冬灯夜
2022-05-26 21:42:41
2169文字
Public ルミナリア
 

二つの炎

ルミナリア アウグスト+狼将ズ
#ルミナリア版ドロライ企画【アウグスト】【消えない炎】
・林檎を食べる理由

 ナイフを持つ。刃を薄く入れる。厚くならないように、ぎりぎりの所を滑らせていく。
「入るわよ、アウグストちゃん」
 言うが早いか扉が開き、あら、と赤を纏った魔女はアウグストの手の中に目を留めた。
「ノックくらいしてください、ラプラス」
「い、や、よ。だってその方が面白いもの見れそうじゃなぁい?」
「見れましたか?」
「今回は別に、って感じかしらぁ」
 顔を上げずに手を動かし続けるアウグストに、ラプラスは近寄った。
「食べたかったら構いませんよ」
 綺麗に皮を剥き終えて、白い実を――林檎を皿の上に切って乗せていく。
「そうね、宰相サマ手ずからの、一つ頂こうかしら」
 小さな欠片を取って、そしてラプラスは口を尖らせた。
「何これ酸っぱ」
「そういう種類ですからね」
 言いながらアウグストも一つ口に含む。昔と変わらぬ味だ。
 とんとん、とノックの音がする。
「どうぞ」
「失礼する」
 表情の変わらない巨漢が入って来て、やはり林檎に目を留めた。
「任務の確認に来たのだが」
「ああ、それなら――
 事前に頼んでいた任務の詳細を伝える。了解した、と去ろうとしたバスチアンの腕に、ラプラスがするりと纏わりついた。
「せっかくだもの、バスチアンちゃんも食べていきなさいよ」
「む」
「ええ、どうぞ」
 二つ目を剥き始めながら、バスチアンに皿を勧めた。
 では、と太い親指と人差し指で、大男が慎重に林檎を取る様は、どことなく可笑しみを感じさせる。
「どーお?」
 ラプラスはわくわくした様子で問いかける。
 咀嚼し、飲み込み、バスチアンは頷いた。
「林檎だな」
「それだけぇ?」
…………酸味だな」
 真剣に考えこんだ後、どうにか感想らしきものをバスチアンは引っ張り出した。
「ま、いいわ」
「では、自分は任務に」
 再びノックの音。
「入るぞ、アウグスト」
「失礼します」
 青と白銀を纏った狼将が、緑の狼将補と共に入ってくる。こうなると少々手狭なのがこの執務室だ。二つ目も剥き終わって皿に追加していく。
「あら白犬、グッドタイミング」
「何だ赤猫。何を企んでいる」
 ばちりと火花が飛んで、やだぁ、とラプラスは笑った。
「アウグストちゃんが手ずから剥いた林檎、頂いてたのよぉ」
「宰相閣下自ら……ですか」
 意外そうにユーゴが目を瞬かせ、アレクサンドラの目は林檎に釘付けになった。
「ええ。よろしければ」
「ああ、頂こう!」
「頂戴します」
 フォークで意気揚々と刺して、アレクサンドラとユーゴは口に入れ――動きを止めた。
「どお? どーお?」
 にやにやと笑みを浮かべながらラプラスは顔を覗き込む。
「あ、赤猫、貴様……
「あらぁ、宰相サマの林檎が食べられないって言うのかしらぁ?」
「誰がそんなことを言った!」
……ええと、その。バスチアンさん、今日も任務に帯同を……
「む。そうか。では行こう」
 そっとフォークを置いたユーゴがバスチアンに話しかけ、二人は揃って執務室を出ていく。ではな、失礼します、と言った先ではアレクサンドラとラプラスがまだ言い合っていた。
「ふふ、じゃあアタシも行くわぁ。精々食い意地張って死なないことね、白犬」
「死ぬか!」
 じゃね、とラプラスが去り、あっという間に執務室の人数が減る。
 ナイフを置くと、後には一個半分の林檎が残った。
……酸味の強い林檎なのだな」
「ええ。裏切りの林檎と言うのですよ」
「それはまた、凄いネーミングだな……まだ、貰ってもいいか?」
「構いませんが……酸っぱいでしょう?」
「ああ。確かに酸っぱいが、癖になる酸っぱさだ。口が爽やかになっていい」
 二切れ目を口にして、一瞬ぎゅっと眉を顰めつつも、アレクサンドラは飲み込む。
 三切れ、四切れと食べ――はっと気付いたかのように手を止めた。
「すまない、私ばかり」
「構いませんよ」
 言って、一切れ口にする。
 あの炎の中で、林檎園の中で、焼けていった林檎の匂い。赤い赤い、林檎の皮のような血の川。
「しかし、どうして剥いたのだ? 腹が減ったのか? 林檎だけでなくちゃんと食べた方がいいぞ」
「特に空腹ではありませんよ。自分と、それからある人に剥いたので」
 あの日の炎。
 くべる。林檎を。薪を。決して消えぬ光景を。
 裏切りの林檎を好いてくれた二人のために。
……大切な人なのだな」
「ええ」
 今日は誕生日。もう年を取ることのない娘の、最後の幸せな思い出。
 ケーキを喜んで、ロウソクに火を灯して。
 ――吹き消した炎が、目の前で燃える。
 そうだ。消えない。決して。
 二つの炎が混じり合って、薪を、もっと薪をと揺らめく。
 もう一切れ、口にする。
 アレクサンドラも続けて口に運んだ。
「うん、大分味わい方が分かってきたぞ」
「そうですか」
 それはよかった、と口の中で味のしなくなった林檎を飲み込む。
 やがて全て林檎を食べ終えて、アレクサンドラは書類を置いて執務室を出た。
 その前に、こちらを振り返る。
……ちゃんと休めよ」
「ご心配なく」
 くべましょう。すべて。
 人も、地も、太陽も。決して消えぬあの炎の中に。
 窓の外は快晴だった。
 呟いた二つの名を聞く者は、ただ一人だけ。