冬灯夜
2022-06-30 22:31:44
5406文字
Public ルミナリア
 

二人分の重さ

ルミナリア ロランス隊 若干ファルアメの空気
#ルミナリア版ドロライ企画【ファルク】【背中合わせ】
・ユーゴがろーしょーほになってから
・ファルクが家族のことを覚えてる描写アリ

 その日、ファルクは苛ついていた。
 なにせ夢見が悪かった。最悪だ。
「待ってよ、クロードくーん!」
 にも関わらず、アメリー ポンコツ女がお気楽に声を掛けて追いかけてくるのだから、苛つきも膨れ上がるというものだ。
「ファルクだっつってんだろ」
「もー、今日の任務の説明があるから、先に広場に集合だよって言ったじゃない」
 ファルクは盛大に舌打ちする。
 面倒だがそうしなければアメリーは任務に行こうとしないだろう。勝手にそこらの獣や連邦兵に仕掛けてもよかったが、駆け上がるには任務を熟した方が得策だというのも分かっていた。
 任務がデカい出世の足掛かりか、このイライラを発散させられるような戦闘であるかに賭けて、ファルクはアメリーに引っ張られながら広場へ向かった。
「おはようございます、アメリー隊長、ファルク」
 広場には既にユーゴが待っていた。
「オメーも一緒かよ」
「そう! 久しぶりにロランス隊三人なんだよ!」
 嬉しそうなアメリーに、再びファルクは舌打ちする。
「僕がいたら不満かい? でも、それを隊長にぶつけるのは感心しないな」
 何かと気障な男だが、そういう所だ。
「うるせえな。いいから任務の説明しろよ。とっとと行くぞ」
「う、うん。じゃあ――
 アメリーの説明によると、連邦との小競り合いにおける遊撃、及び獣の掃討とのことだった。
 国境近くでは小競り合いも村の取り合いもよくあるが、今回は大きな獣が出た為に、帝国にも連邦にも被害が出ている。早く排除したいが、こちらが消耗すればそこに付け入れられるのは間違いない。ならば同時にやってしまえ、ということだ。
「はん。蹴散らしゃいいんだろ、どっちも」
「正確に言えば、獣を討伐しつつ可能な限り連邦側にけしかけて、有利にことを運びたい……ということだね」
「どうでもいいさ。全部オレの獲物だ」
 気晴らしにはなりそうだと判断して歩き出す。その後ろをアメリーとユーゴが追いかけた。
……隊長。ファルク、随分機嫌が悪いみたいですね」
「そうなんだよ~……何でか分からないけど、朝会った時からなの」
 こそこそと囁き合う背後がまた癇に障ったが、任務が始まればこの苛つきも多少はマシになろうというものだ。無視して戦場へと向かうことにした。






「オラァ! 雑魚が群れてんじゃねーぞ!」
 連邦兵どもの横っ面から双剣を投げて蹴散らす。反対側から追い立てられた獣がやって来て、戦場は完全に混乱していた。
 連邦兵を斬り捨て、獣を斬り捨て、大将首を探す。
「ファルク、出過ぎだ! 普通の戦場じゃないんだ、獣が」
「うるせえな、大将首獲りゃあこの戦場はケリつくだろうが! 獣はその後にすりゃいい!」
……ああもう、全く! じゃあ僕がキミの背中に回るから!」
「頼んでねえよ! 勝手にしろ!」
 ユーゴと怒鳴り合いながら斬り進む。ついて来れないなら、来なければいい。一人で十分だ。
 あのドジは、と少しだけ後ろを振り返ると、ユーゴのすぐ後ろで槍を振り回していた。あれでよく生き残ってこれたものだ。……発散された筈の苛つきが再燃してきた。
 とにかく大将首さえ獲れば――と、違和感に足を緩める。
……あれ? 何か、流れが……
 統率が乱れて逃げる者や向かって来る者がバラバラだった連邦兵が、一方向に流れ始めている。帝国兵も同時に。だがどこかに向かっているというより、これは。
「何かから、逃げてる……?」
 ――空気を揺るがす咆哮が、前方から響いた。
 同時に悲鳴と怒号が聞こえ、そして――目の前に大きな鳥型の獣が数体、舞い降りた。
「コイツは……
「悪食種……!?」
