冬灯夜
2016-05-15 10:43:21
2516文字
Public TOV
 

正装とホワイトデー

TOV レイエス
・ホワイトデーと正装(http://privatter.net/p/1374123)のレイヴン視点
・かいたら来る、の時期は過ぎました

 全く自分らしくない、甘い香りに包まれながら城内を歩く。
 探し人は、部屋のすぐ近くで見つかった。
「嬢ちゃん」
 彼女が足を止めたのと、声を掛けたのと、どちらが先だろう。
「レイヴン」
 振り向いたエステリーゼは、笑ってこちらに向かってきた。
 青を重ねたドレスと、結い上げられた淡紅色の髪。その色調は城の外で見る白の衣よりも髪の色を際立たせ、だが全体的にはより落ち着いた印象を与える。
「どうかしました?」
 挨拶しながらついまじまじと見ていると、それに気づいてエステリーゼは首を傾げた。
 ……ちらりと覗く項が眩しい。
「いやあ。ドレス見んの、久しぶりだなあと思って」
「そういえば、最近お城では会ってませんでしたね、レイヴン」
 そんなことを口にして引かれたくはないので、無難に誤魔化す。
 調子のいいことなら幾らでも言える。……それに、ほんの少しの恐れが混じるようになってきたのは、いつの頃からだったろう。
 くるり、とその場でエステリーゼは一回転した。裾が僅かに空気を孕んで、またすぐに落ちる。
「どうです?」
「そういう色合いもいいね、嬢ちゃん。でも目にはちょっと優しくな、ごほっ」
 危ねえちょっと漏れた。
「え? どこか反射してたりします? 大丈夫です?」
「いやいやいや。似合ってるってことよ、うん」
「そう、ですか……?」
 じっと見つめられて、反射的に目を逸らす。けれど、エステリーゼの声には不安が含まれていた。
 無用な誤解は、避けるべき。
 臆病な自分につい笑いが苦くなる。
「綺麗だよ。似合ってる」
 真っ直ぐ目を見返して、伝える。エステリーゼが不安がることは何もない。
 エステリーゼはぱちりと目を瞬かせ――
「ありがとう、ございます」
 ほんのりと頬を染め、視線を外してそう言った。
 ……軽口には照れてもくれないのに、こう、どうしてこう、こういう時は!
 湧き上がる羞恥に口を噤む。
 互いに黙り込んでしまって、感情のやり場が心臓しかない。同時に懐にしまってあったブツを思い出した。そうだこれが本題だ。
 声に動揺がでないようにと息を吐き、思い切って口を開く。
「あのさ、嬢ちゃん」
「あの、レイヴン」
 被った。
「ご、ごめんなに、嬢ちゃん」
「いえ、レイヴンから先に」
「嬢ちゃんの方が早かったって」
「わたしはあとで大丈夫ですから」
 そうしてひとしきり譲り合った結果、そもそもレイヴンは用事があったのでは、というエステリーゼの言葉によって、自分から話すことになった。
 ええい。
 巾着袋を取り出して、差し出す。
「この前のお礼。受け取ってくれる?」
「わあ」
 目にした途端、顔を輝かせたエステリーゼの両手に、巾着を乗せた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「あの、開けてもいいです?」
「どーぞどーぞ」
 エステリーゼが結びを解くと、甘い香りが広がった。
「すごく、いい香りですね」
 相好を崩したエステリーゼに、ほっと息をつく。嬉しそうな、機嫌のよいこの表情だけで、苦労した甲斐があるというものだ。
「気に入ってくれたんならよかったわ」
「はい!」
 巾着の中身はクッキーとジャム。二つを見つめながら、エステリーゼは真剣に考え込んでいる。やがてぽつりと、その答えが漏れた。
……バラ?」
「おー、正解」
 生花とは多少違う香りだろうに、流石だった。
 エステリーゼが顔を上げる。
「もしかして、手作りしてくれたんです?」
……ん、まあ」
 そこは、気付かなくてもよかったのだが。
「ほら、嬢ちゃんもこの前、甘くないヤツ作ってくれたでしょ」
 先月、普段お世話になっている人たちへ、という名目の行事で、エステリーゼは甘くない菓子を作ってくれた。
 甘味を極力減らして、ブランデーを香らせた小さなチョコレートだった。
 旅の仲間たちで酒を好むのは自分だけで、エステリーゼ自身も酒を嗜む年ではない。菓子自体は仲間たちにも配ったのだろうけど――これを受け取ったのは、きっと自分だけだ。
 密やかな優越感と独占欲を抱きながらも――ひとりひとり好みのものを作っただろうことは理解している――自分の為に、という気遣いが何より嬉しかった。
「嬉しいです。ありがとう、レイヴン」
 その礼なのだから、そんなに嬉しそうな顔をすることはない、のだ。
 分かっていても、笑顔は眩かった。
「大事に食べますね」
「いやいや、日持ちしないからさっさか食べちゃって。ね」
 大事に胸に押し抱くエステリーゼにむず痒いものを感じる。
「でも、勿体なくて……そうだ、写真か絵に残して」
「待ってそれおっさん羞恥プレイになるから!」
 やめよう、やめて!
 必死に止めると、冗談です、とあっさり流された。
「よ、よかった。……そういう冗談言うの、珍しいねえ」
「そうかもしれませんね」
 人の気も知らないで、エステリーゼは涼しい顔をしている。
「本当にありがとうございます」
「なーに、お礼なら胸に飛び込んでおいでー嬢ちゃん」
 いつも通りにふざけて言うと、いつも通りにエステリーゼは小さく笑った。
 直後、窺うような目線が向けられる。
「これ、他の方にも……あげて、ます?」
「あー……
 少しだけ口ごもる。が、他に聞かれれば誤魔化しようはない。
 クッキーは他と一緒。バラのジャムは、エステリーゼだけに。
「だから、他のヤツには秘密ね」
 ほら、知られたら俺様に恋する女性方が嫉妬しちゃうからさ、なんて軽く軽く言葉を重ねる。
 手作りはバレた。特別扱いも、バレた。
 でも、一つだけバレて欲しくないことが残っている。
 どうして、バラを使ったのか。
 どうして、生花を贈らずジャムにしたのか。
「秘密、ですね」
 そっと唇の前に人差し指を立てて、柔らかく笑うエステリーゼ。
 その笑顔がどうしてか、今日一番嬉しそうに見えて――――
 秘密に出来ているだろうかなんて不安だとか、何で嬉しそうなんて疑問だとか。そんなもの全て、どうしようもない程の喜びとときめきに、かき消されたのだった。