冬灯夜
2017-01-31 18:46:19
1523文字
Public テイルズ色々
 

天才様と槍使い

TOWRU ジュディスとハロルド
・掴みたかったものの話

 反射だった。
 机に片肘をついて、ハロルドがうつらうつらと舟を漕いでいた。少々不安定に見えるけど何か掛けるものでも、と踵を返そうとしたら、膝の上に置かれていた手がぴくりと震えて。――勢いよく前方に伸ばされた、その手を取った。
……あら、ジュディス」
 あれじゃバランスを崩して倒れる、なんて思考する前のこと。
 ハロルドは二、三度瞬きをして、どこかぼうっとした声で言った。
……大丈夫?」
「ええ。支えてくれたのね、ありがと」
 体勢を直して、改めてハロルドは頬杖をつく。片手を握ったまま、机に少し寄り掛かる。何となく、離れる気にならなかった。
「夢、みたのよね」
 僅かな沈黙の後、離せとも言わず、握り返しもせず、ハロルドは独り言のように呟いた。
「現実世界での記憶なんじゃないかしら」
「思い出したの?」
「具体的なものはなーんも。全くはっきり見せなさいよね、面白い機械もありそうなのに、設計図も作れやしないわ」
「あなたならその発想だけで作ってしまいそうだけれど」
 彼女の奇抜さと手腕は、個性的な夢見る目覚めの人の中でも一際だ。
 ふふん、とハロルドは笑う。
「作ってみせるわ、勿論。でも、すぐそこにあるのに掴めないのはもどかしいったらないわ。そこを足掛かりにもっと面白いことが出来るはずだもの」
「そうね……私も、時々もどかしくなるわ」
 何か足りない。大事なものの筈なのに。空を駆ける、共にある、そこにいなくてはならないものなのにここにはいない、そんな感覚ばかりが残ってもどかしい。
 ふと、手が握り返される。
……掴めなかったわ」
 視線の先の指は、少し冷たい。
「きっと掴みたかったのに」
 あの時、伸ばされた手には勢いがあった。けれど空を切ったその手は、途端、ひどく頼りなく見えて――考える前に身体が動いていたのだ。
 手に力を込める。
 掴みたかったなにか。
 掴めなかった、なにか。
 それはこの手ではなく。足りないなにかでもなく。
 もどかしく、胸がざわめき締め付けられる。
 記憶ではなく感覚で分かってしまう。たぶん、それはもう、欠けてしまったのだ。記憶が在っても戻りはしないと、理解してしまっている。
 深く、胸の奥を刺し穿つ痛み。
 夢見る目覚めの人に出会うと、思うことがある。
 ……ヴールに取り込まれたら、分かるのだろうか、と。
……取り零してばかりね」
 きっとそうやって生きてきて、夢の世界で記憶も取り零して、今は何を失ったかも分からない。けれど妙に、それまでの生き方と合致しているような気さえする。
 ぐっと、強く手が握られた。そしてぱっと、びっくりするほどあっさりハロルドの手は離れた。
「ないものはないわ。でも忘れただけならそこにある」
 ハロルドは立ち上がり、私の顔を覗き込む。
「その内、記憶を取り戻す装置でも発明したげるわ。そんな顔しなくたっていいわよ」
……私、どんな顔してたかしら?」
「シケた顔」
 額を一つ、つつかれた。
「じゃあ、あなたは差し詰め萎れた顔かしら」
「あーら言うじゃない」
 にんまり笑って、ハロルドは机の上のメモや資料を纏める。
「さって、研究の続きするわ」
「頑張ってね。ご飯の時間になったら呼びに来るわ」
「よろしくー。あ、あんたのその後ろ髪? 気になるから研究協力してくれてもいいけど」
「遠慮するわ。ご飯の手伝いもあるから」
 じゃあまた今度ねと軽口を叩き(でも恐らく本気だ)、机に向かうハロルドと別れて部屋を出る。
 夕食にはまだ早いこの時間、見上げた空は青い。
 ああ、こんな空を飛びたいな。
 湧き上がった想いを噛み締めて、目を閉じた。