冬灯夜
2022-09-01 23:07:26
4462文字
Public ルミナリア
 

甘いものはお嫌いですか

ルミナリア セリアとラプラス
#ルミナリア版ドロライ企画【ラプラス】【宝石】
・ユーゴ亡命後 ハザールで偶然出会った二人
・サンカラグラスの性質は捏造

 ルディロームに世界各国のお菓子を扱う店が出来た、とは聞いていた。ちょうど遠出の任務中だったし、混んでいたのもあって、私がそこを訪れたのは開店して暫く経ってからだった。人出も随分落ち着いていたので、逆によかったかもしれない。
 シルヴェーアのお菓子は馴染み深く、ああ小さい頃よく食べたな、なんて思い出したり。柔らかそうなアムル天将領のお菓子は、これをミシェルやイェルシィさんは食べて育ったんだな、なんて思ったり。
 そうして楽しみながらゆっくりと店内を回っていると、きらきらしたそのお菓子に目を奪われた。
「わあ……綺麗」
「よろしければ、お味見してみませんか?」
「え、いいんですか?」
 よっぽど食いついて見えたのか、声を掛けてくれた店員さんの厚意にあやかって、薄紅色の欠片を頂いた。
 甘くて、噛むとさくりとした表層のすぐ下に柔らかな食感がある。シェオーのお菓子だそうだ。
「琥珀糖というんですよ」
「素敵な名前ですね」
 色とりどりのそれは名前と相俟って、宝石のように煌めいていて、とても美しい。
 本物の宝石なんて見る機会もそうないけれど。
 ふと、ハザールでの任務の合間に見たサンカラグラスのことを思い出した。そこで再び出会った人――ラプラスさんのことも。



