冬灯夜
2016-08-31 07:32:37
6806文字
Public テイルズ色々
 

約束を交わす指

・TOWRU 神子んび+ちょっとレイエス
・コレットとエステルが話していたら……

 ルフレスの街は今日もいいお天気だ。
 ぽかぽかしていい気持ち。何だか身体が浮き上がりそう。
「コレット!」
 目を閉じて浮遊感に身を任せていると、横合いから声が掛けられた。同時に、手が握られる。
「あ、エステルー」
 少し年上の友達が、ちょっぴりびっくりしたような顔で立っている。どうしたんだろう。
「あ、ごめんなさい、どこかへ行く所でしたか?」
「ううん、そんなことないよー。どして?」
 ぱっと手を離すエステルに首を傾げる。
「コレットが浮いていたので、風に飛ばされるのではないかと。でも、話しかけたら全然焦っていなかったので、もしかしてどこかへ行こうとしていたのかと思ったんです」
「そっか、ごめんね、心配かけちゃった。いいお天気だったから気持ちよかっただけだよ」
「いえ、わたしの方こそすみません」
 お日様の近くに行ったらもっとあったかいかな、とは思ったかも。驚かせちゃったのは私だから、エステルが謝ることはないのに。
 羽をしまう。と、あ、とエステルが小さな声を上げた。
「どしたの?」
「羽、綺麗だったので……見ていたかったな、と」
「えへへ、ありがと。それじゃ、もう少し出してるね」
「ありがとうございます!」
 もう一度羽を出すと、エステルは嬉しそうに笑った。
 ふと、少し離れた所から声が聞こえた。
 ……男の人かな? 二人、なんだろう、『ちょ、ま……――……て!』『はっは、――
 うーん? 追いかけっこかなあ。楽しそう。
……あの、よかったら、触らせてもらえませんか?」
「ん、いいよー」
 躊躇いがちに言うエステルの声に、遠くからこちらに意識を戻す。
 背を向けて羽を動かすと、ややあって、そっと羽に指が触れた。肌のような感覚はないのだけれど、羽の縁を指が辿り、優しく触れられているのは分かる。
 ほう、とため息が聞こえた。
「綺麗です……太陽の光とも違うんですね」
「そうみたい。熱くはないの」
「これで飛べるなんて、不思議です。凄いです」
 ゆっくりゆっくり指が動くと、何だかくすぐったいな。
 確かに鳥の羽とは違うのに、どうやって飛んでるのか自分でも分からない。考えなくてもこうすれば飛べる、と分かっているから、飛べてるんだけど。
「そだ、エステルも飛んでみる?」
「え?」
「一緒に飛んだら、どうやってるのか分かるかも」
「い、いいんです? でも、重くなってしまいますし」
「だいじょぶ、私けっこう力持ちなんだよ」
 振り返ってぐっと力こぶを作ってみせる。……あれ、あんまり出なかったや。
 まあいっか。近寄ってエステルの手を引く。
「掴まっててね、私もちゃんと持ち上げるから」
「え、は、はい!」
 エステルの腰を抱き寄せて、足を……えっと、膝の裏に手を通したらいいかな。
「えーい」
「きゃっ」
 エステルの腕が、私の首の後ろに回る。うん、出来た。
「わ、わ、凄いですコレット!」
 きらきら目を輝かせてはしゃぐエステルに、私も嬉しくなってくる。
「えへへ。それじゃ、行くよー」
 一度羽を動かして具合を確かめる。ついでにくるりと回転。うん、だいじょうぶ、いけそう。
 まずは屋根の上の方に――
「コレット、後ろ!」
「え?」
 ひゅん、と背中の方を何かが通り過ぎる感じがして。
「おっと、!?」
「だから待――!?」
 二つの声が重なって、背中に大きな衝撃を感じた。




 次に目を開くと、どこかのお家の中だった。
……あれ?」
「コレットちゃん」
 ぱちりと目を瞬かせると、声が降って来た。
 ゼロスだ。ぎゅっと眉間に皺を寄せて、上から覗き込んでいる。
「目ぇ覚めたか? どっか痛いとこない? 気持ち悪くねーか?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ちょっと全身の感覚を探ってみてから答える。
 あれ、私、いつの間に横になったんだろ。
「うん、だいじょぶ。痛かったり気持ち悪かったりしないよ」
「そっかぁ……よかったぜ」
 ふー、と長い息を吐いて、ゼロスの眉間の皺が少し緩んだ。
「でも何かあったらすぐ言ってくれよ。ごめんな」
「うん……? えと、何でゼロスが謝るの? それに私、どしちゃったんだっけ」