「ユーゴくん知ってるの!? というか、これ、あれだよね……大きな獣……
「だろうな」
 順番は狂ったがまあいい。何にせよ、獲物は全て仕留める。
 双剣を構え直し、獣――ユーゴ曰く悪食種に飛び掛かる。
 爪を躱して懐に飛び込み、斬りつける。横合いから別の悪食種の咆哮。ユーゴが衝撃を断ち切って反撃した。
「ええーい!」
 気の抜ける掛け声で、ユーゴと反対方向からアメリーが回転しながら槍を振るっている。
 更に後ろから、創術の援護が幾つかある。全員が全員逃げたわけではないらしい。
 悪食種は凶暴だったが、順調にその数を減らしていく。そして最後の一匹を、ファルクの刃が切り裂いた。
「ひとまずお疲れ様です、隊長、ファルク」
「うん! やったね!」
 周囲は疎らで、帝国兵と連邦兵がそれぞれに撤退したり小競り合いをしているようだ。
「おい、行くぞ」
「えっどこに?」
「次は連邦の掃討だろうがよ」
「いや、これはどっちも撤退してるようだよ。国境近くで深追いはマズい」
 ファルクは盛大に舌打ちする。それじゃあ手柄にならない。
「何を焦ってるんだい、ファルク」
「ああ? 腰抜けはへっぽこのお守りでもしてろよ。俺は行く」
 アメリーとユーゴに背を向けて、ファルクは連邦の方角へ足を向ける。
「待って、ファル――クロードくん!!」
 アメリーの声が鋭く響く。ファルクだ、と返す前に、どん、と背中に衝撃があって。
「な――
 何しやがる、と言いかけた瞬間、背中にぶつかったアメリーの目の前に創術の光が見えて――咄嗟に身を捻ってアメリーの腕を引っ張る。アメリーの手から槍がすっぽ抜けて宙に飛び上がり、光が迫って、――割り込んできたユーゴの刃で霧散した。
 それを見届けると同時、アメリーを後ろから抱き留める形で地面に尻餅をついた。
「な、ナイスだよユーゴくん……!」
「いえ、それより」
 ――苦悶の咆哮が横合いから響く。
 悪食種の一体がこちらに爪を伸ばして――アメリーの槍に縫い留められていた。首を目掛けてファルクは双剣を投げつける。今度こそ悪食種は事切れて、マナに還っていった。
 誰とはなしに沈黙する。
……ええと。これは……ラッキー、ということでいい、のかな?」
「そ、そうだね……えへへ」
 つまり。アメリーはファルクに体当たりし、危うく創術の直撃を受けそうになり、その時すっぽ抜けた槍がまだ息のあった悪食種に突き刺さって難を逃れたと。
 ――庇われた。
 そう思い至った瞬間に、ファルクの苛つきは――怒りは、最高潮に達した。
 腹の底から煮えくり返って、頭がぐらぐらする。引き戻した双剣を握る手が震えた。
「創術士は撃って離脱したようですね」
「うん、よかったー! ……クロードくん? どうしたの? どっか怪我した!?」
 座ったままのファルクを見て、アメリーが手を伸ばした。思い切り払いのけてファルクはゆらりと立ち上がる。
「ファルク、今のは」
「大丈夫だよ、ユーゴくん。お姉ちゃんはこれくらいのことじゃ怒らないのです。でも人にやったらダメだからね、クロードくん」
 ぶつん、と頭の中で何かが切れるのを聞いた。
――姉面すんならこんなとこ出てくんじゃねえ!!」
 烈しい怒鳴り声に、アメリーとユーゴが動きを止めた。
 養護院で大人しくラッキーを発揮してればよかったのだ。命の遣り取りをする場所に出てこなければ。
 へっぽこのくせに、怖いくせに、姉を気取るヤツはどいつもこいつも。
『待ってよ』
『だめだよ、危ないよ』
 今朝の夢が甦る。
「クロードくん、」
――――
 “クロード”を呼ぶ声が重なって。
「オレはファルクだ!!」
 ジョイスと二人の、ジョイスを失ってからはただ一人で高く飛ぶ鷹の。
 あいつは強かった。頭もよかった。共に戦って駆け抜けて、だからいま一人になってもファルクという名はずっと誇り高く在る。
「ドジで泣き虫のくせに、いらねえ世話ばっか焼きやがって! テメエなんざ養護院でガキの面倒見て暮らしてりゃよかったんだ!
