冬灯夜
2022-10-06 22:55:37
3832文字
Public ルミナリア
 

菓子行脚

ルミナリア バスチアン+帝国勢
#ルミナリア版ドロライ企画【バスチアン】
お菓子を配る黒狼将

 帝都ハイガルデン。リアクター技術によって急速に発展した街は、多くの人が行き交っている。その喧騒と、己に向けられる畏怖の視線の中を泳ぎながら、バスチアンは一つ考え事をしていた。
 この手の中にある大量の菓子をどうすべきか、と。
 いつものように制圧任務を終え、帝都へ戻る道すがらのことだった。大きな荷物を抱え、獣の群れに囲まれている一般人と傭兵を発見し、獣を掃討した。営業と仕入れの帰り道だったという男は、偶然にもバスチアンを知る菓子屋の主人で、甚く感謝をされた。どうしても礼をしたいという主人に店に連れていかれ、渡されたのが大きな二つの紙袋だった。
 シェオーの出身だという男の店には故郷の菓子があり、だからというわけではないが時折足を運んで任務の合間の補給としていた。
 また来てくださいと送り出されて、さてこの量をどうしようか、と先の思考に戻る。
 中身はバスチアンがよく購う、持ち運びと保存に優れた雷光りんごの羊羹が一袋。もう一袋は試作品として大量に作られた琥珀糖。色とりどりのそれは贈答向きで、是非組み合わせや味の感想を、と言われてなるほど商売上手とはこういうことを言うのだな、とバスチアンは一人納得していた。
 日持ちするとはいえ、ずっと自室に置いておくわけにもいかない。バスチアンが自室にいる時間は長くはないのだ。今日で食べきるには、少々糖分が多すぎる。
 ……となれば、糖分が必要な者に渡せばいいのではないだろうか?

「コクローのおっさん!」
 その思考に至った時、ちょうど広場に差し掛かった所で城の方から声を掛けられた。
「ファルクか」
 金と黒の交じった髪を揺らして、ファルクが駆け寄って来た。
「おっさん、今日ヒマあるか? また手合わせしてくれよ! 今日は新技もあんだぜ」
「すまないが、報告の後、すぐに別の任務に出ることになっている」
「何だよ、つまんねーの」
 期待に満ちた顔から一転、ファルクは拗ねた顔になる。常に勝ち気で狂犬と揶揄されるファルクだが、感情も表情も動かないバスチアンにとってはくるくると変わる表情は実に眩しいものだった。
「ファルク、甘いものは食べるか?」
「あ? まあ、ありゃあ食うけど」
「そうか」
 二つの袋を漁り、羊羹と琥珀糖の詰め合わせを三つずつ取り出す。
「では、三人で食すといい」
 ファルクとユーゴと、彼らの隊長の分。ユーゴが狼将補となる以前は三人で任務をしていた筈だと会話を思い出す。
「は? 何だそりゃ」
「貰い物だが、量が多い。それに甘味は任務の合間の補給にもよい」
「オレは肉食いてえけどな」
「食べなければ適当に分けてくれ」
「食わねえとは言ってねえよ!」
「そうか。ではな」
 六つの菓子を受け取ったファルクの「次は手合わせしてくれよ!」の声を背中に、バスチアンは城へ入っていった。

 入って少し、何やら廊下の一角が遠巻きにされている。
「だから赤猫! 貴様の悪趣味にユーゴを巻き込むな!」
「あぁら任務よぉ? ああでも、この子が白犬みたいに尻尾振るだけのワンコなら白犬の任務にお似合いかもねえ?」
「き、さ、ま……!」
「あの、僕はただ任務に帯同をですね……
 言い争いをしているラプラスとアレクサンドラ、仲裁しようとしているユーゴだった。
「あ、バスチアンさん!」
 助けてください、とありありと顔に書いてあるのが、珍しくバスチアンにも理解できた。
 ユーゴの声に、ラプラスとアレクサンドラがこちらを見る。
「バスチアン、戻ったのか。おかえり」
「ああ」
 言いながら、羊羹と琥珀糖の詰め合わせを取り出す。まずはラプラスに一つずつ。
「何コレ」
 アレクサンドラには……数もあることだし、とりあえず三つずつを渡す。
「お、おお? 貰っていいのか?」
 唐突に菓子を渡されたラプラスは胡乱な目になり、アレクサンドラは顔を輝かせる。
「ユーゴ。お前の分はファルクに渡してある」
「は、はい。ありがとうございます……?」
 ユーゴは首を傾げる。ではな、と踵を返しかけた所でラプラスに捕まった。
「ちょっと、だから何なのよコレ」
「雷光りんごの羊羹と琥珀糖だ」
「物の名前訊いてるんじゃないんだけどぉ」
「ふむ……どっしりとして実に美味そうだ。こちらの琥珀糖というのも美しいな。補給にもよさそうだ」
 そうだろう、とバスチアンは頷いた。やはり食事に関してはアレクサンドラは一家言ある。
……ガラスみたいね」
「そうですね。綺麗だ」
 何故かラプラスが舌打ちでもしそうな気配を醸し出すが、すぐに霧散した。
「貰い物だが、量が多いので貰って欲しい。用件は以上だ」
「ありがとう、バスチアン」
「ありがとうございます」
「ま、貰っておくわぁ」
 三者三様の言葉を貰い、バスチアンは上階を目指す。背後から再び言い争いの気配がしたが、先程よりは尖ってはいないので、構わないだろう。喧嘩するほど仲がよい、というのはどこの諺だったか。

