冬灯夜
2018-02-07 23:27:10
1823文字
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首席に見つかった

のですよ路地裏で

貴様わたし ──小刀が閃く。
 反射的に流して、だがそれが囮だと気付いたのは、足を払われてからだった。
 壁に背中を打ち付け、息が詰まる。そのまま中途半端に体勢を崩していく。
 首のすぐ横に、冷たい刃の平が添えられた。
「それで」
 刃と同じ程、いいや、それよりももっと冷たい声が降ってくる。
「貴様はどこの差し金だ?」
 ああ剣だけでなく小刀も使われるのだ──などとようやく追い付いた思考が現実逃避を始める。やけに手慣れていらっしゃるが、……小刀がゆっくりと、立てられていく。平でなく、鋭い刃の側に。
 この段に及んでどうにか、違うのだと叫んだ。何てことだ、これはやった人間の台詞ではないか。
「ほう」
 刃の冷たさが少しずつ鋭利になっていく。
 違う、誤解だ、自分はシュヴァーン隊の騎士である、と必死に言い募る。
 もがいた身体は鳩尾を押さえられているせいでまともに動かない。手は動かした瞬間、押さえ付けられていた。
「生憎と騎士の門戸は広い。造反もあり得る」
 温度のない。淡々とした。声は、恐ろしく冷たいのに。
「何の目的でつけてきた?」
 見下ろす目の、薄い色が。
 間近で見るそれに、知らず、僅かに口角が持ち上がっていた。
 やや垂れた隊長の目が、刃のように鋭さを増す。鳩尾の圧力は、痛みより先に息苦しさを連れてくる。
 ああ、違う、違うのです。
 ろくろく回らぬ頭で思考する。
 自分は、隊長のことが知りたく。
 傍にいるなど烏滸がましく。
 命を聞き、果たし、隊の礎に、ひいては隊長の礎に。
 ただただ見つめているだけの、邪魔をしないだけの今も、けれど。
 どうか、その目に、一瞬だけでも――
…………
 どれほど、どこから言葉にしたのか分からない。
 刃の恐怖も脳を痺れさせることはなく、押さえつけられた鳩尾が呼吸を乱し、隊長がそこにいるという喜びだけが頭を揺らす。
 ――刃が離れる。
 咄嗟に追いかけたと同時、鳩尾の圧迫がなくなり、隊長が立ち上がるのとは逆に己の身体は壁を伝って地面に落ちた。
 急激に息が戻り、咳き込む。
 見上げた先は逆光で、足が落ちてくるのだけが見えた。
 隊長、
 喉と胸の境目が踏まれ、掠れた声は言葉にならない。
「貴様、名は」
 答えさせる気はあるのだろうか――そう思わせる程の強さで力が掛かる。
 それでも答えなければ。答えずして、どうあれというのか。
 必死に絞り出した声は、届いただろうか。
 影に覆われている隊長の顔が、少しだけ見えるようになってきた。滲んだ涙による錯覚かもしれない。
「覚えておいてやろう」
 ………………幻聴が、聞こえた。
 片足を曲げ、そこに体重を乗せるように――自分にその圧迫と重圧がいくように、隊長は膝に腕を預けこちらを覗き込む。
 さきほどよりも遠い。
 けれど、代わりにその全身が目に映る。
 顔の横に落ちている黒髪、薄い青緑の目、常に冷静に冷徹に任務をこなす動かぬ表情、あえてなのだろう残されている顎髭、橙の隊服、ああ同じ色を己もまとっている。
 みしりと骨が音を立てた。
 増加する重みに、身体は勝手に呼吸を速める。
「今日のことを他に漏らさぬのなら。貴様の所業を、これから先、誰にも悟られぬのなら」
 言わない。言うわけがない。
 何よりも隊長がそう望まれるなら、否、命令されるならば、何にも代えて。
貴様は、痛みでは意味がないようだからな」
 見下ろす――見下される目が、影色を増した気がした。
 隊長、シュヴァーン隊長。
 わたしの隊長。
 今なによりも、堪え難いものを与えられていると、ご存知ですか。ご存知なのかもしれません。
「気持ちが悪い」
 ――心臓が止まった。
 気がした。
「とでも、言って欲しそうだな」
 一切の迷いなく、足がどけられる。
「貴様の望みを叶えたいのであれば、今後も従順な部下であることだ」
 そういつもの無表情で告げた隊長は、ごく僅かな間だけこちらの反応を見定めるよう、全身に視線を走らせた。
 必死に頷く。
 ――ほんの、一瞬。嘲るように片方の口角が上がった。
 それは本当に一瞬で立ち消え、何の余韻も残さず隊長は、踵を返して消えていった。
 路地裏に残されたのは己のみ。
 隊長がいたことを示すのは、今や身体の痛みと乱れた呼気だけで。それすらも徐々に消えゆく身体を、ただ縋るように抱きしめた。