冬灯夜
2022-09-06 21:24:32
2835文字
Public ルミナリア
 

パタラに乗った王子様

ルミナリア エドリディ
#ルミナリア版ドロライ企画【エドワール】【ep3.一夜限りの王子様】
もう少し冒険が進んだ頃、ピンチに陥ったリディ(リディ視点)

 やらかした、とリディは歯噛みした。
 周囲は既に囲まれていて、じりじりとその距離を詰められている。
 根本的な原因は無論、“敵”に捕らえられたこと。だが、まずかったのは、一人で脱出しようとしたことだ。
 縛られ、武器とリアクターを取り上げられ、いかにも仮拠点といった雰囲気の空き家に放り込まれた。そこで隙を見て縄を切り、武器を取り返したまではよかった。だが、敵の数を見誤っていた。
 結果、空き家の外に脱出したものの、こうして包囲されている。
 弾は幾らか使った。ここまで詰められればチャージするまでは到底待ってもらえない。かと言って単発の玉では誰かを撃つ間に別の誰かに捕まってしまう。
 一斉に飛び掛かって来ないのはリディにまだ隠し玉があるのではないか、という警戒故だろう。ここで油断してくれるような奴らなら、まだどうにか出来たかもしれないのに。
 ……やらかした、とリディは再び噛みしめる。
 一人で何とか出来る。出来なければ。それがどれだけ不利か分かっていたから、信頼出来る護衛を雇ったのに。いつの間にか同行者が増えて、それに慣れて――慣れたことに焦りを覚えていた。
 ラウルのような体力もない。アナマリアのような心底からの前向きさもない。シャルルのような源獣に干渉する力もない。――エドワールのように、強くもない。
 一人では、旅が出来ない。
 リディが始めた旅なのに。
 一人では出来ないなど、父の追手を撒く中で、エドワールと砂漠を越える中で、とっくに認めていた筈なのに、今になってそれではいけないと焦ってしまっている。自分の中の矛盾が、自分を狙った敵への対処を鈍らせてしまった。意地を張ってしまった。
「武器を捨てろ」
 短く告げられる。
 ここで再び捕まれば、今度こそ脱出の機会は消えるだろう。けれど捨てずにいても、どうにも出来ない。
 じり、と包囲が更に狭まる。
「もう一度だけ言う。捨てろ」
 いやだ。諦めたくない。こんな所で、旅を終わらせたくない。
 じゃあどうする。どうするの。
…………たすけて」
 零れ落ちたのは、誰にも聞こえない、小さな弱音だった。
 子どもみたいだ、と自嘲する。……子ども、だった。どうしようもなく。
 だというのに。
「うわ!?」
「ぎゃあ!」
 包囲の端から悲鳴が上がる。
「何だ……ッ!?」
 砂埃を上げながらパタラの脚が敵を蹴散らし、
「リディ!!」
 パタラの上から、手が伸ばされた。
 その手を掴む。
「エドっ!」
 持ち上げられたと思った次の瞬間には胴体を支えられ、一息の間にパタラの上に乗せられた。
「無事か」
……ええ」
 ――本当に、この人は。どうしてこういうタイミングで、拾ってしまうのだろう。
 重い、とでも言いたげにパタラは一鳴きした。エドワールがそれを宥めるように手綱を操る。
「遅くなってすまん」
 きっとエドワールは、そうね、なんて答えを予想していたのだろう。護衛のくせに離れないで、とか。
 けれどリディは咄嗟に答えることが出来なかった。
……リディ?」
「遅くなかった」
 自分が待てばよかったのだ。そうすれば多分、もっと安全な作戦が取れた筈だ。
 エドワールの服や腕に残る新しい傷を見ながら首を振る。
「いや……だが」
「アナマリア達は?」
「こいつの調達や列車の手配、聞き込み、足止め、まあ色々……だな。今、合流場所に向かってる」
「そう。……迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑だとかじゃない。リディが心配だからだ」
 再び言葉に詰まる。
 だってこの旅はリディが始めたのだ。そこにエドワールを巻き込んで、偶然アナマリアとシャルルとラウルと出会った。だから、いつだって解散したっておかしくない、頼りない繋がりで。
 ――ああ。だからか。
 いつまた一人になってもおかしくないのに、すっかり五人で過ごすのに慣れて、怖くなった。一人になってしまうことにも、自分が彼らの役に立てなくなってしまうことにも。
……チッ、しつこいな」
 エドワールが後方を見、舌打ちする。
 追手は見たことのない、小型のエンジン付きの乗り物を駆り出していた。煙を吐き出しながら走るそれは、列車の小型版のようでもあった。
 さほど速度はないようだが、こちらのパタラも二人乗りで速度が落ちている。
 エドワールは撒き方を思案しているようだが、リディは狭いパタラの上で向きを変えた。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫。それよりあいつらを蹴散らす方が先」
 銃を構えたリディの背に、咄嗟にエドワールが片手を回す。
「反動くるから、……支えてて、エド」
 いつか、やっぱり、一人になるかもしれない。
 ――でも今は、一人じゃない。
 一人で出来ないことは二人でやればいい。二人でもだめなら、三人、四人、五人で。
 だから、どうか。頼らせて。
……ああ」
 ぐ、とエドワールが腕に力を籠める。
 チャージ。セット。
 放たれた銃弾は、違うことなく乗り物に命中し――二人乗りのパタラは、一気に追手を引き離した。





 パタラを気遣い、エドワールは少し速度を緩めて走らせる。合流場所へはもう少しだろう。
「エドってパタラ乗れたのね。マイシュでも乗ってたの?」
「まあな。普段よく乗ってたのは寒さに強いヤツだが、他国で乗る機会もあるかもしれないからとパタラも訓練だけはしてた」
「パタラに乗った王子様、ね」
 頭上で小さくため息の音がする。渋面が見えないのにありありと見えた。
……童話みたいないいもんじゃない」
 それは上下するこの乗り心地のことなのか、自分のことなのか。
 後者だろう、と簡単に予想のつく辺り、生きづらい性格をしているとリディは思う。
 少々の口の悪さなど問題にもならないくらいにお人好しで、巻き込んだリディのことを仕事だからと放り出さずにいて、何かあれば真っ先に自分が危険に飛び込んでいく。
 ……口の悪さはもっと酷いのが近くにいるというのもあるけれど。
 本当によくこれまで生きてこれたものだと思う。――よく、生きていてくれたと思う。
「エド」
「何だ、リディ」
……ありがとう」
 助けてくれて。頼らせてくれて。一番最初に名前を呼んでくれて。
……護衛だからな」
「そうね」
 だから、リディも誓う。
 雇い主として、仲間として、この不器用な王子様を助けると。
 そして、リディを助ける為に奔走していたあの三人を。

「あっ、リディですわ!」
「リディ!」
「リディちゃーん!」

 遠くから声が聞こえる。とてもやかましい。
「エド、返事してあげて」
「自分でしたらいいだろ」
「エドの方が声大きいでしょ」
「あのな……そういうのは護衛の仕事じゃない」
 パタラは軽快に走る。
 声はどんどん近付いてくる。
 その騒がしさにほっとしている自分自身を、今のリディは受け入れていた。