の声が上がる。振り向かず、僕は笑った。
「いくよ、レオ!」



――――

 ああ、と返事とも吐息ともとれる音が零れた。
 だがすぐに、その口は笑みを形作る。
「いくぜ、ユーゴ!」

 ――青い矢が目の前の相手を貫いた。

 並んで得物を構える。
 ずっと苛んでいた痛みが消えた。
 目の前の相手の圧が、まるで ほどけるように薄れていく。

「吼えろ、俺の」「煌めけ、僕の」
   「「エンブリオ!!」」

 マナが溢れる。
 続いて幾つもの矢が雨のように降る。
 縫い留められた相手に目掛けて、刀と長剣が同時に振り下ろされ。

 ――ここからだ。

 この瞬間、戦場で戦う者達の胸に去来したのは図らずも――同じ想いだった。