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冬灯夜
2022-08-25 21:47:54
4987文字
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ルミナリア
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信頼の花
ルミナリア ガスリゼ風味(友情出演レオミシェ)
#ルミナリア版ドロライ企画【ガスパル】【ep2.信頼の証明】【花】
リゼットから見たガスパル
ブレイズの教官である自分には、専用の教官室がある。
ブレイズが学生ながら軍の任務に当たる為、機密に触れることも多く、その保持の為の処置だ。一般の学生達への授業もあるから共通の職員室も利用しているが、頻度としてはやはりこちらが多い。
今朝も鍵を開けて入り、いつも通りに机の引き戸を開ける。
薄紅の花が二つ、ころりと転がっていた。
グラジオラス。ガスパルが連絡に使う花なので、その名はすっかり覚えてしまった。指定された時刻ならちょうど授業はなく、遅い昼食の時間に出来る。
持ち込んだ水差しから口の広いグラスに水を注ぎ、花を浮かべ、棚の上に置く。すっかり習慣になった行動に、今日の買い物に追加を決めて、書類に向かった。
「はい、リゼット教官。コーヒーの容器は持ち帰り用のでいいのよね?」
「ありがとうございます」
食堂でハードサンドとカツサンド、コーヒーの入った紙袋を受け取る。
「今日はちょっと遅かったものねえ」
食堂を仕切る女性は笑う。騎士学校という身体が資本のこの場では生徒も教員もよく食べるので、何の疑問も持たれない。
身体には気を付けるのよ、との言葉に会釈して、聖堂の裏手に向かった。
ここは鬱蒼としている。源獣アグライアとの距離が近いといえば近いが、それなら聖堂内の方がよほど姿を感じやすい。故に人はあまり来ず、静かだった。
古ぼけたベンチに座り、書類を広げ、カツサンドを取り出し、いただきますと呟いて、
「よう」
近くで聞こえた声を無視して一口、齧る。
「美味そうなの食ってんな」
「私の昼だ」
「ええ
……
いいじゃんちょっとくらいさあ」
声はすぐ斜め後ろ、恐らくベンチの背もたれに腕を乗せている。そちらには目を向けない。
書類を持ち上げて目を落としながら、更に一口。
「食わせてくれてもいいんですよ、リゼットさんや」
「御免被る」
「ちょ、語気つよ」
わざとらしく嘆く声
――
ガスパルの要求を無視して昼食を続ける。
能力を使ったガスパルは、接触や音がなければ誰にも気付かれない。だから今、声の方向を見ればきっとガスパルの姿は見えるし、もしそれを見た第三者がいれば、ガスパルがいるということも分かるだろう。
けれど私が目を向けなければ。気付いていると第三者に気付かれなければ、ガスパルの存在は認識できないまま、だろう。詳しい所は本人でなければ把握していないだろうが、おおよその理解は合っている筈だ。少なくとも今の見た目は、私が書類を読みながら昼食を取っているだけだ。
空中に消えるサンドイッチとなるか、私が無精髭の男に食わせている図となるか。どちらもぞっとしないので、手ずから食わせてやることは勿論しない。
手に持った残りを口に放り込んで、書類をめくる。ああ、とかなり本気らしき嘆息が聞こえた。
「最近、兵器の動きが気になるな」
もう一つカツサンドを取り出し、呟く。
「そうさな。実験投入も始まってる」
「早いな」
開発の速度が増している、ということか。
咀嚼しながら考える。
こうして人目を避けての情報交換を始めてから、随分経った。私もガスパルも機密情報を話しているわけではない。例えば地爆石。兵器。砦をめぐる妙な動き。任務上、気になったことを話すだけで、繋ぎ合わせられることがある。
……
まあ、時折機密らしき情報が零れるが、独り言だ。ここには私しかいない。聞こえるのは風の音。そういうことだ。
最後の一口を飲み込んで、小さく息を吐く。
「
……
あいつは、元気か?」
何でもないように零そうとしたが、ガスパル相手には成功した気がしない。