 一つ上の階で、書類を抱えた青髪の軍人がバスチアンを目に留めると、さっと端に寄って敬礼をした。同時に書類がばさりと落ちる。
「あっ」
 足元に飛んできた書類を拾う。
「わ、わ、申し訳ありません! ありがとうございます!」
「確か、アメリーだったか」
「ひょえ!? は、はい、小官はアメリー・ロランス少尉です、閣下!」
 慌てて敬礼するアメリーの手から再度書類が落ちそうになるが、今度は何とか手の内に留まる。
 ロランス隊は、ファルクとユーゴを擁する隊だ。アメリーと話したことは少ないが、あの二人の隊長としてやっていくだけのことはある、と妙な感心を覚えたことがあった。
「アメリー」
「はいっ」
「ファルクに甘味を預けている。三人で食すといい」
「はい! ……はい?」
 ぽかん、としたアメリーの手に書類を乗せ、バスチアンは立ち上がり、歩き出した。
「あ、ありがとうごいます!」
 アメリーの元気な声に背を押され、角を曲がる。

「おや、バスチアンの旦那」
 階段に差し掛かろうという所で軽い調子の声がした。
「任務帰りですか。お疲れ様です」
「ああ」
 ファルクやユーゴとは別の意味で、気楽に声を掛けてくるのは、ガスパルという男だった。へらりと笑ってすれ違おうとした所に、羊羹と琥珀糖の詰め合わせを一つずつ差し出す。
「っと。こりゃ、シェオーの菓子ですか?」
「ああ。よく分かったな」
「最近の流行ですよ」
「そうなのか。では、食すといい」
「あ、頂けるんで。しかし何でまた……
「貰い物だ。日持ちもするようだから、食べなければ土産にするといい」
 琥珀糖を透かして見るガスパルにそう言うと、一瞬ガスパルは眉をひそめた。土産っつってもなあ、と呟くのが聞こえる。
「まあ、折角の黒狼将様のお心遣い、ありがたく頂戴しますよ。それじゃあ俺はこれから任務なもんで」
「ああ。ではな」
 ガスパルには誰か土産を渡す人物がいるのだろうか、と渡してから思ったが、受け取った以上はどうとでもすることだろう。

 階段を上って奥の立派な扉の前に立つ。ノックをすると、どうぞ、と落ち着いた声が返って来た。
「アウグスト、報告に来た」
「ああ、おかりなさい、バスチアン」
 凡そは聞いていますよ、とアウグストは応接用のソファを勧めたが、断って机の前に立った。簡単に任務の達成状況を説明してから、机の上に菓子を置いていく。
……これは? 任地にこんな菓子などありましたか?」
「いや、貰い物だ」
 羊羹を二つと琥珀糖の詰め合わせを一つ。
「林檎の入った羊羹ですか。それにこれは……
「琥珀糖という。店の主人は、子供に人気だと言っていたな」
……そうですか」
「お前は書類仕事が多い。頭を休めるにはいいだろう」
「そうですね。ありがとうございます」
 アウグストは小さく微笑んだ。
 次の任務の説明を受け、出立まで少々時間があるとのことだったので、バスチアンは一度自室に戻ることにした。
「では、また任務終わりに」
「ええ。お気を付けて」
 大きくずっしりしていた紙袋は小さく萎み、片手で運べる大きさになっていた。

 自室で残りを取り出してみれば、ちょうど羊羹と琥珀糖の詰め合わせが一つずつだった。
 次の任地に行く前に、食事代わりになるだろうと羊羹を齧る。
 どっしりとした豆の甘さに、林檎の甘味と酸味がほどよく、噛み応えもあって一つで充足する慣れた味わい。疲労した身体を休めるのも任務の一つで、それには適したものだとバスチアンは思う。
 一方の琥珀糖は一つ一つが小さく、口に含めばあっという間に食べてしまう。だが何人かが綺麗だと言っていたように、きっと目を楽しませるものなのだろう。バスチアンとしては持ち運びのしやすさと食べやすさは悪くないと思う。
 こちらの詰め合わせは、何となく取っておくことにした。帰ってきたらまた食べればよい。
 あれほど大量と思われた菓子は、こうしてちょうどよい量になった。
 あの店主には感謝せねばならないな、と菓子を渡した面々を思い浮かべ、バスチアンはもう一つ、紫色の琥珀糖を口に含んで、目を閉じた。






 後日、店主に頼まれていたからと、律儀に菓子を渡した面々に感想を聞いていく黒狼将に、各自の苦笑や笑顔が絶えなかったという。