冬灯夜
2022-06-07 21:56:20
2282文字
Public ルミナリア
 

好きなもの

ルミナリア アレクサンドラ独白+?
#ルミナリア版ドロライ企画【アレクサンドラ】【芽吹くもの】
・クーデター後~

 好きなものは沢山ある。
 食べることが好きだ。山盛りの肉も白米も。
 人と話すことが好きだ。笑いながらその日あったことを話したり、酒を呑んで愚痴を言ったり、子どもと遊んだり。
 生まれ育った帝都が好きだ。家族も、列車の音も、いつか無くすと決めているスラムも、気のいい人々も。
 戦うことが好きだ。相手が強者であればある程、心が躍る。
 連邦で言うなら、エンブリオを宿した双銃の彼女。銃撃の雨と苛烈な足技。荒々しく、隙がない。
 同じくエンブリオを宿した長剣の彼。踊るような剣戟と研ぎ澄まされた一撃。美しく、容赦がない。
 レオ。真っ直ぐな太刀筋の真っ直ぐな青年。戦場で見える時には彼の気高さに応えたいと思う。
 任務だから、必ずしも最後まで戦えるとは限らないが、こうした邂逅は貴重だった。
 帝国ならば、やはりバスチアンだ。力強いという言葉すら足りないほどに、強大な力と剣技。時折手合わせをするのだが、その後の食事は大変美味い。いつだったか修練場でやった時には「ここでやるな」と追い出され、見物だけでも身になると思ったのだが、修理代の請求書を回された時には少し反省した。以降はレインツ荒涼地帯をよく使っている。
 戦争は。
 ……戦争は、好きではない、かもしれない。
 私の矛盾を突き付ける。
 それでも戦うのは、私の力が役に立つからだ。民の犠牲を減らせると信じているからだ。
 ……そう、私は命に差をつけている。私の、帝国の側に立つ者と、相対する者とで。
 私という人間がしていることは、こちらの犠牲をあちらに押し付けているだけだと知っている。
 だからこそ。早くこの戦争を終わらせなければならない。
 アウグスト。
 私が一度も勝てない相手。本人の言う通り文武両道であり、働き過ぎであり。実のところ、直接剣を交えたことは少ない。のらりくらりと躱されることが多かった。ただ、共に任務をこなした軍部時代、その戦術、戦略、圧倒的な実力を目の当たりにしたし、何度も助けられた。
 だからよく知っている。
 リンゴが好きで、強く、無駄のない思考をする。
 その根底にある考え方が、決して相容れるものではないということを。
 最近、気付いたのだ。
 私は、アウグストのことを知らないのではないか、と。
 考えてみれば、アウグストの生まれも過去も知らない。特に語ることはなかったし、訊くことでもないと思っていた。
 それでも帝国の為、民の為、そこさえ確かならば、共に歩いていけると思った。思っていた。
 きっと帝国の為だろう、と。連邦に対する非情も、時に犠牲を払うのも、それ故だろうと。
 ……私はお前のことを何も知らない。
 それでも。
 それでも尚、お前が『変わった』と感じる。共に駆け抜けた軍部時代の日々の中で、民への非道にほんの一瞬、隠しきれぬ怒りを見せたお前を。いつも取り澄ましているのに、私を揶揄う時に時折見せた楽し気な顔のお前を。知っている。
 だから。

「アウグスト」

 玉座へと歩みを進める。
 ラプラスも、バスチアンも、ユーゴも、剣に任命された二人もいない。
「どうしました、アレクサンドラ」
「私が来ると分かっていて、空にしただろう?」
「そうですね」
 部屋の中央で立ち止まる。
「最後の確認に来た」
 見上げたアウグストは、いつも通りに笑っている。
「お前は、止まるつもりはないのだな」
「ありますよ、なんて答えを期待してはいないでしょう?」
「そうだな」
 分かっている。期待はしていなかった。だからここに来たのは、最後の一押しと、宣言の為。
「アウグスト」
 冷酷で、冷徹で、それでいて炎のような何かを抱えた、揶揄い好きの朗らかな男。
 我が戦友。
「私はお前を、必ず太陽の下に引きずり出してみせる」
 剣を鞘ごと目の前に掲げる。
 アウグストは顔色一つ変えずに、おや、と首を傾げた。
「謀反ですか? それとも反乱、革命?」
「いいや、そうではない。我が剣は帝国の為に。――だから、お前に捧げることはできない」
 アウグストが剣を見つめる。剣を腰に戻して向き合う。
「これを言う為に来た。……ではな」
 アウグストの返事はない。踵を返して出口へと向かった。
 かつん、と玉座から硬い音がする。
「アレクサンドラ」
 半身だけ振り返ると、アウグストが階段の直下にまで降りてきていた。
「このまま帰す、などと思ってはいないでしょうね?」
「思っているさ」
「ほう?」
 少しだけアウグストの表情が崩れた。これは面白がる顔だ。
「私は白狼将アレクサンドラ・フォン・ゾンネ。お前が帝国一有能でも、クーデターからほんの一年程度で白狼将の離脱を招いては求心力も落ちるというもの。だから私を排除することはない」
 今はまだ、と心の中で付け足す。
「これからも、白狼将として十分に貢献するとも」
 再び踵を返す。
 後ろから床を叩くような音がして、玉座の間に張られていた創術が割れた。
「活躍に期待していますよ、アレクサンドラ」
「ああ」
 もう振り返らずに玉座の間を後にする。
 ――我らが帝国の為に。
 民を、祖国を守る為に、この剣は在る。
 敵を屠るのがその為ならばそうしよう。『敵』と協力することがその為になるのなら、そうしよう。
 アウグスト。お前自身が、その守るべき民の一人であると――私は決して譲らない。
 微かに漂うパンの香りに小さく笑みが浮かんだ。
 ああ。食べることが好きだ。
 誰もがこの幸福を享受できるよう、身を尽くそう。