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冬灯夜
2022-06-24 20:31:36
6388文字
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ルミナリア
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灯の行方
ルミナリア リゼット+マクシム+イェルシィ
#ルミナリア版ドロライ企画【リゼット】
・オリジナルの兵士とがっつり絡みます
・997年設定
・エンブリオや創術に関する設定は捏造含みます
「ふう。特に何事もなくてよかった」
「ですねー。よかったよかった」
小高い丘を下りながら、マクシムとイェルシィの会話に耳を傾ける。
アムル天将領の村の調査任務から、騎士学校へと帰る道のこと。既に国境は越え、シルヴェーアに入ったばかりの場所だった。
自分の他に二人ということで、一人は地理や風習に明るいだろうと、今年ブレイズに選ばれたばかりのイェルシィ・トゥエルチュ・ハイナジンにすぐに決めた。もう一人は同学年のヴァネッサ・モラクスでもよかったが、あえて一つ上のマクシム・アセルマンにした。
というのも、同学年のブレイズは基本的に結束が強くなるからだ。選抜試験からして組んでいるのだから当然のことで、ならばバラした時にどうなるか、というのを早い内に見るもの悪くない。二年生も初めての後輩なので、その対応も見ておきたかった。
「お前たちには物足りない任務だったな」
「フ、これくらい、このマクシム・アセルマンに掛かれば何ということもありませんよ、リゼット教官」
「よ、マッキ先輩!」
「キミね、だからそのマッキとかいう呼び方なんなの?」
「え、かわいくない?」
「かわいい!?」
とりあえず、相性は悪くなさそうだ。
「ならば体力は問題ないな」
「そうですね、特に大きな戦闘もありませんでしたし」
「あたしは歩くの慣れてるしー。
……
でもちょっぴりヤな予感するねっ、トト」
見えない何かに語り掛けるイェルシィに、小さく笑う。その勘は大事にするべきだ。
「では、一つ模擬戦と行くか」
「わぁ」
「ここで!? 任務の途中ですよ、教官!」
銃を手にすると、思わずといった体で二人が下がった。
「どうした、構えろ。実戦は待ってくれんぞ。それに調査自体はもう終わりだ」
ならばこの二人の課題を探って今後に活かした方が為になる。単に帰るだけなど時間の無駄だ。
「これは教官本気だよー、マッキ先輩」
「だろうな。だろうとも!」
武器を取り出しながらもこそこそ囁き合う二人に、一つ笑って見せる。
「ああ、それとも。お前たちがこの程度の移動でお疲れで、本気を出せないというなら致し方あるまいな?」
「
――
無論、そんなことはありえませんとも!」
「ああ、そうだろうとも」
マクシムもイェルシィもしっかりと武器を構えてこちらを見る。
何だかんだと真面目で誇り高いマクシムはこれでよいとして。
「よーし、いっちょやったりますかー!」
イェルシィの言葉遣いは軽い。だが人を軽く扱っているのではないと分かるのだから、この塩梅が面白い。
銃を構える。
「では」
「あっ」
行くぞ、と口にする前に、がさがさと茂みをかき分ける音がして、獣道から連邦兵が飛び出してきた。
「あ、あなたたち
……
いや、とにかく、逃げ
……
」
「え、どしたんですか、その子ら?」
その連邦兵は、両腕に一人ずつ、そして首にもう一人をしがみつかせて走って来たようだった。
「私たちはブレイズとその教官だ。何があった」
「ブレイズ
……
!」
息を荒げる連邦兵は、顔を希望に輝かせた。
「獣の群れが、出てっ
……
今、先輩が一人で足止めを
……
!」
「分かった。お前はそのまま子どもたちを避難させろ。私たちは救援に」
――――
爆発音と轟音が響いた。
「なっ、何だ!?」
連邦兵は背を丸めて子どもたちを庇い、マクシムとイェルシィはその連邦兵の前に出た。