 それをわざわざ、こんなとこに来てまで姉面しやがって……!」
 気付けば息が荒い。
 アメリーとユーゴは沈黙している。
……クソが」
 双剣をしまう。今の間にも撤退は進んでいるだろう。ひとまずこのデカい獣を討伐したことを手柄とすればいい。
……ファルク」
 ユーゴが、静かな声で言う。仕方なくそちらに視線を向けた。
「アメリー隊長は、強いよ」
 僕に言われなくても、よく知ってると思うけど。
 そう言うユーゴの顔は真剣で、静かで、咎める色はなかった。
 舌打ちをして視線を逸らす。
 そうだ、お前に言われるようなことじゃない。
  アメリーの出世がラッキーの一言で片付くと思うほどファルクは楽観的ではなかった。努力してるのを知ってる。怖がってるくせに、皆の為だと奮い立たせて、覚悟を決めている。折れない人間は強い。嫌というほど知っている。
……クロードくん」
 ファルクだ、と訂正するのも嫌気が差す。今はこいつの顔も見たくない。
「私が横で、ユーゴくんは背中っていうのはどうかな?」
「は?」
「え?」
 だというのにあまりにも意味が分からなくて、思わずアメリーの方を見た。
 槍を握りしめて、至って真剣な顔と声でアメリーはファルクを見ている。
「つまりこう、クロードくんが正面で私が横でユーゴくんが」
「何の話してんだテメエ」
「えっ?」
「あの、すみません隊長、僕もよく意味が……
 申し訳なさそうにユーゴが告げると、ユーゴくんまで!? とアメリーは驚いたが、何でだよ。こっちが意味分からねえよ。ほら見ろユーゴの野郎、めちゃくちゃ困ってんじゃねえか。ちょっと面白いな。ザマア。
「ええとね。クロードくんは私達を守るでしょ。で、私がクロードくんの横を守って、ユーゴくんが背中を守ったら皆で守っていい感じのチームワークじゃないかなって!」
「待てコラ誰が誰を守るだ。オレはテメエらなんぞ守らねえぞ」
「まあ、役割としては妥当ですかね……
「だよね! さっすがユーゴくん!」
「聞けよ!」
 思わず怒鳴ると、アメリーはこちらを見て胸を張った。
「それにね、私はお姉ちゃんだから! この中で一番年上だし階級も……あ、階級は……ユーゴくんの方が上……になったの……?」
 後半になるにつれ、しおしおとアメリーの背中が丸まっていく。
「僕の隊長はアメリー隊長だけですよ」
「うん! じゃあいいよね!」
「何の話だ何の」
 話が進まない。何故自分が話を進めるのだ、とファルクは胸中で悪態をつく。
 とにかく! とアメリーは再び胸を張る。
「私は二人のお姉さんなので、何て言われようが二人を守るし、隊長なので二人とも私を助けて敬ってね!」
 お姉さん、にまた苛立ちが起きそうになった。が、後半の言葉に正直脱力した。
……ド厚かましい要求だな」
「ほらほら~、敬意が足りないよファルク曹長~」
「うぜえ!!」
 こういう所が。本っ当にこういう所が、こいつの嫌な所なのだ。
 ファルクが何を言おうが、姉面を止めない。チビどもを守るのだと、市民を守るのだと、今時そんなもん誰も持っちゃいねえよと言いたくなるような誇りを抱いて。決して曲げないでいる。
 ……何だか急にあほらしくなった。
「ここに居ても仕方ねえ。戻るぞ」
「キミがごねてたんだけどね」
「うるせえ」
 ユーゴの横っ腹に一発入れて歩き出す。微妙に引いて躱されたので舌打ちをした。
「ていっ」
「のわっ」
 アメリーが背中にどんとぶつかってくる。
「テメエ、何を」
「ほらユーゴくんも!」
「はい」
「だぁ!」
 アメリーよりも重量を乗せてユーゴも背中にぶつかってくる。というか大分乗ってる。この野郎。
 二人分の体重が背中に掛かった。
「ほら、三人で背中合わせに守ろうね! の図だよ!」
……さっき、横とか何とか言ってなかったか」
「あっ。……気持ちだよ、気持ち! よーし次はユーゴくん!」
「え」
 離れた、と思ったら今度は勢いよくアメリーがユーゴに突進していた。
「ぐ、」
 何かを言いかけてユーゴは口を噤む。珍しく一言余計じゃない。
「ほらクロードくんも!」
 ユーゴの腕にぶら下がりながらアメリーが促す。誰がやるか、と言いかけて、ファルクはにやりと笑った。
「うわ、嫌な予感がする」
「さっきはよくもやってくれたじゃねえか。お返ししてやるよ」
「ちょ、隊長、離して」
「オラァ!!」
 助走をつけ、しっかり体重を乗せて肩からユーゴにタックルする。
 ユーゴはよろめいて、脇腹を押さえた。
「よーし、ロランス隊、これより帰還します! 獣……えっと、あくじきしゅ? を倒したから、お手柄だよ!」
 アメリーが笑顔で宣言する。
 意気揚々と歩き出したアメリーは、二人の隊員の背中にダメージを与えたことなどどこ吹く風だ。
……やっぱり隊長は凄いね、ファルク」
……知るかよ」
 眩しそうに目を眇めて言ったユーゴにぼそりと返して、ファルクも歩き出す。
 目の前ではアメリーが楽しそうに歩いて――石に蹴躓 けつまずいていた。
「大丈夫ですか、隊長」
「へぐう、大丈夫です……
「ケッ、このドジ。間抜け。お気楽」
「上官に暴言! ひどいよクロードくん! ぐんぽーかいぎー!」
 二人分の体重が乗った背中を無意識に擦って――ファルクは今日一番の舌打ちをした。