冬灯夜
2022-09-22 22:16:41
2613文字
Public ルミナリア
 

生きる

ルミナリア シャルル独白
#ルミナリア版ドロライ企画【シャルル】【ep.2器の中身】
・岩盤崩落事故の辺りを何となく想定してもらえたらと

 早く。早く合流しなければ。
 シャルルが真っ先に思考するのはただ一つ。



 お嬢様、ご無事でしょうか。無事に決まっている、お嬢様なのだ。
 何があろうと切り開き、前へ進む。それが一つも苦でないように笑う、ボクのお嬢様。
 きっとお嬢様は前に進まれている。だからボクも進まなければ。
 ああ、でもあのヤントベル村の像の男。あれがお嬢様と同じ方向に分断されたのがちらりと見えた。ならばお嬢様は一人ではない筈だ。
 そのことに少しだけ安堵の息を吐き、次いで目を吊り上げた。
 あの男、温泉の妖精の分際で。そんなのじゃないと喚いていたが、お嬢様がそう言ったならそうなのだ。ナントカという騎士のことを言っていた。騎士の名を唱えながらお嬢様に掠り傷の一つもつけようものなら、絶対に許さない。
 早くお嬢様の下へ。



 リディ。ボクより体力がないのだから、へばっていないだろうか。ただでさえここら辺の道は険しいのに。ボクの身体を無遠慮に検査したりと知的好奇心の赴くまま行動力はあるが。
 エドは近くにいるだろうか。全く護衛のくせにちょくちょく護衛対象の傍を離れるのだから、こんな的外れな心配をしなければならない。ここでもしリディを一人にしたなら、本当に護衛失格だ。
 心配? いいや、心配はしていない。
 もしも二人に何かあればお嬢様が悲しむから、それを危惧しているのだ。そんな危惧を持たねばならない程、あの二人は危なっかしい。実際、リディは一度誘拐されたではないか。勿論、お嬢様の大活躍で無事に取り戻し、こうして旅を続けているけれど!
 そう、それに前にもあの軽薄で胡散臭いアゴヒゲ男を「悪い奴かもしれないけど、信用はしてる」だの「まあ……一応、借りも貸しもあるからな」だの。人を見る目がないんじゃないか。お嬢様に害を及ぼそうとしたらどうするつもりなのだ。もちろんボクが守るが、お嬢様の身の上は利用されやすいものなのに。
 ……お嬢様の素性を知って、エドの素性も知って、その上で「オレ達の間には関係ない」と言ったことに関しては評価してやらなくもない。お嬢様が思わず泣く程に気にしていたから。



 ラウル。
 ……ラウル。
 何を考えている。ボクたちを、お嬢様を裏切るような真似を。
 いいえまだ分かりませんわ、とお嬢様は言うだろう。実際、はっきりとしたことは分からない。ただ、ラウルがこの最中にボク達を置いていったこと、或いはこの事態を引き起こしてまでボク達から離れていったこと、どちらかは確かだ。
 一体いつから。どうして。お嬢様以上に、ボク達の旅以上に大切なものがあるというのか。
 何故かリディの「まずは事実確認」とエドの「とりあえず捕まえてから考えろ」という声が浮かぶ。
 それはその通りだ。裏切ったのかそうでないのかに関わらず、お嬢様を混乱させ悲しませた罪は償わせなければならない。その為にはまず、捕縛だ。



 ぎしりと身体が軋む。岩の欠片で少しダメージを受けた。

『お嬢様をお守りできないなら意味はないだろう?』

 うるさい。そんなのボクが一番分かってる。
 僕はお嬢様の為に在って、お嬢様の全てをお守りする為にいる。

『なら、どうして余計なことを考えている?』

 だって彼らに何かあったら、お嬢様が悲しむから。
 危険も顧みず救いに行こうとするから。
 だから無事でいて欲しいのだ。

『お嬢様にはボクがついていればいいのに』

 そうだったらどんなによかったことか!
 でも、お嬢様は世界を知った。いつかボクを置いていくかもしれないと不安に駆られたことがあるくらい、お嬢様は広い世界に喜んで、慈しんだ。
 でも、お嬢様は、ボクが望むなら置いてなんかいかないと仰ってくださった。
 だからボクは、お嬢様の愛する世界を、お嬢様の大事な仲間を、簡単に失わせやしないのだ。

……ほんとうに、お嬢様の為だけ?』

 それを最後に“ボク”からの声は途切れた。
 起動時以外に出てくるなんて、やはり身体のダメージのせいか。
 ポーンを幾つか生成しておく。獣に気付かず不意打ちでも受けては堪らない。
 お嬢様の為。
 そうに決まっている。

『何者でもなき者よ』

 獅子の声が甦る。
 何も思わなかった。真の意味で生きる、など。お嬢様の為に在るのだから、どうだってよかった。
 ならどうして、あんなに正義という言葉に引っかかったのだろう。
 ……どうして、こんなに、彼らのことを考えてしまうのだろう。

 道を塞ぐ岩盤をポーンを集中させて破壊する。
 お嬢様なら華麗に一刀のもと斬り捨てるだろう。リディなら反動の大きな弾で。エドなら、ラウルなら、……
 知るべきだと言われた。自らの力も知らないままなら、お嬢様を傷付けるかもしれないからと。
 それはボクの為に言ったのだと、今は分かる。分かってしまう。
 ああ。
 こんなの、不要なのに。
 彼らはお嬢様が必要としているから、その為だけでよかったのに。
 これが、獅子の言う生きるという意味なのだろうか。
 これまでお嬢様の為と言う言葉で、その先を考えることはしなかった。必要なかった。
 ボクの存在意義を揺るがす者達。
 考えるべきだ、と思う。

 揺るがされても尚、ボクは存在できるのか。

……できる」

 ボクは、今、ここにいるから。
 ボクがいなくなっても、お嬢様はいるから。
 ボクがいなくなって、悲しむ人がいるから。
 ボクは。
 彼らと生きたいから。
 ああ、矛盾してる。ボクがいなくたって“ボク”がいるのに。
 生きたい。行きたい。この旅路を。道行を。
 造られた理由なんて、お嬢様をお守りする理由なんて、始まりがなんだって、どうだって!
 そんなものに、お嬢様を想う気持ちを止められやしない。彼らを想うことを心と呼ぶならば。ボクは、この器は、いま満ち始めているのだ。

「アナマリアお嬢様」「ラウル」「リディ」「エド」

 口角が上がる。
 まるでひとのように。

 さいわいなど知らない。
 だから願うのは、どうかお嬢様が、彼らが――ボクがボクでない何者かに成ったとしても、ボクを覚えていて、と。
 ただそれだけだ。



――シャルル!」

「お嬢様!」


 ボクを呼ぶお嬢様の声に、ボクは大声を返して走り出した。