冬灯夜
2018-01-09 22:50:32
6842文字
Public TOV
 

いつかの手紙

TOV レイエス
・首席と姫が昔出会ってたら
・お題くださいで頂きましたその3
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3858660#chapter_9_9 これの設定と思ってください

 早めの時間に宿泊予定の街につけば、大抵は自由時間になる。
 早く着きそうだから少し寄り道してモンスターを狩っておこう、とか、素材を探そう、となる場合もあるが、今日は合成や武器の調整、買い出しをしようということでそのまま街に入った。
 そして共用の買い出しが終わってしまえば、個人の時間だ。
 さて、俺はといえば、武器の手入れも終わって早々に暇を持て余している。
「カロルくーん、何してんのー?」
 なので備え付けの机に向かっているカロルに絡んでみる。いつもなら外に行ったり、旅の間に壊れた道具を修理しているのに珍しい。
「ちょっと手紙」
「へえ。ほうほうなるほど、恋文ね」
「べべべべ別に、ナンにららラブレターなんてっ」
 一応言っておくが中身は見ていない。
「いーわねえ若いわねえ。がんばれ少年! そーだ俺様が女の子の心を掴む書き方を伝授して」
「いらないよ絶対余計なことするし! もう、見ないでよー! 出てってよー!」
 可愛らしい恋模様を見守ってあげようとしたのに! 抵抗虚しく、部屋の外へ追い出されてしまった。最近おっさんの扱いが雑じゃないかねカロルくん。
 まあ仕方ない。昼間でも酒場はやっているだろう。
 道を探して歩いていると、見覚えのありすぎる姿が目に映った。
 白がよく似合う、薄紅の髪。手元を見つめる真剣な翡翠の目。
……嬢ちゃん」
 思わず零せば、彼女――エステリーゼはこちらを振り向いた。
「レイヴン」
 俺の名を呼んだ彼女は、お散歩ですか、とほわりと微笑んだ。
「カロルくんに部屋追い出されちまってさぁ。嬢ちゃんは本?」
 エステリーゼがいたのは、古本屋の前だった。店先に並んだ本棚から、一冊の絵本を手にしていた。
 エステリーゼはよく、本屋に来ている。古本屋、貸本屋、宿に並んだ雑多な本。時間があればそれを手に取り、楽しそうに読んでいる。時にはリタと一緒に行ったり、ジュディスに本を勧めたり。パティとはお互いに本を勧めあっているのも時々見られた。
「懐かしいものを見つけて、つい」
 エステリーゼが示したのは、古い絵本だった。
 見た所、絵本にしては字数が多く、文字が大きめの絵付き小説と言っても通用しそうだ。
 エステリーゼはそれを閉じ、本棚に戻す。
「ありゃ、いいの?」
「はい。お城に戻ればまだ残ってると思いますし……荷物にもなりますから」
 まあ確かに、本は嵩張る。
 だがその絵本から手を離す時も、見つめる瞳も、名残惜しさを隠せてはいなかった。
……おっさんがプレゼントしたげよっか」
「え?」
 次、城に戻るのなんていつか分からないし。読んで満足したら、どっかに売るなりあげたりすりゃいいし。
 目を瞬かせたエステリーゼに、いつものように軽い口調で――そう聞こえるようにと、早口になりそうなのを自制しながら続ける。
 エステリーゼは、首を振った。
「いいんです。ありがとうございます、レイヴン」
 きっぱりと、だが柔らかな声で礼を言われ、少々居心地悪く体重を乗せる足を変える。
 そっか、と何でもないように返した。
……欲しいのは、本そのものではありませんし」
「へ?」
 少し遠くを見て呟いたエステリーゼに、間の抜けた声が出る。
「あ、いえ。わたし、もう少しお散歩してきますね。レイヴンはどうします?」
「あー、おっさんは酒場にでも行こっかなって……
「そうですか。では、またあとで」
 飲みすぎちゃだめですよ、と釘を刺す一言を残し、エステリーゼは大通りへ去っていった。
 その後姿を見送り、彼女が見ていた本を手に取る。
 欲しいものは本ではない。
 では、何を熱心に見つめていたのだろうか。ただ、懐かしかったから?
 題名は見覚えがない。そもそも読んだこともあまりないのだが。
 エステリーゼは何を得ようとしいていたのか。……俺は、何を得ようとしているのか。
 とりあえず、開いてみることにした。