案の定、一瞬の沈黙があった。
「ま、元気そうだわな。年の近い奴らの隊に配属されて、わいわいやってる」
「そうか」
安堵する資格も嘆く資格もない。ただ近況を聞くことだけ、許されて欲しい。
ごちそうさま、と手についたパン屑を払う。書類だけを手にして立ち上がった。
「おい、紙袋」
「もう授業が始まるからくれてやる」
「くれてやるってお前ね」
呆れたような声には答えず、その場を後にする。
遠目で首だけ振り返った時、紙袋は消えていた。
授業も会議も終わり、マーケットが閉まる前に街へ出た。
花屋で数日前に頼んでいた小ぶりな花束と、グラジオラスを追加で買う。
教官室に花があっても不自然と思われないよう、自ら購うことが増えた。同じ花であった方が都合がいいから、ガスパルが残すその花の名だけは覚えてしまった。
「あれ、リゼット教官じゃないすか」
「こんばんは」
振り向くと、制服姿のレオ・フルカードとミシェル・ブーケだった。
「何だ、いつの間にデートする仲になったのか」
「デっ!?」
「ちちち違います!!」
笑い含みに言ってみれば、面白いくらいに動揺する。
「ほんと違うんすよ教官! そんなんじゃないんで!! 全然これっぽっちも!!」
「
……
。そうですね、フルカードさん」
「えっ呼び方
……
」
二人で行かせた任務以来、いらない壁はなくなったが、まだまだの部分もあるようだ。うちの生徒は誰も彼も一筋縄ではいかないらしい。
「あの、教会に行っていたんです。アグライア様の教えを詳しく知りたくて」
「熱心だな。ブーケはともかく、フルカードまで興味があるとは」
座学ではよく頭を抱えて唸っている姿が見られるというのに。
「あー、前にそんな話になって、そういや生まれた国なのによく知らねえなって思ったんで」
それで連れ立って、か。これ以上口に出すのはやめてやることにした。
「教官こそ何か意外っすね、花なんてっいたァ!」
レオくん、と潜めた声と共にブーケの肘がフルカードの脇腹に刺さっていた。遠慮がなくなったのはいいことだ。
「たまに教官室に飾ってあるだろう」
「そ、そうでしたっけ
……
」
「そうですよね。お部屋が和らいでいいと思います」
花が似合わないことなど重々承知しているので、そのことについては特に言うこともない。
「気を付けて帰れよ」
はい、と重なった返事に思わず笑って、踵を返した。
自室に戻って灯りを点ける。窓辺にグラスに差した、小さな薄紫の花が一輪あった。
ああ、今年も。
きっとあるだろう、と思いながら、いつも少しだけ不安がある。なかったらきっと、途方に暮れてしまうから。
私の部屋に勝手に入ってくるのはガスパルしかいない。
――
この花を置いていくのも。
花瓶に花束を差し、隣に並べる。アニエスは花が好きだった。どんな色のものでも、どんな形のものでも、だから毎年沢山の色を組み合わせて欲しいと花屋には頼んでいる。
けれどガスパルが置いていったこの花は、アニエスが一等好んでいたものだった。
自分と私の色と同じだと。ガスパルと私が自分に贈ってくれた花だから、大好きなのだと。
「今年もお前の好きな花だよ、アニエス」
あまり似てない姉妹だったと思う。髪色は似ていたが、私は昔から雑だし大人に反発もした。妹は明るく、優しく、可愛らしい、多くの人に愛される子だった。アニエスはきつい目つきの私をカッコいいだなんて言ってくれたけど。
小さな花にそっと指で触れる。
あの子のように可愛らしい花。これからもっと、多くの花を咲かせる筈だった優しい子。
ガスパルは多分、どこかでこの花を育てている。村を発つ時にあの子の花畑から種を採っていた。そうして今も、年に一度か二度、この花を置いていく。
アニエスを失った日に。
故郷を出る、と言った時、ガスパルは特段驚いた様子を見せなかった。
「どこに?」
「シルヴェーア」
「そっか。あったかいし、花、いっぱいあるな」
ガスパルは小さく笑った。二年前の傷は、未だに閉じる気配はない。
「連邦軍に入る」
だからもう会えないかも、と言いかけた所で思わず黙る。
ガスパルが、酷く驚いて動揺していたから。
「は?
