冬灯夜
2022-05-02 22:36:18
1628文字
Public ルミナリア
 

そこにお前がいるということ

ルミナリア ガスリゼ
・珍しくもない日常の話
・甘くはない

 穏やかな昼下がり、イーディス騎士学校は昼食を終えた生徒達がそれぞれの授業に向かい始めている。
 慌ただしくもどこか長閑な中を、リゼットは職員寮の自室へと歩いていた。ずれ込んだ昼休みの残りを過ごす為に。
 鍵を開け、内側から扉を閉めようとして――僅かに扉に掛かる抵抗を感じた。顔には出さず、数秒待ってから扉と鍵を閉める。途端、現れた気配に小さくため息を吐いた。
「お疲れ、リゼット」
「お前のせいでな」
 唐突に目の前に現れたように見える男――ガスパルは、意に介さずへらりと笑った。
「で?」
 窓辺の椅子に腰かけながら問う間にも、ガスパルは一直線にベッドへ向かう。そのまま靴だけ脱いでうつ伏せになった。
「仮眠。二時まで」
「授業がある。起こさんぞ」
「なら一時半」
 ガスパルは枕を抱き込むようにして顔を伏せた。リゼットが了承を与える前に、静かな寝息が立ち始める。
……まったく」
 ガスパルが唐突に現れるのは、今に始まったことではない。幼い頃からそうだし、リゼットが教官になって、そしてマイシュが帝国領になってからこれまで、増えてきている。
 様々な任務を熟してきた。結果として騎士学校の教官に押し込められた。それ自体はリゼットにとって大切なものになったけれど。
 ガスパルは諜報――つまりはリゼットよりもより深く暗部に関わっている。言えないことばかりであることだけは分かっている。だから何も訊かない。ガスパルも言わない。けれど、時々思うのだ。
 『お前は、何を思っている?』
 読みかけの本を手に取る。時計を確認して、リゼットは本を開いた。
 あの軽薄な笑みを浮かべさせるくらいなら、呑み込んでいた方がずっとずっとマシだった。


* * *


 一章分を読み終えた所で、ちょうどの時間だった。
 ガスパルは全く同じ体勢で眠っている。あれは寝づらくないのだろうか、と思うが、リゼットのベッドを使っている時は大抵同じ姿勢なので、個人の好みだろう。
 本を閉じて、静かに上下する頭を見つめる。
 いつも勝手に入っては勝手に振る舞い勝手に酒も漁る。
 そう出来る人間が他にいないのだろう、と理解している。
 これで他でもそうならば、リゼットの見る目がないかガスパルの騙りが上手いかのどちらかだ。
 ベッドに近付く。ガスパルは反応しない。
 ふと、悪戯心が湧いた。一つ結びにしてある髪紐を緩める。やはりガスパルは動かない。
……おい」
 ベッドの脚を蹴って揺らす。
「ん」
「とっとと出ていけ」
「へいへい」
 時計を確認したガスパルは起き上がる。欠伸が一つ。
 リゼットも必要なものを確認して扉へ向かう。
「さて、そんじゃ――おわっ」
 振り向くと、髪の解けたガスパルがいた。
「おま……何しやがんだ、ったく」
「ふん」
 文句を付けながら髪を直すガスパルに、笑ってみせる。
 直し終えたガスパルは肩をすくめる。次の瞬間、気配が一気に薄まった。
「狸寝入りも程々にしておけよ」
 だから、もう答えが返ってこないのを承知の上で言ってやる。僅かに空気が揺れた気がした。
 多少のじゃれつきくらい、意趣返しとして受け止めるがいい。
 さっさと普段の早さで扉を開閉し、鍵を掛ける。
 次は模擬戦だ。可愛い生徒達が待っている。振り返ることなく、リゼットは授業の場へと向かった。


* * * 


 リゼットは知らない。
「バレてないとか思ってたの、とんだ間抜けかよ……
 人気のない場所でガスパルがしゃがみ込んで呟いたのを。
 ベッドに近付いた時点で目を覚ましていたのも、されるがままに髪紐を解かれていたのも。悪戯をされたフリで黙っていたのも、バレていたということで。
 ため息を吐いて、ガスパルは立ち上がる。
……さーて、お仕事お仕事」
 小さく浮かんだガスパルの苦笑が、いつもの軽薄さとは違ったものだということも、リゼットは知らない。