 昔々ある所に、貧しい青年がおりました。
 青年は幼い弟と妹の為、働いておりました。ですがなかなか暮らしはよくならず、毎日ふらふらになっていました。
 そんなある日、青年は街で困っているお嬢様に出会います。

 冒頭を軽く読んで、首を傾げた。
 読んだことはないはずだ。なのにどうにも、既視感がある。
 まあ、よくある話と言えばよくある話だろう。更に飛ばしながら眺めて――
「あ」
 ある一文に目が止まった。
 手紙の差出人の名。

『あなたの花より』

 それは、十年前にあの姫と話した記憶だった。


◇ ◇ ◇ ◇


 小さな人影がひょこり、ひょこり。
 城の柱の陰から覗いては、辺りを伺い次の柱へと走っていく。
 周りに人はいないようで全くの徒労であり(いたらすぐに止められている)、こうして自分に見つかっているということは隠れられてないということでもあり。
 声を掛けるべきか否か、随分と迷った気がする。
……どちらにお行きですか」
 だが結局、その歩みが騎士の見回り順路に差し掛かる前、声を掛けることにした。
「あ」
 振り向いた人影――エステリーゼという名の小さな姫は目を丸くして、素早く手を背中に回した。そのままそろりと後ずさる。すぐ後ろは柱なのだが――
「あう」
 軽くぶつけたらしく、片手で後頭部を押さえて姫はしゃがみこむ。
「お怪我はございませんか?」
「ぅ、はい、だいじょうぶです……
 涙目だが問題はなさそうだった。跪いて頭を下げる。
「申し訳ありません」
「い、いえ、シュヴァーンのせいじゃありません!」
 大きな声を出した後、後頭部に当ててた手をはっと口にやって辺りを見回す。何とも忙しい。
 当時、この姫の護衛任務に二度ほど就いたことがあった。と言っても軟禁の見張り兼遊び相手のようなものだったが。そういえば今日の担当をしている騎士はどこにいるのか。
「それで、どちらへ?」
「えっと……あの……
 護衛はどうやってか撒いた、のだろう。そしてその自覚も十分にあるのだろう姫は、目を泳がせて口ごもる。
 沈黙の時間に奇妙な居心地の悪さを覚える。あのまま放っておいても見回りに見つかっただろうから、見なかったことにしてもよかったのに。
 ともかく部屋に連れ戻してしまおうと口を開きかけた時、姫は顔を上げて真っ直ぐに見つめてきた。
「あの、シュヴァーン。ないしょにしてほしいことがあるんです」
「それは」
 出来かねることです、と言う前に姫は後ろ手に隠していたものを差し出した。
 あったのは、三通の便箋。
「お手紙を出しに行きたいんです」
 一番上の便箋には、幼くも上品な筆跡で『アレクセイ・ディノイアさま』と宛名が書かれていた。
「閣下のもとへ行かれる所だったのですか?」
「いえ、ポストのところまでです」
 それは城を出て貴族街まで行かないとないだろう。土台無理な話だが、この小さな姫は本気で目指していたらしかった。
……直接お渡しになってもよいのでは」
「ちがいます、ひみつのお手紙なんです。こっそり届けるか、ポストから届けてもらわないと」
 秘密の手紙、という響きに首を傾げる。直接渡すのは違うらしい、ということだけは何となく分かった。
 よくよく見れば、住所は『ザーフィアス城』とだけあった。切手は随分古いものが一枚、値段が違う。ついでに裏側には『あなたの花より』。……これでは届かないか、届いても本人が目にする前に悪戯として処分される可能性が高い。
「だから、わたしからの手紙だってないしょにしてくれませんか? あと、あの、わたしがここにいるって」
 そんなことを露とも想像してないだろう姫は、少々の後ろめたさを乗せてこちらを窺っている。
……恐らく、ポストからその手紙は届かないかと」
「えっ」
 お願いの答えになっていないことは分かっていたが、ずらした矛先に姫は大きな目を丸くさせた。
「どうしてです? ちゃんと切手もはりました」
「値段が違うようですし、宛先も……それにご自身のお名前がなければ返送もされないでしょう」
「じゃあ、こっちのも……
 アレクセイ宛の下にある手紙と、三通まとめて姫は項垂れる。
 ひとまず、これで一人で城下に行こうなどという無謀は止められただろう。
……では、お部屋までお送りします」