 よいしょ、とベッドの上で身を起こす。すぐ横の椅子に座ったゼロスより、まだ少し目線が低い。
「それなんだけど……あ、向こうにコレットちゃん目ぇ覚めたって伝えてくれる?」
 近くにいたルフレスに伝言を頼むと、ゼロスはしっかりと私に向き直った。
「コレットちゃんにさ、ぶつかっちまったんだよ、俺」
「え。……あ、そか、何か背中に当たったの、ゼロスだったんだ」
「そう。そんでコレットちゃん気絶しちまったんだよ。
 女の子にそんなことしちまうなんざ、俺さまとしたことが一生の不覚だわ。本当すまねえ」
 そう言ってゼロスは頭を下げる。そっか、それで記憶が途切れて。
 あ。
「ゼロス、エステルが! 私、エステル落っことしちゃった!?」
 直前の記憶はエステルを抱き上げた所。私が気絶したということは、エステルを地面に放り投げてしまったということじゃないだろうか。
「ど、どうしよう、エステル」
「大丈夫、大丈夫だって。まだ寝てた方がいいからコレットちゃん!」
 エステルの所に行こうとベッドから降りかけた私を、ゼロスが止める。
「でも」
「エステルちゃんなら無事に着地したから。コレットちゃんが倒れる前に、咄嗟に姿勢支えてくれたみたいだって言ってたよ」
 その言葉に、ほっと力を抜く。肩を押さえていたゼロスの手も緩んだ。
「そか、よかった。でも、謝りに行かなくちゃ。どこにいるんだろ?」
「今は、……ってやっぱ場所も分からず飛び出そうとしてたわけね」
 言われてみれば。
 でも多分、街中を周れば会えると思うし、誰かに聞けば知ってる人はいると思うし。
 あ、それをゼロスに聞けばよかったんだ。
「ゼロス、エステルの居場所知ってる?」
「知ってるけど、コレットちゃんは暫くここでお休み。あっちはあっちでおっさんが説明っつか釈明っつか謝罪してる」
「ええー」
「ダメだって、無理しちゃ。……ぶつかった俺さまが言っても気分悪ぃだろうけどさ」
「気分は悪くないよ?」
「ああ、うん、そういう意味でなくてね。まあいいならいいけど」
 ゼロスが椅子の背もたれに寄り掛かる。ぎ、と椅子の軋む音がした。
「ま、そんなわけで、俺さまは看病兼説明と謝罪兼コレットちゃんが飛び出さないよう見張る係」
「ええー」
「だからダメだって」
……だって、やっぱり私が落としちゃったことには変わりないもん」
 ちゃんと顔を見て、ごめんねって言わなきゃ。
 一緒に空を飛ぼって言った私のせいだし、その約束もうやむやになっちゃってる。
……あのなぁ」
 ゼロスから目を逸らして俯いていると、どこか呆れたような、苛立ったような声がした。そのトーンに、我知らず小さく肩が跳ねる。
「それもこれも、俺さまとおっさん……レイヴンのせいだろ。コレットちゃんのせいじゃねえって」
 おそるおそる目を上げる。ゼロスは、怒っている――というより、何だか苦虫を噛み潰したような顔だ。いつもの明るい笑みも、時々見える皮肉げな笑みも、口元から消えていた。
「だから謝るのは俺! とレイヴン! むしろ俺さま的には8割あのおっさんのせいだけどごめん!」
「う、うん、私はもういいよ! 私も後ろ向いてたからごめんね、ゼロス」
「あーもう謝罪合戦になってどうするよ。謝られたら俺さまの立つ瀬ないぜ……
「え、ごめんねゼロ、あ、また」
「はい終わり! そこで終わり! 俺さまが打ち切るのも釈然としないけど終わり!」
「う、うん、分かった」
 私が頷くと、ゼロスはまた長い息を吐いて、私を見て、がっくりと肩を落とした。
「何だろうなこの脱力感……
 ごめんね、と言いかけて慌てて口を噤む。
 だってゼロスがとても疲れて見えるから、つい。
 ごめんね、と。
 言ってしまってもよかった。そうする方が私はきっと楽になる。でもそれを言うと、やっぱりまたゼロスはあの苦い顔になるんだろう。
 前なら言ってしまっていた。前、前っていつだろう。聞かせてしまった誰かも、やっぱり苦い顔をしていた気がする。ああ、誰だろう。記憶がないのに、いつかも誰かも分からないのに、きっとそうなんだと思う。
 ただ、今は。
 ――ゼロスがあんな風に自分を責める顔を、見たくないと思ったのだ。
……あ、そういえば」
 ふと思いついて声にすると、ゼロスが顔を上げた。
「ゼロス……と、レイヴン? なにしてたの?」
 そして、ぴしりと動きを止めた。
 あれ?
