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冬灯夜
2021-08-22 22:24:44
4040文字
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TOV
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あの日の光と今日の月
TOV レイ→エス前提でレイヴンとジュディス
・終盤辺り
・十年前のことを知りたいジュディス
・虚空と竜使いのネタバレ有
紺色の夜の中を、バウルに曳かれてフィルティア号は進む。
雲は夜に階調を付けて、月と星がいつもよりも近い場所で瞬いている。
私はバウルを見上げながら『声』を交わす。調子は悪くないか、おなかはすいていないか。いずれも大丈夫だと答えが返って、そちらこそ休めているのか、と問い返される。大丈夫よ、と返して苦笑した。
確かに今日は移動が多く、地上で魔物と戦ったりもしていない。何となく物足りなくて、ユーリとフレンなどは手合わせをしようとして複数から怒られていた。今は大人しく部屋で身体を動かしているだろう。
私はと言えば、バウルと話すついでに風に当たろうかとこうして甲板に出てきたのだ。
同じだ、とバウルが言う。何が、と言う前に、あっち、と甲板の反対側を示され、ぐるりと回ってみると。
「ふふ」
小さな笑い声と、会話。
白い後ろ姿と、紫の羽織。こちらに背を向けたエステルと反対側に立つレイヴンだった。
何事か道化るレイヴンに、エステルは肩を震わせている。それを見たレイヴンもふと顔を緩め
――
こちらに気付いて、おやと声を上げた。エステルが振り返り、こちらを認めるやにこりと笑う。
「ジュディス、お散歩ですか?」
何となく言葉の選択がおかしくて、小さく笑いながら二人に近付く。
「そうね。バウルと話していたの」
「そうなんですね! バウルは元気ですか?」
「ええ。ありがとう、って言ってるわ」
「わたし達こそ
……
いつも運んでくれてありがとうございます、バウル」
バウルの言葉を伝えるとエステルはその場で頭を下げた。汽笛のようにバウルが応える。優しく身体に響くこの声は、心地よい。
「二人で話していたの?」
「はい」
「ちと風に当たろうと思ったら、たまたまね」
くしゅん、と小さなくしゃみが響く。口を手で覆ったまま、ごめんなさい、とエステルが言った。
「大丈夫かい?」
「冷えたかしら」
「そうですね
……
少し長居してしまったみたいです。先に戻りますね」
船室へ戻っていくエステルに手を振る。またお話ししましょうね、と笑顔で彼女は去っていった。
しん、と一瞬の沈黙が落ちる。
「ジュディスちゃんも風邪には気を付けなきゃだめよー?」
それを埋めるように、レイヴンはへらりと笑った。
「そうね。
……
お邪魔だったわね」
「なーにを仰る、ジュディスちゃんが邪魔なんてことあるわけないじゃない。むしろおっさんは大喜びよ」
いつもの薄っぺらい、大袈裟な態度。風に飛ばされそうなくらいひらひらしているのに、めくった所でそこにはきっとまた薄い膜があるだけ。
先ほどの緩んだ顔とどれだけ違うか、本人は自覚しているのだろうか。
「好きなんでしょう」
周囲に人はなく、ほんの少しの好奇心と衝動で以って、口にした。
「エステルのこと」
レイヴンは、一瞬なにを言われたか分からない、というような顔をして
――
口を噤んだ。迷い、疑問、戸惑い、葛藤。色んなものがせめぎ合っているようで、けれどその表情は動かなかった。
私もまた口を閉じ、じっと見つめる。こんなに長く目が合うのは、彼にしては、そして自分にしても珍しいことだ、と思いながら。
やがて、その目が下に逸らされ。
「
…………
なんで分かったか、聞いていーい?」
再び目が合った時には、どこか諦めたような苦笑が浮かんでいた。
――
不意に、魔が差した。
見ていれば分かるもの、と言いかけるのを飲み込む。
思いついてしまった。
彼は、十年前のことを知っている。あの時
――
テムザが滅んだ時。その近くに、彼はいたのではないかと。
「答える代わりに、一つ訊きたいことがあるの」
「へえ、なに?」
こんなやり口でなくても、レイヴンは答えてくれるかもしれない。けれど、弱味を見せるのを、秘密を明かすのを拒む自分が、それを許さなかった。
「
……
ジュディスちゃん?」
伝わってくるのは、バウルの心配とレイヴンの戸惑い。
代わりに彼の弱味に付込む葛藤を、振り払う。
「答えたくなかったら答えなくていいわ」
「うん
……
?」
「人魔戦争のこと」
「
――――
」
明らかな戸惑いが、凍る。
分かっている。あの戦争が残した傷のことを。どんな思いをしたのか、経験したのかなんて、聞かなくても想像できることだ。
それでも。
――
それでも。
あの時テムザの近くにいた可能性があるのは、きっともう彼だけなのだ。
「ヘルメス、というクリティアに会ったことはある?」
レイヴンは凍った表情のままこちらを見ている。
目を逸らしたくなった。けれどそうしたら本当に卑怯者になってしまう気がして、逸らせなかった。本当も何も、とっくに卑怯だというのに。