 告げた言葉に、姫は顔を上げた。その目は揺らぎ、開きかけた口からは小さな声が漏れる。
 帰りたくない、とはっきり訴える表情に、だが言葉はない。
 やがて、姫はきゅっと口を結んだ。そして、手紙を三通、まとめて差し出してくる。
「あの。じゃあ、シュヴァーン。これをアレクセイたちの所に、こっそり置いてきてもらえませんか?」
 己の顔よりも高く、俺に向かって。
 力を入れすぎて、手紙はくしゃりと歪んでいる。それに気付いて手で伸ばし、再び頭上へ。
 手紙など、アレクセイには直接渡すなり、何なら話せばいいことだ。それをどうして、ここまで『ひみつ』に拘るのだろう。その頑なさを、少々不思議に思った。
「何故、秘密なのですか?」
「え?」
 ぽつりと、何とはなしに訊いてしまった質問に一瞬、間が空く。
「それはですね! 本で読んだんです!」
 ぱっと明るく、花が咲いたように姫は語り始めた。
 曰く、絵本の物語。
 貧しい青年が、たまたま道で助けたお嬢様に一目惚れする。だが身分も何もかも違うと想いを伝えることは出来ず、ただ彼女の家を遠目から見ていた。
 その内に青年は商家で働き口を得て、幼い弟妹の分も稼げるようになっていった。そこで青年は、取引先の家であったお嬢様の苦境を知る。お家騒動に巻き込まれ、心を疲れさせていたのだ。
 直接言葉を交わすことは出来ないが、主人の取引についてゆけば姿を見れる。
 日に日に儚くなってゆくお嬢様の姿に、青年は考える。何か出来ないだろうか。金や身分はない。だが、それでも出来ることはないだろうか。
 考えた末に青年が始めたのが――
「お手紙なんです!」
 時に花を添え、絵を添え、飾りにもならないだろうガラス玉やリボンを添え。
 どうか負けるなと、あなたは優しい人だと。下手な字で、短い言葉の中に心を込めて書いていた。差出人は贈り物に合わせて『あなたの〇〇』
 やがてこっそりと手紙を置く場所に、お嬢様からの手紙が置かれるようになっていた。
 ありがとう、から始まる短い手紙。
「アレクセイが前に、わたしを花のようだと言ってくれたんです」
 姫は、はにかんで笑う。
 なるほど『あなたの花』の謎も解けた。
「だから、おねがいします……こっそり、届けてくれませんか?」
 改めて手紙を差し出す姫の懇願の目から、そっと目を逸らす。代わりに目に入った手紙に、気づかれないよう小さく息を逃がした。
「ちゃんとお部屋にお戻りになりますか?」
「! 届けてくれるなら、はい!」
 問いに答えず問いを返す、など不敬もいい所だと今なら思う。何度そうして誤魔化したことか。……当時はそんなもの、関心もなかった。
 顔を輝かせる姫から手紙を受け取り、部屋まで送る。
「お手紙、おへんじがくるとうれしいです」
 差出人が分からなければ無理ではないか、いやあからさまに分かると言えば分かるが、趣旨として分かってはいけないのではないだろうか。など考えはしたが、口出しはしなかった。姫は独り言だったのか、気にする様子はない。
 そして、ありがとうございます、と一つも曇りのない笑顔で姫は部屋に消えた。
 手紙の宛先を確認する。一通目はアレクセイ。二通目はヨーデル。……これはそれこそ、アレクセイに託せばどうにかなるだろう。
 三通目。
 『おとうさま、おかあさまへ』
 足の動きが一瞬、鈍った。
 その一瞬によぎった何かに、かつての記憶が浮上し、――――
 死んだ。死んでいる。誰が。かの姫の。――俺の。おれが。
 ――――断ち切った。
 機械的に進めた一歩と同時に。
 ……アレクセイへの手紙だけは机にでも入れておいて、残りは直接アレクセイに渡せばいい。
 今後の作業だけを頭の中でなぞり、明日の作業をなぞり、全ては奥底に沈んだ。


◇ ◇ ◇ ◇


……これだったのか」
 今の今まで忘れていた。彼女は覚えていただろうか。それとも、俺と同じように本を見て思い出したのだろうか。それとも。忘れたまま、ただ本を懐かしく思っただろうか。
 少なくとも、俺がシュヴァーンであるとはあの時まで悟られずにはいたが。
 日焼けした表紙には、青年とお嬢様が街を背景に見つめあっていた。
 暫くそれを見つめて――本棚に戻した。
 代わりに店内で居眠りしていた老人に声を掛ける。買ったものを懐にしまい込んで、俺は宿へと踵を返した。


