冬灯夜
2022-10-12 22:38:41
1931文字
Public ルミナリア
 

忘れえぬ理由

ルミナリア リュシアン+アウグスト+レオ
#ルミナリア版ドロライ企画【リュシアン】【ep2.忘れるな この想い】【再会】
未来の話 リュ+レオvsアウグスト

……先生」
 彼の姿を見つけた時、思わずそう零してしまっていた。
「お久しぶり、でもありませんね、リュシアンくん。レオくんも」
 炎の中、数多の剣戟の中、アウグスト・ヴァレンシュタインは何でもないように立っている。
 杖に禍々しいまでの赤と黒を宿して。
 艶やかな黒髪は灰色に染まって――或いは、色が抜け落ちて。
「あんたを止めに来た」
「それはそれは。如何にブレイズの新旧筆頭といえど、たった二人で何とも無謀なことです」
 アウグストは笑った。
 あの頃の笑みと同じ形で、全く違う感情を湛えている。
「私のやろうとしていることはご存じでしょう?」
「ああ。だから――
――だったら、止める必要などあるのですか? 故郷を焼かれた貴方達が」
 歩みを止める。レオは刀を抜こうとしていた手を止めた。
 アウグストは煤けたリボンを取り出す。
 ……ああ。見間違えなどしない!
 貴方は、そこにもいたのですね。

「あの子のことは、忘れてしまいましたか?」

 静かな声に、奥歯を噛みしめる。

「忘れられるわけがない」

 必死に立ち向かって敵わなかった己の無力さを。
 せめて彼女が逃げられたらと願って、叶わなかった絶望を。
 家族を奪われ、故郷が灰となった炎の光景を。
 それが祖国によるものだと知った痛みを。
「分かるでしょう。貴方が今いる場所も同じ所業を繰り返すと」
……そうですね」
 斜め後ろのレオの気配が揺れるのを感じた。
 彼は同じだ。
 故郷を奪われ、大切な人の尊厳を穢された。庇護者である筈の生国からその仕打ちを受けた。
「ならば。私のやろうとしていることは、貴方も共感できる道の筈です」
 アウグストは手の平を見せて伸ばす。
「一度だけ訊きましょう。共に、この仕組みを壊し、復讐を遂げませんか」
……先生」
 淡々と告げるアウグストに、彼の年月を見る。
 彼の内に燃え続ける、あの日の炎。
「僕は……ナハトガル村のことを忘れられません。家族がいて、幼馴染みがいて、先生がいた。穏やかに暮らしていた日々は、この上なく幸福だった」
 アウグストは目を細める。赤く染まった片目も同時に。
「それは奪われていいものではなかった」
「リュシアン先輩……
 後ろから、後輩の小さな声。レオの答えは分かっている。
 レオにとって、今の自分は不安に見えているだろうか。それとも信じてくれているだろうか。
 長剣を握る手に力が入る。
 ルチナの笑顔。彼女が最期にくれたもの。
 連邦での日々は、何もかもが違っていた。痛みを抱えながら、幸福だった時を永遠に喪失し続けながら、歩いてきた。
 けれど、そこには迎えてくれた家族がいた。
 弱さを抱えながら理想の騎士を目指し、支えてくれる副官殿。誰よりも志高く、対等にぶつかってくれるライバル。明るく前を向き、心を救い上げてくれる人。容赦なく、優しく、教え導いてくれる人。同じ痛みを抱えながら、正義を忘れない人。誰かを守る為にこそ強く在れる人。覚悟と慈悲をもって見続ける人。救いたいという想いで選択を続ける人。
 今、戦い続けている大切な人達。
「先生」
 胸を掴む。
 騎士学校の一角で、根付いた林檎の木。咲いた花。実った林檎。それを食べて、笑ってくれた大切な人々。
「“ここ”にも、幸福と優しい日々が在るんです」
 今、まさに燃え盛っている所にも。
 これからアウグストが壊そうとしている仕組みの中にも。
「レオさん。貴方は分かってくれる筈です。私達が得たものがどれほど得難いものか」
……はい!」
 力強く、深く、心からの声でレオは答えてくれた。
「私は忘れない!! この日々をくれた大切な人達のことを! 私達が知らない誰かにもその日々が在ることを!」
 下げていた長剣を、真っ直ぐアウグストに向ける。
「だから、僕は。私は――貴方を止めます。アウグスト・ヴァレンシュタイン」
 アウグストは白く染まった髪を揺らし、赤目が強くこちらを射貫く。
「そうですか。それは残念です」
 心から残念だ、という声色のどれほどが、彼の本心だろうか。
 彼は、どれほど残っているのだろうか。彼に伝えることが出来るだろうか。
 残っていたとして、きっと言葉だけでは彼の炎は消せない。
 だけど少なくとも、彼の内だけでなく外の全てを薪としてくべるのだけは止めねばならない。
「力を貸してください、レオさん!」
「あったりまえですよ、リュシアン先輩!」
 レオが隣に並び立つ。こんなに心強く、頼もしく思えることが嬉しい。
 アウグストがゆらりと杖を眼前に構える。

 ――一瞬で吹き荒れた圧と共に、戦いは始まった。