冬灯夜
2022-08-03 21:36:00
2945文字
Public ルミナリア
 

赤狼将と黒狼将の何でもない日

ルミナリア バスラプ?
・バスチアンとラプラスが飲み物飲んで話してるだけの話

 ラプラスがその店のことをバスチアンに教えたのは、たまたまだった。
「ドリンク専門店?」
「そ。最近、帝都に出来たんですって」
 たまたま開店したばかりの店の前を通って、城に着いたら任務帰りのバスチアンと行き会った。円滑なコミュニケーションというものが苦手なこの男も、こちらから話題を振れば答えはちゃんと返ってくる。それが真っ当かどうかはさておいて。
「バスチアンちゃんの好きそうなのもあったわよぉ」
「ふむ、そうか」
「じゃ、バスチアンちゃん、これから暇よねぇ?」
「休息を取る予定だったので暇ではないが、貴女の用があるならそちらに行こう」
 普通、休息の時間というのは任務外なのだから暇という表現で合っているのではないだろうか。バスチアンにとっては休息も任務の一環なので、言っても詮のないことだが。ちなみにラプラスは休息の時間を邪魔されたら、どうやって甚振ってやろうか楽しくなってしまう。バスチアンにはそんな発想はないらしい。
「なら行きましょ、お姉さんとデ・ェ・ト」
「了解した。鍛錬しよう」
……一応訊くけど、何の?」
……世間話、とやらの?」
 いつまで経ってもデートの認識は変わらないらしい。
「ま、いいわぁ」
 城下へ歩き出すと、バスチアンもついてくる。二人の狼将に道行く人はざわめき、遠巻きに声を上げる。その殆どは畏怖だろう。たまに謎の黄色い声があるが、今は無視して進む。
 程なく店に到着し、テラス席に陣取る。バスチアンの体躯では中は窮屈そうだった。
 バスチアンはレモンサイダーを、ラプラスはヨーグルトドリンクを注文し、暫し待つ。
「じゃ、せっかくだから、世間話の鍛錬でもしてみればぁ?」
…………ぐっ!」
「相変わらずじゃないの。自分で言ったくせに」
「その通りだ……だが、それでこそ鍛錬になる……
 冷や汗すら掻いてバスチアンは試行錯誤をするが、結局ドリンクが届くまでにまともな世間話は出来なかった。
……うん、やっぱごめんねぇ」
「すまない……
 何も悪くないラプラスがつい謝ってしまうくらいには、哀愁漂う姿であった。
 気を取り直して届いたドリンクと付け合わせのクッキーを頬張る。飲み物によって付いてくるものが違うらしく、バスチアンにはチップスが数枚付いていた。
 無言で食べ、飲み、底にあと僅か、となった所でバスチアンは口を開いた。
「ラプラス、どうだろうか」
「どうって、味? ま、悪くないんじゃなあい」
「そうか。自分も美味いと思う」
「そ。よかったわね」
 最後のクッキーを放り込んでドリンクを飲み切る。バスチアンもちょうど同じタイミングでチップスとサイダーを飲み切った。
……今のは、どうだろうか?」
「何が?」
「世間話、として」
……ああ。そうね、マシな部類じゃない?」
 少なくともこれまでの惨状に比べれば。会話の糸口くらいにはなるだろう。その後が続いてないので一般的な会話としては失敗かもしれないが、バスチアンと一般的な会話をする者というのもそうはいないだろう。
「そうか」
 表情はいつもと変わらなかったが、声がどこか弾んだように聞こえたのは、この男にしては珍しいことだった。
 会計をしてまた城へ向かう。入口でラプラスはひらりと手を振った。
「じゃ、世間話の鍛錬、頑張ってねぇ」
…………精進しよう」
 これまた珍しく苦しそうな声で言うのだから、ラプラスは笑ってその場を去った。


 ――これが半月ほど前のことだったのだが。


「ラプラス、あの店に行くのだが、都合はどうだろうか」

「ラプラス、昨日通りかかったら新商品があった。貴女の好みではないだろうかと思うのだが」

「ラプラス、今日の都合は……む、ならば明後日にするか」

「ラプラス、」
「ちょっとバスチアンちゃん」
 うんざり、といった口調で遮ると、バスチアンは大人しくラプラスの言葉を待つ。
 あの店に初めて行ってから、バスチアンは何度もラプラスを誘っていた。しかも一人で行っているわけでもなく、行く時には律儀にラプラスに声を掛けている。
「何なの? 流石に飽きるわよ?」
「む。そうか、すまない。毎回違うものを頼んでいるから、飽きるとは思っていなかった」
 そういう話ではなく。
「何でいちいちアタシを誘うのよ? 気に入ったんなら一人で行ったらいいじゃない」
 最初はビクビクしていた店員もすっかり慣れたのか、笑顔で「いつもの」席に案内するようにまでなってしまった。サービスです、と新商品のサンプルまで付けてくる始末。
 ここでラプラスが行かなくなった所で店には関係ないだろう。それこそ世間話の種にされることはあるだろうが、ラプラスにとってそんなものはどうだっていい。
「何で……というと。デートというものだからだが」
 バスチアンは首を傾げた。
……アタシをデートに誘ってたワケ?」
「ああ。世間話の鍛錬をするには、相手がいなくては出来ない。それに貴女もあの店のことは嫌いではないようだったし、鍛錬の礼と普段の礼の代わりになればと思っていたのだが」
 どこからつっこめばいいのか。
 ラプラスは盛大にため息を吐いた。
……迷惑だったのなら、すまなかった」
 大柄な身体を折り曲げてバスチアンは頭を下げる。
「もう、アナタがそういうことすると道が狭くなるのよ。やめなさい」
「む」
 頭を上げたバスチアンは、道の端に寄る。
「アタシ、世間話の鍛錬に付き合うなんて一言も言ってないけど?」
「む。……そうだな、迷惑を掛けた」
 もう一度ラプラスは大きくため息を吐いた。
 そうやって大男がしおらしくした所でかわいくも何ともないのに、全く。
「アタシだって、色々あるワケ。いっつもなんて付き合ってらんないわぁ」
「その通りだな」
……ま、でも、たまにならいいわ。気が向いたらね」
 それ以外は一人で行くなり適当な誰かを誘うなり……が出来るのかは別として、好きにすればいいのだ。
「そうか。ありがとう、ラプラス」
 バスチアンは目を細める。
「じゃね」
「ラプラス」
 踵を返しかけた所をバスチアンが呼び止める。つい立ち止まってしまったラプラスは、バスチアンの律儀が移ったかと胸中で嘆いた。
「今日は、気が向くだろうか?」
 いつもと同じ、真っ直ぐに揺れることもない瞳で問われて――ラプラスは、今日三度目のため息を吐いた。
 よくもまあ、いつもなんて付き合ってられない、という話をした直後にそう言えるものだ。
 とはいえ、だ。
 今日はハーブティーでも飲みたい気分だった。
「仕方ないわねぇ。今日は付き合ってあげる」
「ありがとう。では、行こう」
 店への道を歩き始めたバスチアンに、今日は特別よ、と釘を刺す。了解している、と答えが返ってきたが、果たしてどこまで理解していることやら。
 表情の変わらない男の横顔を見上げて、ラプラスは四度目のため息を零した。


 後日、持ち帰りをするようになったバスチアンに、どこぞで買った菓子と共に飲み物を差し入れられるようになり、赤狼将が黒狼将に貢がせているとの噂が立つのだが、それはまた別の話である。