「えと、確か飛ぶ前に、二人の声が聞こえた気がしたの。あ、ゼロスとレイヴンだって分からなかったんだけど、追いかけっこなのかな? そんな風に聞こえたから、なにしてたのかなって」
「そ、それは」
 うぐ、と小さく呻いたきり、ゼロスは喋らない。なんだろ、凄く言いにくそう。
 首を傾げて見つめていると、片手を額に当てて、ますます呻き声ばかりが増える。
「ゼロス?」
…………
「ゼーロース?」
 だいじょうぶかな。そんなに言いたくないなら、無理して聞かなくてもいいよね。
「えと、ごめんね、ちょっと気になっただけ――
………………も」
「も?」
 訊いてごめんねと言う前に、ゼロスが低く言葉を絞り出した。
 も。も? 桃?
「おっさんになっても長くモテる秘訣を聞こうとしてた……
 一瞬、間が空く。
「へえ、そだったん――
「あの野郎! うさんくさいから最初はきかねーつもりだったのに、やったら勿体ぶりやがるから! 何かついその気になっちまって、で、いざこっちが聞こうとしたらまぁたいらないんでしょとか言いやがって逃げやがるから!」
「そか、だから――
「だからあんな妙な追いかけっこに……ああくそ! 何で俺さまが男を追いかけにゃならねーんだよ! 大体、あのおっさんモテてるか!? 別にモテモテではねーだろ! そうだよ、だっつーのに雰囲気に呑まれて、あのおっさん話術っつか詐術だけはうめえな!?」
 殆ど息つく間もなくまくしたて、だあああ! と最後に叫んで、ゼロスは再びがっくり肩を落とした。ぜーはーしながら肩が上下に動いている。
「そっか、そゆことだったんだねぇ」
……訊かれたら言わねえわけにもいかねえからなあ……本当くっだらねえ理由」
 肩と頭がますます落ちる。
「でも、二人とも楽しそうだったよ」
「俺さま男と楽しく遊ぶ趣味はねーの。怒っていいんだぜ、コレットちゃん。そんなんで危ねえ目に合わせたんだ」
「でも、怪我しなかったよ」
 ゼロスは顔を伏せたまま返事をしない。
「それにいっぱい謝ってくれたし、今だって私が目を覚ますまでいてくれたし、だからもういいんだよ」
 私だって、空を飛べないエステルと空を飛ぼうとしてた。危ないことだって分かってたけど、だいじょぶだと思ってた。それでエステルに怪我をさせる所だったかもしれない。……やっぱり、早くエステルに謝りにいかなきゃ。
 ゼロスはさっきの体勢のままだ。
 ……ごめんねって言ったら、またゼロスは困るかな。あんな風に苦い顔で、怒ったような、悲しい声を出すのかな。
 でも、でも。
……ゼロス」
……なに、コレットちゃん」
「ずっと顔上げてくれないなら、やっぱり私、謝らないと」
「だからそれはやめて、頼むからやめて」
 反射的にゼロスは顔を上げて、一瞬、しまった、という顔を見せた。
 それから困ったように私を見て――ふっと、苦笑した。
――本っ当コレットちゃんは、俺さまを情けなくさせる天才だわ」
「えと」
 言葉だけならとても申し訳ないことをしている気がしてくるんだけど。でも、ゼロスの声を聴くと、そこまで嫌な感じはしない、ような気がする。
……ごめんな」
「ううん、私こそごめんね」
 って、あれ、これさっきもやったね。ああ、また怒らせちゃう。
 けどゼロスは、よし、と一つ手を叩いた。
「じゃあこうしよう。お詫びにデートしようぜ」
「デート?」
「空飛ぶデート。二人して飛べるなら危なくねーだろ?」
 そんでコツを掴んで、今度こそエステルちゃんを空に連れてってあげたらいい。
 そう言ってゼロスは笑い、ひょいっと私の手を取った。
「コレットちゃんは俺さまを元気づけられて、俺さまはお詫びになって、エステルちゃんの為の練習にもなる。更に言えば俺さま役得。
 どーよ、この一石二鳥どころか三鳥も四鳥もの素晴らしい提案は」
「ゼロスが元気になったら私も嬉しいから、五鳥以上だね!」
 笑って答えると、ゼロスは一瞬、気の抜けたような顔になる。
 またすぐに、いつもの不敵な明るい笑みになったけど。
「あれ、そういえばゼロスって飛べたんだっけ」
「ありゃ、見せたことなかったっけ」
 普段は使ってない。戦闘の時に……見た、ような?