レイヴンは目を閉じる。一つ息を吐いて、次に目を開けた時、その表情は凪いでいた。
「あるよ」
息を飲む。
「
……
多分、っていうか推測になるけど、最期も」
ああ。
……
ああ。
「それでいいなら、話すよ」
「
……
お願い」
どうして、とレイヴンは訊かなかった。船の壁に背を預け、座って夜空に目を向ける。私も同じように座って彼の言葉を待つ。
「会ったっつっても、個人的に話したのなんか殆どないんだがね。テムザの近くの砦で、俺達は魔物の大群と戦ってた。まあ、最終的には化物
――
始祖の隷長相手だから、結果は知れたもんよ」
言い直した彼の思いやりに、手を握り込む。予測された彼の過去と、父の過去に。
「ヘルメスはいつも青い顔をしてた、って印象が強いな。話したのは、砦を出る前。うちの小隊長が研究成果を届けてくれって言われて預かった」
思わず彼の方に顔を向ける。
「
……
ま、そういうことよ」
困ったような苦笑。アレクセイにヘルメス式の術式が渡った理由が、目の前に在ったとは。父は自らそれを託したのだ。きっと、アレクセイのことを信じていたから。
「
……
それから?」
「全員が砦を脱出してから、兵装魔導器の援護が砦からあった。自動で動くようなヤツじゃなかったから、誰かが残ったってのが分かった」
握り込んでいた手が震えた。
「そんで、とんでもない光と衝撃があって
――
魔物ごと、砦を飲み込んで消えた」
あの夜、テムザまで届き、全身に響いた地鳴りと揺れ。
今でも覚えている。その後の襲撃と共に忘れられなかったもの。
あれは
――
「直接見てはないから、残った誰かは本当に『多分』でしかないんだけども」
すまんね、と小さく零すレイヴンに首を振る。
「いいえ。
……
いいえ」
――
あれは、父の命だったのだ。
テムザを揺らした衝撃も、音も、光も、全て。
私は既に知っていた。感じていたのだ。全身で、父の最期を。
バウルが声を掛ける。ナギーグ経由だけでなく、実際の音で。
「おっと」
大丈夫よ、と返す。
「
……
ありがとう。話させて、ごめんなさい」
「いんや」
立ち上がると、レイヴンも立ち上がって裾を払った。
夜空に星が煌めいて、満月がすぐ近くに見える。あの日の空は、どんなだったか。
「
……
なんで分かったか、だったかしら」
「へ。
……
あ、ああ、そういやそんな話だった
……
いや忘れてくれていいっつーかむしろ何か白状したような気がするけど忘れて欲しいっつーか」
ひく、と顔を引きつらせたレイヴンが早口にぼそぼそと言っている。その顔はとっくに解凍されていつも通りのようだが、より素に近い。
「だって、見ていたら分かるもの」
今のように。
「
……
えええー。いやー、おっさんさー、結構大分隠してたつもりなんだけどさー。えー
……
。
……
そんな分かりやすい?」
「そうね。私にとっては」
この食わせ者がここまで表情を崩して素の感情を見せるのは、エステル以外にはなかなかない。
例えば私を含めた仲間達にも見せることは増えてきたけれど、ここまでの動揺を引き出せるのは、やはりあの子くらいだ。
あの誘拐事件の後、二人にどんな遣り取りがあったのかは知らない。ナギーグを持たない彼と彼女がどのように、どれだけのものを受け取ったのかも。
けれど、ほんの少しだけ分かる気もする。暴風のように叩き付けられる想いや、湖に落ちていくような想い、静かに包み込んでくれるような想い。
そして、迷っても恐れても前を向くその姿に抱く、憧憬や心配も。
「はーあ。ジュディスちゃんには敵わんなあ」
「あら。エステルには、でしょう?」
「
…………
おっさんもう溜息出ちゃう」
レイヴンはわざとらしくがっくり肩を落とす。とりあえずこれ以上は止めておいてあげることにした。
「大丈夫よ、言わないわ」
「そこは信じてますっつーかそうしてくださいマジで」
彼の傷に触れた上、本人が秘しているものを勝手に漏らすのは仁義にもとるだろう。私にとって大きなものを明かしてもらったのだから、尚のこと。
「
……
もどかしくは、思うけれど」
それでも、これもまた本音だ。
大事に大事にしているそれは、まるで傷つけたくない、傷つきたくないと近づかないハリネズミのようでもある。あれほど優しく、嬉しそうな顔をするのに。
レイヴンは答えず、ほんのり苦味を乗せて笑った。
「私も戻るわ。おじさまも程々にね」
「あいよ。おやすみ」
「ありがとう。
……
本当に」
甲板から去る直前、ちらりと後ろを見る。レイヴンは空を見ていた。
――
今日は、満月だ。
割り当てられた船室に戻る前に、廊下で立ち止まる。
あの時のことを、決して忘れまい。全身に刻み込まれた衝撃を、光を、全てを。
胸の奥が熱く、苦しい。思い出と感謝とが交じり合って、胸の前で両手を握り込む。
大きく息を吐いて、前を向く。
私の後悔が消えるわけではない。けれど、知れたから。私が父の最期を知っていたことを。
だから、祈る。彼の想いが、どうかどこにも行かぬまま消えることだけはないように、と。
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