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冬灯夜
2019-03-15 20:50:25
2333文字
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TOV
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その温度を知らない
TOV レイエス
・手の温度とか感覚とかの話
・お誕生日お祝い(遅刻)でした
今日のフェルティア号は波に揺られている。
バウルが船を運べるようになってからは空を渡っていることも増えた今日この頃、久しぶりといえば久しぶりの洋上だった。
「あ、レイヴン、待ってください」
夕飯を済ませ、バウルもやや上空へ赴いて、さて風に当たるかと甲板をふらついていると、柔らかな声が呼び止めた。
「ん、どったの嬢ちゃん」
「これ、落としましたよ」
小走りに寄って来たエステリーゼの手には、小刀の飾り紐。見れば一部が解けていた。
「ありゃま、あんがと」
「どういたしまして」
渡そうとするエステリーゼに手を差し出す。飾り紐が乗せられた
――
ところで、そのまま手が止まった。はて?
「
……
レイヴン。怪我、してます?」
眉根を寄せて問われた声に、一瞬言葉を詰まらせる。
いや、別に、隠してたわけじゃなく。
「かすり傷だから、別に治すほどのもんでも」
「治します」
がしりと手を掴まれた。はい。逃げない。逃げませんから。
本当に大したことのない傷だ。戦闘中に治癒術を受けた後、最後の一矢を放ってうっかり弦に擦っただけで。
受け取る時に袂が少し落ちて、手首の先まで見えてしまったらしい。
ご丁寧にもう片手も捕まえられて、そのまま詠唱が始まった。
これはちょっと、ちょっと誰かに見られるとわりとマズい体勢な気がする。無論そんなことお構いなしに、エステリーゼは詠唱を続ける。
目を閉じた真剣な顔から視線を逸らした。
手袋越しの手は、温かく。急に全神経が手に集中したような気がした。
……
あ。
意外と
――
というべきか、当然というべきか。はっきりと分かるほどには、彼女の手は。
気付いたと同時、光が瞬いてエステリーゼが目を開けた。
「はい、終わりました」
「ぁ。あ、うん」
僅かにどもった俺に、エステリーゼは首を傾げた。
「どうかしました?」
「嬢ちゃんの手って、結構硬いんだ」
「え」
思ったままのことが、零れていた。
エステリーゼは繋がったままの手を見る。
「ご
……
ごめんなさい」
「へ」
「握り心地、よくなかったですよね。すみません」
「へ!?」
しゅんと肩を落としたエステリーゼに、己の失言を悟る。
いや、ちが、そういう意味じゃなく!
落ち込んだ様子で手を離すから
――
それがあまりに胸を衝いたから
――
だから、咄嗟にその手を掴み返していた。
「や、いや嬢ちゃん、そういうことじゃなくてっ」
「え、で、でも」
戸惑うエステリーゼに、俺は何やってんだと焦りのままに口を開く。
「手! ほら、手、剣持ってるでしょ!」
「は、はい」
「だから、ちゃんと、剣を使ってる手だなって!」
エステリーゼは目を瞬かせる。
「右は指の付け根から平がしっかりしてるし、左は盾の荷重で手首辺りが鍛えらえてる風に見えるし」
ってこのままだと誤解が解けない、握り心地がよくないなんて!
「そうやってちゃんと鍛えられてたって嬢ちゃんの手はやっぱり柔らかくてあったかいって思っ
……
」
思っただけ、なのに、何故、俺は、彼女の手を握っているのか。
そしていま俺は何を口走った。
あ、やばい、顔に熱が集まってくる。
非常に気まずい沈黙の中
――
おそるおそる、エステリーゼが俺の手を握り返した。
顔が見れない。その動きだけを見る。
「ありがとう、ございます」
どこか照れを含んだ、優しい声。
「
……
あの、レイヴン。触っても、いいです?」
「え、な、何を」
するりと手が抜ける。流れるようにエステリーゼは手袋を外して手すりに掛けると、再び俺の手を取った。
「レイヴンの手は、大きいですね」
手の平が優しく上向かされて、エステリーゼの指がその上をなぞる。
掌底から指の付け根。
「この指は弓の。左手はやっぱり、剣です」
それから一本一本、指を。
そっと走る温度はやはり温かく、硬く、柔らかい。
しかも何だかいい匂いがする。
茹だった思考でただ茫然としていると、エステリーゼが顔を上げた。
――
笑った。
「とても、鍛えている人の手です」
強くなく、弱くなく。ただ優しく、両手でもって、胸の高さで握られる。
エステリーゼが詠唱の時に取る形のように。祈りのように。
なんで、こんなに。
鍛えている、と、ただそれだけの言葉が、胸を締め付けるのだろうか。
「そう、かい」
「はい」
何故か嬉しそうに、エステリーゼは答える。
あ、と不意にエステリーゼの視線が下に向き、手を離して膝を曲げる。
「また落としちゃいましたね」
拾い上げた飾り紐を手の平の上に置くと、今度は握ることもなく自然に離れていく。
少しの沈黙が落ちた。
海風が吹いて、そっと髪を押さえるエステリーゼの手が、月明かりの下で白く見えた。
目が合う。
ほんの少し朱を残した目元で、エステリーゼは照れたように笑みを零した。
「
……
それじゃあ、あの、おやすみなさい」
「
……
あ、うん。おやすみ」
手袋を取ってエステリーゼは踵を返す。
「嬢ちゃん」
咄嗟に声を掛けると、立ち止まって振り向いた。手の中の飾り紐を軽く振る。
「ありがとね」
「いえ」
小さく手を振って、エステリーゼは船内へ戻っていく。
その背を見送って、飾り紐を持った己の手に視線を落とす。
まだ、熱を持っている気がする。炎のような激しい熱でなく、じわりと内から湧き上がるような温かさ。
「
……
ありがとう」
呟いた声が、波音に紛れた。エステリーゼ以外の音が、ようやく耳に戻ってくる。
仰いだ月は、柔らかな白い光だった。
お題的には「手の暖かさや触り心地をテーマにしたレイエス」でした
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