「そか、ゼロスも飛べるんだね」
「そゆこと。でもま、野郎共に見せる気はねーから、一応秘密ってことにしとこうか。
 くー、いいね、コレットちゃんと二人だけの秘密」
「そなの? きっとカッコいいのに。でも、分かった。秘密だね」
 重なってる手と逆の手で、口の前に一本指を持ってくる。ゼロスも同じ動作をして、同時に口から笑いが漏れた。
「約束だよ」
「おうよ」
 ゼロスが何だか、いつもより優しく笑った気がした。
 そう思ったと同時、こんこん、と部屋の扉がノックされる。
「コレット、ゼロス、入ってもいいです?」
 控えめな、エステルの声だった。
「エステル! うん、いいよー」
 私が答え、するりと手を解いたゼロスが扉に向かう。エステルと、少し後ろにレイヴンがいた。
「コレット、大丈夫です? どこか痛い所はありませんか?」
 ベッドの傍まで来たエステルが、心配そうな顔で問う。ゼロスと同じこと訊いているのが、何でかおかしくて嬉しかった。
「だいじょぶだよ、心配かけてごめんね。エステルはだいじょぶだった? 落としちゃってごめんね」
「わたしは平気です、コレットが支えてくれましたから。もっと早く気付いていたら……ごめんなさい」
「いや、そもそもぶつかっちまったのはこっちの方で……本当ごめんよ」
 エステルがしゅんと俯いて、レイヴンが手を合わせて謝ってくる。
「ううん、だいじょぶだよ、私こそエステルに謝りたかったの」
「コレットが謝ることはありませんよ」
「エステルだって」
 エステルの目にはいっぱいの心配があった。
 私はだいじょぶだったし、エステルもだいじょぶだった。だからもう心配しないでいいんだよ、とどうしたら上手く伝わるだろう。エステルに悲しい顔をさせたくないのに。重くなってしまう空気に一人あわあわしてしまう。
「いやだからねお嬢さん方、おっさんらが遊んでたせいだからね」
「くっそ、やっぱりからかってやがったなおっさん!」
 その空気を変えてくれたのは、ゼロスだった。
 ぼそっと呟いたレイヴンに、大声でゼロスが突っかかる。
「若人をからかうのがおっさんの楽しみでねぇ。あ、でもモテる秘訣はわりとほんとよ?」
「あんた言う程モテねえだろ」
「あら酷い、おっさん泣いちゃうー」
「つかわりとかよ。何割かは嘘かよ」
「はっはっは、そいつぁゼロスくんの使い方次第よ」
 テンポのいい言い合いをよそに、エステルと顔を見合わせる。心配と後悔は薄れて、代わりにあたたかい色が浮かんでいる。二人で、くすりと笑った。
 よかった。こんなエステルの方がずっといい。
「9割方おっさんのせいだからな、いっそ土下座でもしやがれ!」
「あれ、さっきは8割って」
「何ちょっと水増ししてんの青年!?」
「10割でもいい!」
「100パーになった!」
 にぎやかに会話が続く中、私とエステルはまた今度の約束をする。
「約束ですよ」
 お茶の約束ともう一つ、エステルと約束が出来て、二人で指を切る。楽しみだなぁ。その前に、ゼロスとも約束だ。
 ふと、そのゼロスと目が合う。
 『やくそく』
 声にしないゼロスの声が、聞こえた。
 に、と悪戯っぽく笑ってウインクを一つ。
 こっそり頷くと、ゼロスはレイヴンとの掛け合いにすっと戻った。
「コレット?」
 小さく首を傾げるエステルに、何でもないよと笑う。
 約束で、秘密だよ。
 とても楽しみで、楽しくて、やっぱり私は笑ってしまうのだった。







「お茶の約束」「モテる秘訣」はユナイティアの好感度会話から。とても可愛いので是非プレイしてね!