冬灯夜
2017-08-20 06:07:16
4697文字
Public オリジナル
 

咲く

オリジナル
・夢の中のガールミーツガールと花の話
・滅茶苦茶遅くなったお誕生日お祝いでした

 咲いて、咲いて、咲いて。


 花が咲く。




 彼女が迷い込んだのは、どこまでも続く草原と、なだらかな丘陵でした。
……何コレどこココ」
 呟いても返る言葉はなく。
 とりあえず足を進める内に、ああそうか夢だと気付きました。
 ふわふわの草を踏みつけてふわふわと歩きます。
 空は明るく、青く、薄雲がゆっくりと流れるほどの風が吹いています。
 夢だ夢。
 美しくも現実感のない光景に、彼女は確信を深めながら歩きます。いまいち身体が言うことを聞いているようにも思えません。
 それにこれだけ晴れていれば感じる筈の温かさもないのですから、夢に違いありません。不快感はありませんが、覚めろ覚めろと念じてみます。
 覚めません。
「いやもう目ぇ覚めろってば」
 唯一、自由になる口でも唱えてみますが、全く変化はありません。
 悪夢のように嫌な感じもしないので、仕方ないと諦めかけた時でした。
 小さな丘が目の前に現れます。
 それ自体は今までも見かけ、上り、下ったものと同じです。ただ、足元に一つ。
「花だ」
 草ばかりで木さえ遠くにちらちら見えてる程度だった中、蕾を湛えた――正確にはまだ咲いてはいない植物があったのです。
 ようやく起きた変化に、足が向かうまま丘を上ります。
 上る度に一つ、二つと蕾は増え、やがて咲いたものもその目にとまるようになりました。
 そして丘の頂上に立った彼女は――言葉を失いました。
 咲き誇る花、花、花。
 ざあ、と風が花弁を揺らして、彼女の身体も揺らして吹き抜けます。
 暫しその光景を呆然と眺めていた彼女でしたが、丘を下り、その少しばかり先。花が一際集まる中心に、人影が在ることに気付きました。
 赤、青、黄、薄紅、色とりどりの花をかき分けるように、足は進みます。中でも一等、白い花が多いようです。
 そしてこれほど色が多様なのに、不思議と花の形はどれも同じようでした。
 彼女が立ち止まると、花の中心で座っていた人影が、ゆるりと彼女を振り向きました。
「だれ?」
 誰何の声を上げた人影は、どこにでもいるような少女のように思えました。
「誰っつっても……名前でも名乗ればいい?」
 夢の中の人物に誰って言われても、いや夢なんだから知ってろよと妙に理不尽なことを思います。
「あー、私は」
「いいわ、別に。興味ないし」
……あそう」
 なら訊くんじゃねーよと彼女は毒気づきましたが、年下らしい少女にそれを吐かないだけ自分は大人なのだと飲み込みます。年下とはいえ、五つも離れていないくらいでしたが。
「あんたは何してんの?」
「別に」
 素っ気なく少女はそっぽを向きます。
 このガキ、と内心の呟きをやはり彼女は飲み込んであげました。
 少女はここから動く気はないようで、顔を逸らした先をただ見つめていました。
 彼女はそれを眺め、一つため息を吐くと、どかりとその場に座ります。
「何よ」
「疲れたから休憩」
「あっそう」
 どこか行け、とでも言われるかと思いましたが、少女もため息を吐いてそれで終わりでした。
 歩き続けてはいましたが、実際疲れなどはありませんでしたので、いつでも立てはしたのですが。美しくも同じような景色に飽き飽きしていた彼女は、暫くここで目を休ませることにしたのです。
 それに、素っ気ないとはいえ会話が出来るのです。まあその態度には目を瞑ってあげようではありませんか、何せ彼女は大人なので。
 うんうん、と一人頷く彼女に少女はようやく目を向け、すぐに胡乱になりました。
 ……大人なので、怒ったりはしません。ええ、大人なのです。
「随分咲いてるね」
……
「さっきまでは草ばーっかだったのにさ」
……
 こんのガキャ、と彼女は思いました。
「土壌がいいのかね」
……夢に土壌も何もありゃしないわよ」
 呆れたように呟く少女に、おやと彼女は首を傾げます。
 少女の言い草は夢であることを認識しているような。夢の住人でも、夢だと分かっていることが――まあ、あるのだろうと彼女は納得します。夢は何でもアリなものでしょう。
 反応が返ってきたので、彼女は続けます。
「なら、種がここらにしかないとか?」
 内容に特に意味はありません。何故ここにしか咲いてないかなんて、実の所そんなに興味もありません。ただ、覚める気配のない夢は暇でした。そこに反応が返ってきたのだから、適当に暇潰しでも出来るだろうと思ってのことでした。
