冬灯夜
2019-07-21 00:24:56
2405文字
Public TOV
 

笑みを向けるひと

TOV レイエス
・ED後に皆で集まったよ
・レイ→(←)エスっぽい
・書きたいとこを書いてたらまとまらなくなったよ!

 気付いた時には、もう遅いのだ。いつも。

 久しぶりの再会に喜ぶ仲間達、その内の一人の横顔を盗み見ながら、思う。
 いつだってそうだ。
 己の心を捉えるのに手間取って、周りの手にも気付かなかった己に気付く。傷付けてから、気付く。
 エステリーゼが真っ先に駆け寄ったのは彼女の親友。それから彼女に自由を見せた男。
 楽しそうにあれやこれやと近況を話し合い、「ユーリはどうでしたか?」と話題を振る。その横顔は純粋な喜びに満ちていて、ここ最近の忙しさによる疲れも感じさせない。
 ああ本当に、いつだって遅い。
 己が自覚した時には、既にそのひとは別の誰かを心に住まわせている。──出会ったその時には、と言ってもよかったけれど。そう言うのはどうも、負け惜しみが過ぎる気がして。
「レイヴンは? 最近ダングレストに戻ってないから、久しぶりだね」
 少年の声に視線をやる。
 直前まで生返事していた会話を脳裏に戻す。
「そうねえ。最近売れっ子じゃないの、凛々の明星」
「へへ、うん!」
「おっさんは、ま、いつも通りよ。ダングレスト行ってー、帝都行ってー、たまに別大陸まで引っ張り出されておっさんもうヘロヘロよ」
 モテモテだね、と笑った少年に、大袈裟に息を吐き出してみせる。
「ちょっとは労ってよねー」
「そうですね。レイヴンはすごくがんばってます」
 若さを寄越せ、とからかうつもりの横から、柔らかな声がした。
「移動も多くて、とても大変だと思います」
「そっか。そうだね」
 いつの間にか、グラスを両手に彼女がそこにいる。少年と頷き合って、グラスを交換した。これおいしいですよ、ありがとうエステル、どういたしまして。微笑ましいやりとりをしたと思ったら、ほんの少し眉根を下げる。
「それなのに、わたしがハルルや他の街に行く時、よく送ってくれるんです。手を煩わせてしまうのは申し訳ないんですけど……
「や、そりゃ陛下やフレンちゃんに頼まれてっからさ。嬢ちゃん気にすることじゃ」
 言い訳がましい。頼まれて便利に使われているのは確かだが、その時間を喜んでいるのが理由の大半のくせに。
 こちらを見上げた瞳が、少し翳った気がした。
 なんだ。何故だ。
 思い当たらずひっそりと動揺が走る。
……でも、わたしは感謝してるんです。気にかけてくれて」
 グラスの中身が跳ねた。
 少年はいつの間にか金髪コンビのところで話をしている。
「そりゃ……嬢ちゃんの方だよ。いつも心配してくれるでしょ」
「レイヴンもですよ。……だから、ありがとうございます。いつも甘えさせてくれて」
……ん!?」
 あまえ、なに? いつ!?
「レイヴンといるとつい気が緩んでしまって……だからいつも気付かれて、ゆっくり歩いてくれるでしょう?」
 それは。だって疲れているようだから。少しだけ長く、俺が時間を取りたくて。
 分かりやすい方の人だと思う。けれど、それを人前で出さないことも出来る筈の人だ。
 甘え。ああ、そうか。そう、なのか。
……ここだけの話」
「はい?」
「おっさんもね。嬢ちゃんの前だと結構……うん、油断しちゃうかもね」
 隠そうとした想いを、少しばかり形を変えて吐露してしまうくらいには。
 エステリーゼは目を瞬かせて。
「そうなんですね」
 ふわりと、笑った。
……嬉しいです」
 はっきりと動揺した。
 かつての小隊長の笑みを彷彿とさせた。昔、赤い花を見ていた時の笑みのように。
 そう連想した己と、それが向けられたことで。
「あっ」
 手元が狂ってグラスの中身が溢れる。幸いエステリーゼには掛からなかったが、テーブルクロスは染まった。
 待っててくださいね、と止める間もなくエステリーゼは小走りで去る。……とりあえずグラスを置いた。
 何故だ。つい先程まで、他者に向けられる笑みを見つめていたのに。それが叶わないものだと、言い聞かせていたのに。
 都合のいい夢を見たくなる己に辟易して、
「よかったわね」
「おわっふぃ!?」
 後ろからの声に妙な声が出た。グラスを置いててよかった。
「ジュディスちゃん……いや、せっかくのいい酒が溢れちまって俺様結構傷心よ?」
 クリティア美女は笑みを深める。
「動揺できて、よかったわね」
 ねえ、おじさま?
 ……実のところ、彼女には見破られている。うっすらと、だがはっきりと指摘されて以来、彼女の前では隠す意味を失った。
……もうちょっとおっさんに優しくしてくれてもいいとおっさん思いまーす」
「私の役割ではないもの」
 せめてもの論点ずらしあがきをしてみても全く乗ってくれない。うん。優しくない。
 ぱたぱたと足音が戻ってくる。
 ふきんと新しいグラスを手に、エステリーゼがやって来た。
「どうぞ、レイヴン。あ、ジュディスも何か新しいものを飲みます?」
「そうね、リタと同じものを貰うわ」
 そう言って離れていくのを後目に、エステリーゼからふきんを取ってテーブルを拭く。
「あ、わたしが」
「俺がやった分だからね、大丈夫よ。あんがとね。それより嬢ちゃんも何か飲んだら?」
「でも……
 大した量は溢れていなかったので、少々染みになる程度で済んだ。エステリーゼから今度こそグラスを貰う。
「ほら、さっきからリタっちが嬢ちゃん見てっから」
 おっさん黒焦げにされちゃうかも、とおどけて言うと、エステリーゼは天才魔導少女に手を振った。
「じゃあ、また後で、レイヴン」
 会釈をしてエステリーゼは親友の元へ歩いていく。
 そろりと息を吐く。
 一拍置いて、慌てて周りを確かめたが、誰もいなかった。
 再び息を吐く。
 油断するなどと、仮にも護衛の言葉ではなかったけれど。
 新しいグラスの氷に、ぴんと音を立てて酒が染みていく。
 薄紅色の後ろ姿に、密かに一人グラスを掲げた。