土煙が立っている。微かに獣の叫び声もする。まさか。
「行くぞ!」
「「はい!」」
お願いします! と叫ぶ声を背に、ブレイズ二人と獣道を駆け抜ける。
土煙の元に辿り着くと、そこは地面と崖の半分程が抉れていた。木と岩に押し潰されたガルルとガルグランが数体、マナに還ってゆき、一際大きなガルグランが二体、岩の下でもがいていた。その目前には右肩を押さえた連邦兵
――
彼を襲うか退くか、といった様相で難を逃れたガルルが何体か。
「無事か!」
弾丸と矢がガルルを貫く。イェルシィはガルルを薙ぎ払った後、もがいているガルグランに空中から槍を放った。
右肩を押さえた連邦兵が振り向く。その目が大きく開かれた。
「リゼット、教官
……
?」
その声と顔に見覚えがあった。騎士学校の卒業生だ。
ぐらりと彼の身体が傾ぐ。咄嗟に駆け寄って受け止めた。そのまま地面に横たえさせる。
――
外傷はそれなり。だがそれ以上に、明らかに身体の様子がおかしかった。右肩、鎖骨の近くに移植されたエンブリオが壊れた鎧の隙間から覗いている。
周囲のガルルたちはマナに還っていく。残った巨大なガルグランも、数発銃弾を撃ち込むと動かなくなった。
「すまないが、周囲の警戒を頼めるか」
「勿論です」
マクシムは弓を構えたままこちらに背を向けて警戒をする。槍を回収したイェルシィは横たわった彼の許に寄ると、その眉をぐっとしかめた。
「教官、あたし、出来るか分かんないけど
……
治癒創術、やってみてもいいですか」
「ああ。頼む」
頷くとイェルシィは目を閉じて集中し始めた。
治癒創術は難しい。自己治癒ですら多少の傷を癒す程度にしか出来ない。イェルシィは人よりも自己治癒の創術に適性があるが、それを他者に施すとなれば難易度は跳ね上がる。専門の訓練を受けていないなら猶更。
理解した上で、それでも申し出てくれた気持ちと僅かな可能性に賭けるしか今はない。
「何があった、
――
」
名を呼ぶと、彼は一瞬目を丸くして、口許に笑みを浮かべた。
「おれのこと、覚えててくれたんですね
……
教官」
「当たり前だ」
「お知り合い、でしたか」
マクシムが警戒をしつつこちらにも控えめに訊ねてくる。
「お前たちの先輩だ」
「ではブレイズの」
「いいや。だが成績はよかった」
選抜試験こそ落ちたものの、成績上位者としてエンブリオを移植していたくらいには。
「それで、この獣の群れはどういうことだ」
説明によると、村の近くに獣が出た、とのことだった。最初は小さな獣だったが群れをなしているらしく、現在村にいる連邦兵は数人のみ。一時避難すると同時に、兵を要請して退治する手筈になったという。そこで外で仕事をしている大人や木の実集めをしている子どもたちに声を掛けていたが
――
子ども三人と彼ともう一人の連邦兵は、群れに遭遇してしまった。
「それがあの子ら?」
「会った、のか?」
「全員無事だ。今頃、村に着いているだろう」
「よかった
……
あいつなら、必ずやってくれると
……
」
安堵の笑みを浮かべた彼は、ぐ、と呻いて右肩を押さえた。
イェルシィが手を近づけて力を籠める。僅かに指先から光が零れたが、創術の形にはならなかった。
彼の顔からは血の気が引いて、身体にも力が入らないようだった。
「最大出力で、無茶をしたな?」
実際に私たちが目にしたよりも多くの群れだったのだろう。怪我を負いながら薙ぎ払い、子どもと後輩を逃がし、村に行かぬよう崖まで誘導し
――
最大限度以上のマナを取り込んで、爆発させた。
そして爆発と岩は群れの大半を呑み込み、反動として彼の命は削られた。怪我を負っていなければ、出力を抑えていれば、爆発に巻き込まれなければ。様々な要因はあったが、結果として、もう戻らない所まで来てしまった、と分かってしまう。
「はは、また、叱られますね
……
」
よく叱られたなあ、とどこか呑気な口調で彼は言う。
私が教官となった年の一年生だった。ブレイズには選ばれなかったが、熱心で努力家で、よく課外授業を申し込まれたものだった。
「そうだな。生きて帰ることを放棄した戦術だ」