 ハザールでの任務を終え、せっかくここまで来たのだからと帰還前にテル・テペ市場を覗くことにした。幸い時間には余裕があったし、連邦の台所と言われる市場を見ないでいるのは勿体ない。
 実際に見てみれば、ルディロームのマーケットとは規模が違う。内容もルディロームは生鮮食品が大半を占めているのと比べると、装飾品や土産物、外向きのものも多い。波々斬ノ国と少し似ている。つまりは生活に根差した市と、商業そのものを目的とした市の違いなんだろう。
 その中でも普段なかなかお目にかかれないもの――珍しい装飾品やハザールならではものを中心に見て回っていると、綺麗な石に目を惹かれた。
「お嬢さん、観光かい? それならこのサンカラグラスのペンダントなんてお勧めだよ!」
「サンカラグラス?」
 名前だけは授業で聞いたことがあった。ハザールでしか採れない希少な天然石だ。実物を見たことはなかったので、足を止めてまじまじと観察する。
「そう、綺麗だろう? 本当はもっと値が張るんだが、うちは小さいのや形の歪なものを安く仕入れてお値打ち価格で提供してるのさ」
……サンカラグラスって、こんなに透明度高いんですか?」
「そうさ! ちゃんと磨いてあるからね。手に取ってもいいよ」
 店に並べてあるのは、色とりどり、形も様々で、一様に半透明のものだった。丸いものに穴をあけて紐を通したブレスレット、イヤリングに加工したもの、ブローチにしたもの。
 確かにちょっと頑張れば手が出せなくはない値段だったけれど、本当にこんな似たような透明度なんだろうか、と少しだけ疑問に思う。
「二、三個まとめてどうだい? もう少しお安くするよ」
「あぁら、本当ぉ?」
「え?」
 考え込んでいた私の背中に、のす、と重みが掛かる。
 聞き覚えのある声に振り返れば、至近距離で紅紫の目と目が合った。
「っ貴女……!」
 にんまりと彼女――ラプラスさんは笑うと、紐と紫色のサンカラグラスのブレスレットを一つ手に取る。
 ここでヤるつもり? と小さく囁かれ、咄嗟に弓に伸ばした手が止まった。
「サンカラグラスねえ。アタシの知ってるのと随分違うわぁ」
「そ……そりゃあ、そういう、あんまり値の張らないものを仕入れてるからで」
「サンカラグラスってぇ、石、よねえ?」
 ぽいっと無造作に投げ渡された。慌てて空中で掴む。ついでにそのまま光に通してみる。
 綺麗は綺麗、なんだけど。
「源獣のマナによって出来た石だから、他のものよりマナに親和性高いのよね、サンカラグラスって」
 右目でじっと見つめる。……うん。
「マナの流れ、普通ですね……
 ただの石や物と同じ。サンカラグラスがラプラスさんの言う通りのものであれば、少しは流れが違って見える筈だ。
……やっぱり見えるのね」
「え?」
 呟きがよく聞こえなくて聞き返したが、ラプラスさんは先程と同じように笑うだけ。
 一方、店主に目を向けると、今にも舌打ちしそうな顔でこちらを見ていた。
「ただのガラスにしては、随分お高いわねえ?」
 ガラス。ガラスかあ。そっかあ……
「チッ、分かったよ好きなもん持ってきな! 商売の邪魔だ!」
 愛想のよさをかなぐり捨てた店主は吐き捨てる。
「商売って、これ詐欺じゃ」
「いらないわよ、こんなやっすいオモチャ」
 鼻で笑ってラプラスさんは私の背中からどいた。去っていく彼女と店主の間で視線を往復させる。
 私は咄嗟に手に持ったものと同じブレスレットの蒼を取り、代わりに適正と思われる金額を置いて、ラプラスさんを追いかけた。
「毎度!」
 ヤケクソらしき怒鳴り声を背に、ゆっくりと歩いていたラプラスさんに追いつく。
「あの」
「なぁに、セリアちゃん。ちなみにアタシ、今日は狼将のお仕事お休みなの」
「そ、そうですか……
 こんな市場のド真ん中で、しかも一人で狼将相手に戦おうなんて無謀もいい所なのでよかったといえばよかったのだけど、ブレイズの一人としては忸怩たるものを覚える。
「あのお店、どこかに詐欺だって訴えないと……
 呟くと、ラプラスさん――つい今もさん付けしてしまう――は笑った。
「あはぁ。そんなの、そこらであの店はガラスを高値で売り付けてるって話してやればいいのよ。噂なんてあっという間に広がるわぁ」
 ……なるほど。被害者が出なくなるなら、それでいいかな?
 ラプラスさんは、私が握りしめていたブレスレットに目をやった。
「そんな子供騙し、何の価値もないわよ?」
「それは分かってるんですけど……綺麗だったので」
 蒼と紫のガラス玉。サンカラグラスでなくとも、綺麗だと思った最初の気持ちは変わらない。詐欺は頂けないけど。
「あっそ。好きにしたらぁ? お似合いよ」
 子供騙しの偽物が私の価値だ、と言われているのだろう、これは。
……ガラスでも、綺麗なものは綺麗ですよ」
 反論にもならない反論をすれば、ラプラスさんは口許を歪めた。
 するすると人混みを抜けて、広場に辿り着く。その片隅で、ラプラスさんはようやく私の眼を見た。
「ねえ、セリアちゃん」
「は、はい」
「見えてても、見えてるだけなら、アナタってその眼の付属品じゃなあい?」
 ――今度こそ反論が思い付かなかった。

