冬灯夜
2017-11-28 02:17:14
2627文字
Public TOV
 

芝居と道化

・TOV レイエス
・ED後 芝居を観に行った帰りがけ

 そろりと、男は女の手を取る。瞬間、引きかけたその手を、強く握った。
 女はそれ以上逃げなかった。
 二人は見つめ合う。
 やがて男は、泣きそうな顔で微笑んで。


「他には何もいらない。ただ、君だけがいてくれたらいい」






 ――なんてのは、物語の中だけだ。
 前列の端からその台詞を聞きながら、ちらりと隣に目をやった。
 胸の前で強く握られた両手、熱気でほんのりと上気した頬。エステリーゼは食い入るように前方の芝居を見つめていた。
 その集中力たるや、身じろぎ一つしないのだから凄まじい。
 一方、俺はといえばそこそこ真面目に、かつ隣の邪魔にならない程度に不真面目に座っていた。ベッタベタのラブロマンスを真剣な顔で見続けるのはなかなか気力がいる。
 最近、演劇ギルドが巡業公演を決定したのだ。手始めに帝都で公演することになり、それにエステリーゼと俺は足を運んでいる。
 正直そこまで興味はなかったが――「レイヴンも一緒に観に行きませんか?」と目をきらきらさせたお姫様にお忍びのお誘いされて、俺がどう断れるというのか。
 ちなみに凛々の明星はリタと共に調査依頼中、フレンは任務、パティは海の上で捕まらず、だったそうだ。都合よく帝都にいたのが俺だけだったわけである。

「あなたが、私だけを選んでくれるなら」

 わっと抑えた歓声が上がる。隣からも小さな息が漏れた。
 どうやら舞台も大詰めらしい。
 しっかりと抱きしめ合った二人を残して、割れんばかりの拍手と共に舞台の幕は下りたのだった。



「いいお芝居でした……レイヴンはどうでした?」
「ま、面白かったんでない?」
「だったらよかったです!」
 ある種適当な俺の返事にも、エステリーゼは嬉しそうに笑った。
 少し歩きませんか、と感動が冷めやらぬエステリーゼに誘われて、二人で公園を散策している。座りっぱなしだった足にはちょうどよい。
 心持ちふわふわした足取りのエステリーゼを追いかけ、軽く伸びをする。
「あれから二人は幸せになりますよね。苦難もありますが、二人でなら……
 夢見るような、そう信じているような。同意を求めるというより、独り言に近い口ぶりでエステリーゼは言う。
 ――どこか羨ましそうに見えた表情が、少しばかり胸を刺した。
「なぁに嬢ちゃん、またやってみたくなっちゃった?」
 そんな勝手な胸中を悟られぬよう、違う方向に誤魔化して茶化してみる。
 エステリーゼは目を瞬かせ、それから笑った。
「いいですね、またやりたいです! 今度はレイヴンも出ましょう?」
「お? おっさんの華麗な演技が見たいって? いやあ、またおっさんのファンが増えちまうなあ」
「レイヴンならきっと人気ですね」
 にこにこと本気の声で言われて、つい苦笑で返してしまう。そうだ、こうして自分の言動やリズムをいとも簡単に崩してくれる人なのだ。知っている筈なのに、おどけてみせるのはどうにも止められない。
「どんなお話がいいでしょう。小説を原案にしてもいいですし、知らないお話でも……今回みたいなお話も素敵ですね」
「今回みたいなのねえ」
 甘さで胃もたれしそうだ。何というか、本当にベタな話だったのだ。運命の出会いに苦難とすれ違い、そして二人の世界。素晴らしく王道だ。似合わない。
「あまり、やってみたくはないです?」
 乗り気のなさは伝わったらしい。
「あそこまで真っ直ぐだとねー。二人だけの世界とかいうのは若いもんの特権よ」
「そんなことないです、人を愛することに年齢は関係ありませんよ」
 エステリーゼは熱弁する。仮定の話で、そこから更に派生した話なのに、どこまでも真剣だ。
「二人だけの世界がだめなら、恋物語が出来なくなっちゃいますし……
「そうとも限らんよ?」
「じゃあどんな風です?」
 二人だけがだめなら。
 反射で叩き出していた答えに、一瞬返事が詰まる。
「それにレイヴンだって、誰かをあんな風に思ったり――思ったこと、」
 ――言葉を止めたのは、きっと彼女のことを思い出したからだろう。俺がかつて語った、彼女のこと。たった一言を最期に、終えた想い。
 言葉を探して、エステリーゼは迷う。真摯に。俺について。過去について。愛について。
 だから。
 これは、魔が差したのだ。

……レイヴン?」
 手を取られたエステリーゼが、惑った声を上げる。
 答えず、エステリーゼを見つめた。
 惑ったまま、だが真っ直ぐにこちらを見返してくれる。

「あんただけなんて俺には無理だ」

 見つめ合ったまま低く言うと、ぴくりと手が震えた。

「世界ごと全部なきゃ――あんたは、しあわせになってくれないから」

 目が、見開かれる。
 透いた翡翠色が、零れ落ちそうなほどに。
 それでも目を逸らさずにいる。口が僅かに開いたが、音にならない。
 そのエステリーゼの手を、ゆっくりと持ち上げて、

「ってな風でどう?」
 唇に触れる寸前、離して笑った。
…………え」
「君だけいればいい、ってほんと若者向けよねえ。熱くて結構」
……あ。あ、えっと、さっきのどんな風……の答え、です?」
「うん、そうだけど?」
 呆然としているエステリーゼに答える。
 それ以外の何でもない。魔が差しただけだから、そうでなくては、いけない。
 次の瞬間、エステリーゼの顔が一気に赤く染まった。
「そ、そうですよね、ええ。ちょっとあの、びっくりして」
 先程とは一転、目を彷徨わせながらの早口だ。
「二人だけだと、そうですよね、他にも大事なもの、ありますよね」
「そうそう、お酒とか」
「そ、れはレイヴンですっ」
 あまりの狼狽ぶりに、直視が出来なくなってきた。そこまで、そこまで、だったろうか。じわじわと二重の羞恥が湧き上がり、さり気なくエステリーゼから目を逸らす。大丈夫いまは夕焼けだバレない。
「でも……あの」
 少し落ち着いた声に、逸らしていた目を戻す。
「とても、素敵だと思います」
 赤みの消えぬまま、優しくエステリーゼは笑った。――茜色の西日に照らされて、ひどく眩しく感じる。
「それに、本当にレイヴン、役者になれます」
「でしょ、俺様名優~」
 日が落ちる前に戻ろうと促して、夕陽の道を歩く。
 役はとっくに貰ってる、とは決して口にはしなかった。







大遅刻のお誕生日お祝いでしたとさ