 なのに、少女はぴくりと身体を震わせます。
…………そうね」
 やや勿体ぶった沈黙の後に、少女はそう答えました。
 ふうん、と相槌のような息を漏らして、彼女は近くの花に手を伸ばします。
 細身で固い茎から、びっくりするほど柔らかな花弁が咲いていました。絹のような手触りで、乱暴にすると散ってしまいそうな気がします。それでも好奇心で少しだけ引っ張ってみると、意外にしっかりとした手応えでした。
「摘まないの?」
 ころころと指先で遊んでいると、少女が硬い声で言いました。
「うん。別に摘まなくたって綺麗だし」
――綺麗なんかじゃない」
 視線を花から戻すと、少女は俯いて膝の上で拳を握り締めておりました。
 肩ほどまで伸びた髪が、少女の顔を隠します。
「こんなの……
 声を震わす少女を、その周りに咲く花々を、彼女は見つめます。
 色違いの花。その中に座り込む、薄いワンピースのような――病衣の少女。
 どこにでもいるような少女だと思いました。色白の手を更に白く握り締めた、ただの、少女。
「何で?」
「だって、こんなのよくないものだから」
「何でさ、毒があるわけでなし」
「よくないのよ!」
 少女は顔を上げて、彼女をきっと睨みつけました。
……見せてあげる」
 拳を解き、少女は地面に手を伸ばします。
 すると――指の先の地面から、ぽっと芽が飛び出るではありませんか。
 少女が少しずつ手を引いていくと、それに合わせるように茎が伸び葉が生え、見る見る内に周りの花と変わらぬ背丈になります。
 流石だな夢、と彼女は思いました。
「なるほど、あんたが種なわけね」
……そうよ」
「だからって綺麗じゃないとかよくないとか、意味わかんない」
 これからわかるわ、と少女はじっと蕾を見つめます。
「嫌い」
 不意に少女から零れた言葉に、彼女は目を瞬かせます。一瞬自分に言われたのかと思いましたが、少女の意識は蕾に向かっています。
「嫌いよ。適当な言葉ばっかり言う『友達』なんか」
 蕾が、頭をもたげます。
「きらい」
 ふるりと震えて――蕾が開いて。
「きらいよ」
 花が、咲きました。それは朱色の、周りと同じ形の花でした。
 少女はその花を一瞥し、それから彼女を見遣り、ふっと視線を逸らしました。
「よくないものなの。だから、綺麗なんかじゃないのよ」
 彼女は少女を見つめ、咲いた花へ視線を移します。
 赤い花。手を伸ばします。
 先程と同じ、細く固い茎に、柔らかく咲いた花弁。
「摘んでしまって。こんなもの」
「あんたは、しないの?」
「わたしじゃ出来ない」
 少女が掴んだ手近な花は、確かに折り曲がるだけで散る気配もありません。
 ほんのり彼女は花に力を込めてみます。……摘めるのかもしれません。
 少女は冷めたような、けれどぎゅっと眉間に皺を寄せた顔でいました。
 はあ、とため息を一つ。
「てい」
「っな、何!?」
 彼女は、少女の髪に手を突っ込みました。
「何もなにも」
 くしゃくしゃと手を動かして、頷きます。
 指に残る感覚は、花弁とよくよく似ておりました。
「摘めないなら摘むなってことでしょ」
 花と違うのは、そこに温度を感じたこと。少女は、確かに温かかったのです。
「馬鹿なこと……言っていいわけないじゃない、こんな」
「いいじゃん、ここでは」
 どうせ夢だし。
 彼女の言葉に、少女は剥がそうとしていた手を止めます。
「あんた随分溜め込んでんね」
 周りに咲く花をぐるりと眺め、彼女は呟きます。
 赤、青、黄。混ざった色、薄い色、濃い色。そして一番多い、白。
「言えば? お互い名前も知らない夢の中でしょ」
 少女は、彼女の手を払います。それはとても力なく、彼女は抵抗せずに離してやりました。
 乱れた髪を直そうともせず、少女は暫し地面を見つめておりました。
 やがて――ぽ、と芽が吹きます。
 一つ。二つ。彼女の近くにも。
 茎が伸びて葉が出来て。
「きらい」
 少女の言葉に、蕾が震えます。
「検査なんか嫌い。よくならない」
「外に行きたい。こんな所いたくない」
「お父さんもお母さんもごめんねって、聞きたくない」
 赤、青、黄。
 芽は育ち、蕾は少女の声と共に花へ。
「みんな、来なくていい。みんな行っちゃう。隣の部屋の子だって」
 少女の声が震えます。
 芽吹き。育ち。咲き。
 蕾が一つ、残っていました。
 言葉を呑んだように、少女は固まります。
 ――風が、草原を花を揺らして吹きました。