……
軍? お前が?」
「ああ」
どうして帝国じゃないのか、は言う必要もない。
「やめろよ、そんなの。戦争してんだぞ」
「知ってる」
だから行く。あの子を失ったまま、この国でただ過ごすのは耐えられない。
「
……
お前まで」
ぐ、と握りしめたガスパルの拳が震えている。
「何で」
絞り出された声は、途切れて二の句はない。
「
……
ゆるせないから」
アニエスを奪った帝国が。何もしなかったこの国が。
――
アニエスを助けられなかった自分が。
だからこの村に居続けることは出来ない。両親には連邦軍に入るとは言わず、ただこの国を出たいとだけ伝えてある。悲しませるから、せめてここじゃない所で生きていると思っていて欲しい。
ガスパルにそれを告げてしまったのは、二度と会えないかもしれないと思ったから。けれどこんなに動揺するなら、告げるべきじゃなかった。
張り詰めた沈黙が流れる。
やがてガスパルは、強い眼光でこちらを貫いた。
「いつ、行くんだ」
「明後日」
「俺も行く」
今度はこちらが目を見張る。
「何言ってるんだ、お前が来る必要なんて」
「必要とか不必要とかいう話かよ」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何だよ」
何で私が責められる流れになっているのか。ガスパルはもう私を構わなくたっていいのに。
動揺している。それがどうしてだか分からない。狼狽えている私に、ガスパルは強い口調で続けた。
「お前がこの村に居られないって言うなら、俺だってそうだ」
「だって、でも、アニエスの花畑が」
言いかけて、唐突に気付いた。
ガスパルはここに残るのだと思い込んでいた。アニエスの花畑があるから。
でも、そうじゃない。
――
ガスパルは、どこにでも行ける。
そんなことを今更になって気付いて、動揺したのだ。
ガスパルはもう、あの小さな少年じゃない。居場所なんかないと淡々と吐き捨てていたあの頃のガスパルじゃない。自分で好きに生きて、好きにどこにだって行ける。決めつけていた自分が恥ずかしく、同時にどうしようもなく泣きたくなった。
どこにだって行けるなら、私と来る必要はないじゃないか。アニエスの花畑をずっと大事にしたっていいじゃないか。それとも同じように、アニエスの復讐をしたいのだろうか。
一人で行こうと思っていたのに、こうして一緒に行こうと言われれば嬉しくて、そのことが酷く、自分勝手で、いやだ。
「
……
種もそろそろ溜まってきてるから。シルヴェーアでもどこでも、きっと育てられる」
ああ。
もう、引くつもりはない声だ。私と同じ声だから。
「
……
この、強情っ張り」
「どの口が言ってんだ」
ようやくガスパルは目つきを和らげて
――
皮肉げに笑った。
あれから十年以上が過ぎた。
思うようにはいかなかった。私もガスパルも手を汚し、故郷は帝国に降り、あいつとは腐れ縁などという言葉ではどうにもならないくらいに雁字搦めだ。
色とりどりの花の方に目を遣る。
そういえば、ガスパルは気まぐれに薄紫の花以外を置いていくことがある。赤や紫や、色々な。特に法則性も見当たらなくて、本当に気まぐれなんだろう。その花々の名は知らない。知らなくていい。
花が好きなのは、私じゃなくてあの子だから。
不意に胸が苦しくなった。窓際にずるずるとしゃがみ込む。
「
……
アニエス」
もう、あの子の声が遠い。笑顔だけが焼き付いている。
ガスパルにとても懐いていた。悲しんでいるだろうか。怒っているだろうか。ガスパルをこんな状況に縛り付けていることを。
私が軍に入らなければ。アニエスじゃなくて、私が死んでいれば。
私もガスパルも変わった。
任務の内容は知らされない。どこにいるとも知れない。ぺらぺらと喋るようになったのに、吐き出す言葉は薄っぺらくて、本音の一つも悟らせやしない。
……
私に関わることであっても何も言いはしない。本当は何を考えて感じているかなんて、もう。
あいつの語る言葉なんて信用がおけなくて。
けれど。だから。
ガスパルが今も、この花を供えてくれること。
――
今もアニエスを大事にしてくれていることだけが、唯一信頼するガスパルなのだ。
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