「
……
はい。ああ、やっぱ
……
ちゃんとした騎士にゃ、なれなかったなぁ
……
」
こほ、と喉の奥から音がする。身体の内部がもう大分きている。
「申し訳ありません、リゼット教官、先輩殿。発言をしてもよろしいでしょうか」
マクシムが唐突に言う。
「構わん」
許すと、マクシムはこちらを向いて膝をついた。
緑の真摯な瞳が、真っ直ぐに彼を見つめる。
「
――
あなたは、誇り高き騎士です。間違いなく」
彼の瞳が揺れる。
それだけを言うと、マクシムは立ち上がって再び警戒を続けた。
「そうですよ! だって、あの子たち、無事だったんだから!」
指先からマナの光を絞り出しながら、イェルシィが続いた。
戸惑ったような彼と目が合う。
完全に先を越されて、思わず苦笑した。力の抜けた手に自分の手を重ねる。
「お前の後輩が言う通りだ。お前は無辜の民を守った。村を守った。
……
よくやった、
――
」
彼は口を開いて、閉じて。
「
……
あー
……
はは。おれ、褒められました
……
? やったなぁ
……
」
笑って、
――
激しく咳き込んだ。
「先輩殿っ」
「しっかり!」
彼は首を振る。
帰りたかった、と呟く声は殆ど声になっていない。
「帰れます。マナはあなたの故郷に」
イェルシィがそれを拾って断言する。
「アグライア様ですか? タルルハン様?」
「獅皇アグライアと犀祖ボザークに」
私が答えると、イェルシィは少し驚いて、それから頷いた。
重ねた手が動いた。握り返してその目を覗き込む。焦点のずれた目が、それでも確かに私を見つめた。
「教官、おれ
……
いいことなんか、なかったなって思ってたけど
……
故郷もなくしたし、家族も、友達も
……
戦友も、いっぱい、なくしたけど
……
」
息が荒れて、手が震えている。確かにそこに在る筈のマナが、解けていく気配がする。
「
……
でも、騎士学校に居た頃が
……
人生で、一番、楽しかった、なあ
……
」
「
……
ああ。私も、お前に教えられたことは、幸福だよ」
ほんの少し、彼の口角が上がる。
「先輩!」
遠くから彼が子どもを託した連邦兵の声がする。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか。僅かに指が動いて
――
その温度が消えていった。
「獅皇アグライア、犀祖ボザーク。どうかあなたたちの御許に」
マクシムとイェルシィが跪き、私と共に敬礼をする。
追いついた連邦兵は、その傍らに膝をついた。
「先輩
……
すみません、俺がもっと役に立てれば
……
すみません
……
」
「こいつはお前を信じていた」
走って来て息の整わない連邦兵は、私に目を向けた。
「『あいつなら必ずやってくれる』と言っていた。
……
お前はその信頼に応え、民を守った」
じわりとその目に涙が滲む。
「弔いは、頼む」
「
……
はいっ」
肩に手を置いて、立ち上がる。
「一度村に立ち寄ってから帰還する。
……
行けるか?」
「だいじょーぶ、です」
「ってイェルシィくん、キミ凄い汗じゃないか! 大丈夫には見えないぞ!」
立ち上がったもののふらついたイェルシィをマクシムが支える。
治癒創術を人に施すのは、これほどまでに難しい。
「村まで歩けるか?」
「僕が肩を貸します」
「頼む。外敵は私が対処する」
速度を少し落として、獣道を戻る。村に繋がる道まで出れば、多少は歩きやすくなる筈だ。
「ありがと、マッキ先輩
……
大丈夫だよ、トト」
「その、キミの見えないお友達
……
いや今はそっちじゃなくてイェルシィくん、キミ、僕の名前ちゃんと覚えてる? 忘れてないかね?」
「覚えてますよー、マクシム先輩!」
「お、おお、覚えていたか。うむ。ならよろしい。これからはちゃんと正しくその名を」
「あ、マッキ先輩、そこ石あるよ」
「聞きなさいよ!?」
変わらず元気な会話を続ける二人に、思わず笑みが零れる。
……
いや、あえてかもしれないな。
肩を震わせていると、二人が視線を向けてきた。