「いかないで」

 一瞬で、それは花開きました。

「行かないで。ひとりにしないで。傍にいて」

 芽吹いて、あっという間に蕾をつけて、幾つも。

「行かないで」

                        「逝かないで」

 少女の俯いた顔から、零れ落ちる光。


          「いかないで……ッ」


 ――――白い花が、咲きました。







 少女はそれから、声なく震えておりました。
 彼女はその傍で、白い花を撫でておりました。
……あ、わり、何か目ぇ覚めるわ」
 彼女の唐突な言に、ばっと少女が顔を上げます。青白かった顔は、すっかり赤くなっていました。
「やっぱり、言ったっていいことなかった」
「あ、そう」
 睨みつけてくる少女を受け流し、彼女はにやりと笑います。
「ま、私はたくさん綺麗な花が見れて悪くなかったよ」
――あのね。あなたね」
 それは胡乱な眼差しに取って代わり、言葉を切った少女は、結局ため息に変えました。
「あのさあ、また言いなよ」
「だから人の話を」
「また会ったら、このクールビューティーなお姉様が聴いたげるからさ」
 彼女の視界はゆっくりと滲み、どうやら身体も消えていっているようです。
 少女は息を呑み――ゆっくりと、吐き出しました。
……とんだ上から目線」
 ああこれが所謂ジト目か、などと彼女は呑気に思います。
「小生意気なガキんちょにはこれで十分でしょ」
「年増」
「はぁー? ピッチピチの十代ですけどぉー?」
「言語センス古いのよ」
 視界がもう大半、光のようです。声がギリギリ聞こえるくらい。


「あなたの為には、咲かしてやらないんだから」
「おうよ、またね」





 目を開けると、いつもの天井でした。
 カーテンの隙間から薄っすらと光が差し込み、ちゅんちゅん小鳥が囀っています。
……ねっむ」
 全く以って眠った気がしません。夢の中では疲れなど感じませんでしたが、こうして起きてみるといい迷惑です。
 ですがまあ、しょうがありません。
「またねっつったからねー」
 彼女は大人なのです。前言を翻すような、みっともない大人ではありません。
「覚悟しろよクソガキ」
 また夢の中で。もしくはどこかで。仕方ないから聴いてやるよと、目の前にいない少女に彼女は宣戦布告を叩きつけたのでした。