「レイヴン!」
 夕食の後、そのまま食堂に居座って酒を飲んでいると、階上からエステリーゼの声がした。
 ぱたぱたと足音を立てて下りてくる。
「走ると危ないわよー」
「は、はい!」
 言いながら立ち上がると、ちょうど彼女は階段を下りきった。
 どったの、なんて嘯いてみせるが、分かっていた。
「あの、あの、これ」
 上ずるエステリーゼの手の中にあったのは、一通の手紙。
 正しくエステリーゼは、見つけてくれたのだ。
 安堵八割、喜び一割。残り一割は他人に見られてないかという不安だ。
「レイヴン、ですよね」
「ちょ、ちょっと場所移そうか」
「あ、そうですね」
 思った以上に熱い瞳を向けられて、気恥ずかしさが湧いてくる。
 だというのに彼女は。
「秘密のお手紙、ですものね」
 声を潜めて、ほんのり頬を染めて笑うのだった。
 ……ああもう。本当、まったく、ああもう。
 まだ疎らに人のいる食堂を抜け出し、人気のない廊下に佇む。リネンなどの宿屋のスペースにも近く、客はそう通らないだろう。
「レイヴン、覚えててくれたんですね」
「覚えてたっつーか、思い出したっつーか……嬢ちゃんこそ」
「実はわたしも、あの絵本を見つけて思い出しました」
 手紙で口元を覆って、だがエステリーゼがはにかんだのは分かった。
「ありがとうございます」
……ま、ほら、プレゼントするよーって断られちゃったからね、ちょっとした名誉挽回っていうね」
 名誉も何も。汚名返上と言うべきか。どちらにしろ、挽回できるものもなければ、返上しきれるものでもない。あるのは言い訳に包んだ、ちっぽけな気持ちだけ。
 戻ってもカロルがうんうん唸っている横で、こっそりと書いた手紙。
「嬉しいです、とても。……わたし、お手紙も出したかったけど、同じくらいお手紙も欲しかったんです」
 誰かの助けになるのと同じくらい、わたしへの言葉が欲しかったんです。
 小さく、またあの時のようにどこか遠くへ目を馳せて、エステリーゼは言った。
「ありがとうございます、レイヴン」
 こちらに向けられた瞳は、とても透いて見えた。
「わたし、お返事書きますね」
「え。や、別にいいのよ? 内容だって大したことないし」
「書きたいんです。受け取ってくれますか?」
……そりゃ、喜んで」
 女の子からの手紙は無下にしないわよー、といつも通りに軽口にしてみせる。
「あの絵本もお返事を書いてましたし。ふふ、名前、どうしましょう」
「ん? また変わった名前でやりとりしてるの? あの本」
「レイヴン、内容は知らないんです?」
「うん、冒頭ちょっとくらいしか」
「じゃあわたしが説明しますね! あ、でも、それだと読む時にもったいないでしょうか……
 生き生きとした顔になってすぐ、真剣に考えこむ。
 俺が読むのは、いつの間にか前提になっているようだ。
「じゃ、せっかくだから嬢ちゃんに教えてもらいましょっかね」
「はい! あ、そうです、お城に戻ったら一緒に読みましょう! それまではわたしの説明で我慢してくださいね。実は青年にお仕事の口利きをしたのはですね、」
 俺が答えれば嬉しそうに返事する。いいことを思いついたと顔を輝かせる。少し申し訳なさそうに、けれど楽しみが隠せぬように笑う。
 ころころ変わる表情が、愛おしい。
 浮かんだ感情に、ばかやろう、と冷や水を浴びせた。
 それでもほんの少しだけ、楽しみにしてもいいだろうか、と。
 手紙を押し抱いて部屋へ戻るエステリーゼの横顔に、言い訳を求めた。






レイエス書きたいからお題ください!! で書いたその3
お題箱から「エステルが小さい頃にシュヴァーンと些細なことがあって、それをどちらかだけが覚えてるとか、なにかのきっかけで二人で思い出すとか
そんなシュヴァエスからのレイエスとかいかがでしょうか!!」
ありがとうございましたー!