「も、申し訳ありません」
「謝ることはない。続けていいぞ、その漫才」
「漫才ではありませんよ!?」
ああ、だめだ。声に出して笑ってしまう。
マクシムはやや納得がいかないように、イェルシィはいつものように、笑った。
「お前たち」
一度笑いを収めて二人を見る。
「ありがとう。
……
感謝する」
彼を騎士と言ったこと。創術をかけ続けたこと。彼の為に祈ってくれたこと。
いいえ、と二人は揃って首を振った。
「
……
悔しいなぁ」
イェルシィは小さく呟く。人に治癒創術を施す訓練を受けていないのに、充分すぎるほどやってくれた。訓練を受けたとて、適性がなければ強力な創術は使えまい。
「充分だ」
獣道を抜け、村への案内が見えてきた。イェルシィの様子を見る。
……
ここまで来れば、やはり村に入ってから休んだ方がいいな。
速度を少しだけ上げて村への道を歩く。
「
……
あの、教官。先輩殿はマイシュの出身だったのですか?」
おずおずとマクシムが訊ねる。今の連邦ではマイシュ出身者は珍しい。当然の疑問だった。
「ああ。同郷だ」
「え!?」
「そーなんですか」
「といっても幼い頃にシルヴェーアに越して来て、こっちの方が長いそうだが。その時に移り住んだ村を戦火で失くしたそうだ」
マイシュの記憶自体は少なくても、実際に育ったシルヴェーアの村を失った彼にとっては、マイシュは心の中に故郷としてずっと残っていた。私が同郷だと知り、より懐くようになったのもそれが一因だろう。
いつか帰れるかもしれない。帰ってもいいかもしれない。そう思っていただろうマイシュは、帝国の支配下となった。騎士学校生となっていた彼には、二度目の故郷の喪失だった。
私自身も、彼が同郷であることと
――
妹と同い年であることで、あの年の一年生には少し肩入れしてしまう部分があった。生きていたらアニエスはどんな子になっていただろうか。この子たちのように過ごせていただろうか。この子たちは楽しく過ごしているだろうか。アニエスのように、ただ一方的に奪われてなるものか。そう思えば、指導に手を抜くことなど出来る筈もなかった。
「教官のご出身は初耳でした」
「あまり言ったことはないからな」
「どうして、言ってくれたんですか?」
問いかけるイェルシィの目に気遣いが見える。こくこくと頷くマクシムも同じく。
「
……
いずれ、お前たちには話す機会があるだろうな」
愛すべき生徒たち。信頼のおける、未来の
灯
ともしび
となる者たち。
私の期待。希望。未来。
これはある意味で酷く自分勝手な期待だ。
『上』の意図にただ従うのではなく、自らの意思を以って戦い、命を守って欲しい。
その期待を懸けるには、私自身の罪を話さなければならない時が来る。その時に私を蔑んでも、断罪しても、この連邦を変える灯となって欲しい。
彼らにはそれが出来ると、私は自分勝手に信じているのだ。
「教官
……
」
戸惑いと、問いを呑み込む声色。本当に彼らは、マナと還った彼は、優しく真っ直ぐだ。
「見えたな。ひとまず宿を借りて休んでいろ」
慌ただしい村の様子が目に入る。増援の連邦兵はまだ少し時間が掛かるだろう。
「教官、彼女を置いたら僕も」
「いや、ついていてやれ。口で主張しているよりもずっと疲れている筈だ」
「む」
「
……
えへっ」
「誤魔化されないからね!?」
二人を宿に置いて、報告と今後の指示系統を確認する。
周囲の獣も凡そ狩り終えたようで、ひとまずは大丈夫だろう。
見上げると、木々の合間からマナの川が見える。
彼は、故郷に帰れただろうか。
勝手に期待して、期待した通り真っ直ぐ強くなった彼は、私のそれがなければ命を散らさなかっただろうか。
次代の灯と期待を懸けなければ。
「
……
いや」
彼の生き様と死に様まで私の後悔の種とするのは、傲慢だ。
私が失望した故郷。失望なんてしたくはなかった故郷。
どうか彼が望む場所に帰れるように。もう一度祈って、宿に足を向けた。
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