 何も出来なかった。
 去っていくユーゴを止められなかった。
 レオはあんなに傷だらけになっていたのに。

 一度は決意した筈なのに、一つも実行に移せなかった。
 このブレスレットもそう。
 ちゃんと知識があれば、なくてもちゃんと見ていれば、偽物だということに気付いたのに。
 黙り込んでしまった私に、ラプラスさんは蠱惑的な笑みを浮かべた。
「そういう顔、お姉さん好きよ?」
……趣味、悪いですね」
「そんな取って喰われそうな顔してる方が悪いわぁ」
 どんな顔。何だろうこの性質の悪い人。
「じゃ、アタシ、用があるから。またねぇ」
「っラプラスさん!」
 思わず裾を掴んで引き留めると、ラプラスさんは律儀に止まる。
「なぁに? そんなにヤりあいたいのかしらぁ?」
「今は遠慮します。そうじゃなくて、これ。持って行ってください」
 蒼いガラスの付いたブレスレットを差し出す。
「波々斬の時も、結局そのままお別れだったので」
「だからぁ、アタシはいらないのよ、こんなもの」
「捨てても構いません。――誰かにあげても」
 必死に言い募ると、ラプラスさんの目が少し鋭くなった。
「ふぅん。アタシを使いっぱしりにしようってワケ」
「私が押し付けたものをどうしようがラプラスさんの勝手ですよ」
 きっと捨てられる。情なんて期待してない。
 一縷の望みに賭けなければならないくらいに、その距離は遠い。
「ま、いいわ」
 あっさりと蒼いガラスはラプラスさんの手に渡った。
「ありがとうございます」
「一回貰ってあげるだけよ。その後は知らないわ」
「はい」
 ラプラスさんの手の中に、蒼いガラスがある。それが何故だか、安堵するような、落ち着かないような、不思議な気分にさせられる。一方で、私の手の中には紫のガラスがある。透き通った、尖った形とも雨垂れの形ともいえる、紫色のガラス。
……私、やっぱり、綺麗だと思うんです」
「何の価値もないわよ」
「偽物でも。……いえ、これは“サンカラグラスの偽物”じゃなくて、“私が綺麗だと思ったガラス”なので。そのことに、ラプラスさんが価値を感じなくても、いいんです」
 ラプラスさんはじっと私を見る。
 私もじっと見返す。
 ……綺麗な目をしている。本当に宝石のような。
「はーあ」
 ラプラスさんは大きくため息を吐いた。
「セリアちゃんってば、本当アタシの気を削ぐの上手いわね」
「そ、それはどうも……?」
「おんなじくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたいけど」
……ソウデスカ」
 正直に言うと、どっちも理解出来ない。自分の何がラプラスさんにそう感じさせているのか全然分からない。
「じゃ、次は戦場かしら」
「そう、でしょうね」
 にこり、とラプラスさんは綺麗に笑う。そのまま踵を返し、髪を揺らしながら人混みに消えていった。
 大きく息を吐き出す。
 一人で赤狼将の相手が出来ると思っている程、自惚れてはない。緊張した。
 自分の手に残った紫のガラスを見る。……やっぱり綺麗な色だと思った。



 琥珀糖を何種類か包んで貰って店を出た。
 高温では長持ちしませんのでお気を付けて、と言い添えられて渡されたガラス瓶には、コルクで蓋がされている。
 ラプラスさんとは幾度か見えた。その度に戦ったり、のらりくらりと躱されたり、掴み所がない。やる気がないようにも見えて、何かの為に戦っているようにも見える。気まぐれに足蹴にしたかと思えば、助言めかして抉る言葉を投げつけてくる。
 ……嫌な女の筈なのに、どうして嫌いだとは思えないのだろう。
 よく、彼女を“見る”ようにした。もう少しで何かが見える、ような気がする。
 ガラス瓶を陽に透かすと、半透明の影と表面の結晶が煌めいた。
 これは宝石じゃない。
 けれど甘く、人を癒す。美しく、目を楽しませる。
 あの時の蒼いガラスは、どこに行っただろう。打ち捨てられたか、誰かの手に渡ったか、それとも彼女自身が今も持っているのか。
……いっか。どこでも」
 いずれまた、会うだろう。私がこの眼を持つ限り。
 青い琥珀糖を取り出す。
 口に含んだそれは、やはり甘く、ラプラスさんは果たしてこれを安い菓子だと言うだろうか、なんて詮のないことを思った。