冬灯夜
2016-02-21 02:36:20
3679文字
Public テイルズ色々
 

背中合わせの共犯者

TOD2 ジュハロ
・決戦前のあのイベントの時
・全くもって甘くない
・リク交換でスピカさんから『ジュハロジュ』『二人の物理的な距離が近い』というお題で書かせて頂きました

「これ、持ってってあげてよ」
 と、目の前に差し出されたマグカップとサンドイッチと、ナナリーを交互に見る。
 誰に、とは問うまでもなかった。
「何故、僕が」
「あたし、どうも機械はダメでさ。何か変な所触ったら怖いし」
 その点あんたなら大丈夫だろ? と言うその信頼の在処はどこだ。決して機械類が得意なわけではない。確かに多少、慣れてはいるが。
 それに、とナナリーは呟いた。
……カイルとリアラは、邪魔したくないしさ」
 反論しかけていた口を閉じる。
 何でもないことのような、当たり前のことのように。そう言うのだから、同じようにそうだな、と返す。
「頼まれてくれるかい?」
「仕方ない」
「ありがと!」
 渡されたカップは二つ。サンドイッチも二人分。
 結局、こうして頷くと分かっていた――というより、断られるとは毛頭思っていなかった用意の仕方に、小さくため息が漏れた。
 その反応にか、小さくナナリーが笑う気配がする。
「それさ、サンドイッチはあたしが作ったけど、ココアはルーティさんが淹れてくれたんだ」
 台所を借りたら、じゃあとっておきを差し入れ、と奥から出してきてくれた、と。
……そうか」
「甘くておいしいよ。じゃあよろしくね、ジューダス」
「ああ」
 さっきから名前の出ないもう一人はどうしたとか、残った二つのカップをどこに持っていくのかとか、そんな野暮は飲み込んでやることにした。このココアに免じて。



+ + + + +


「進めー、進めー、ロケットー!」
 正直に言おう。話しかけたくなかった。
「星の彼方の果てまっでもー!」
 調子っぱずれのわりに力強く、自作であろう歌の二番だか三番だかを歌う、珍妙な女には。
「行けー、行けー、ロケットー!」
……おい」
「あん?」
 スパナを振り回していた女――ハロルドが、イクシフォスラーの上から見下ろしてきた。
「なに? 今いいとこなんだけど」
 それは作業がか。歌がか。
 特に聞きたくもない疑問の代わりに、両手のカップと皿を示す。
「ナナリーから差し入れだ」
「あら。そういやちょっとお腹空いたわね。ここまで持ってきて」
「僕は両手が塞がってるんだが」
「ハシゴ掛けてあるから大丈夫よ。ほらさっさと来る!」
 傍若無人を絵に描いたような女は、イクシフォスラーの上、見えない所に消える。がたがたどさどさ、乱暴な音が聞こえてきた。整備中の機体の上で何をやっている。
 仕方なく両手でバランスを取りながらハシゴを登る。
「ごくろーさま。そこ置いて」
 ひっくり返された箱の横に座り、手を拭いながらハロルドは言った。イクシフォスラーの上部、最も水平を保つ所だ。
 置いて座ると、いそいそと手が伸びる。
「あったまるわー」
 雪国でないとはいえ、夜になれば多少は冷える。吹きさらしのこの場であれば尚更だ。
 仮面の顎を少しずらして、ココアに口をつけた。微かな苦みが舌を突く。
 サンドイッチは、次々とハロルドの胃の中に消えていく。あっという間に皿を空にして、ごちそうさま、と満足そうな息をついた。
 そのまま会話もなく、何とはなしに夜空を見上げる。
 イクシフォスラーの上は、遮るものなどなく、よく晴れた空ばかりが広がっていた。
「星って、こんな綺麗に見えるもんなのね」
 ハロルドはカップを両手で吊るすように持ち、器用にその状態でココアをすする。
「そうだな」
「しっかり覚えておかなくちゃね~」
……そっちでも、時間が経てば見えるようになるだろう?」
 彗星とベルクラントに砕かれ、舞い上がった粉塵に覆われた千年前の世界。すぐには晴れずとも、少なくともハロルドが生きている間には空も戻る筈だ。
「ばっかね、千年経ったら空だって動くのよ。そりゃ推測することは可能よ、でも実際に観測できる機会があるんだもの、見とかなきゃね」
 確かに、千年前や十八年前――自分にとっての今――を行き来することになる機会など、奇跡でもない限りありえない。
「それで、推測と観測は合ってたか」
「さあ。星図の全景なんて見た覚えないし、そういうのは観測できるようになってからすればいいと思ってたから」
 時折、粉塵と雪雲の合間に覗く光は、星かもしれなかったし空中都市だったかもしれない。
 自分にとっての星はその程度のものだった、とハロルドは言う。
「あんたは星に思い入れでもあんの?」
……ないな」
 星を見て思いを巡らすほど、夢想家ではなかった。空を見上げようなどと思いもしなかった。
「星を見ることに、意義は感じなかった」
「ふーん。今は?」
「今も変わらん。……ただ」
 言葉を切ると、さっさと言えと目線でせっつかれる。
……あいつらが守った世界なのだと思えば、それは僕にとって意味のあることだ」
……ふぅん」
 ずず、と隣のカップから音がする。
 大分ぬるくなったココアをゆっくりあおる。
「兄貴たちの生き様が、この時代なわけよね」
「ああ」
「そんで、私やあんたの選択が、つくった世界でもあるわけね」
 星から、隣へ目を移す。
「あんたは知ってたんでしょ」
 問いかけの形をとった断定に、眉をひそめる。
 兄の死を、と問われているのではないことは分かった。その問答は既に行ったものだからだ。二度、無駄なことを繰り返す女ではない。
「『この世界は、スタンたちによって救われなければいけない』、だっけ」
 救われるには――救われるような出来事が、なければいけない。
 ……なるほど、そういうことだ。
 千年前に、神の眼を砕いていれば。ヒューゴが持っていた『ベルセリオス』を破棄していれば。
 十八年前の戦乱の原因をなくしてしまえば。
 そうすることで救われた人物は沢山いた筈だ。身近で言えば、ロニがまさしくそうだ。家族を失うことなく、クレスタに来ることもなく、過ごしていたのかもしれない。もっと言えば、スタンとルーティは出会うこともなく、カイルは生まれていなかったかもしれない。
「そうだな。……その通りだ」
 選んだのだ。
 その時、神が存在していない選択肢を。
 己が――かつての仲間たちが必死に生きた時を。いま、仲間たちが、掴もうと足掻く選択を。
「ああ、別に責めてるわけじゃないわよ」
「分かっている」
……兄貴が死んだのは歴史の流れだからじゃない。私が知らない沢山の、それこそ恨みや未練を呑んで死んだ人たちも。ただ」
 ハロルドは、カップを抱えて膝にもたれ、遠くを見つめている。
 少しの沈黙を経てから、目線を動かさないままハロルドは再び口を開いた。
「私たちは知ってる」
 それだけよ。
 彼女にしては珍しく、ひどく静かな声だった。
 カップに残っていたココアを飲み干す。
……大分、冷えてきたな」
 虫の音が微かに聞こえるだけの静寂の中、それだけを口にした。
 カップの底には、冷えたココアがこびりついている。
「そうね」
 不意にハロルドが立ち上がり――と思った次の瞬間には、背中に軽い重みが掛かっていた。
「なんだ」
「ずっと背中丸めてると疲れるのよ」
 ただの重みが、ゆっくりと浸透して温もっていく。
「あんたはまあ、大きさ的には悪くない背もたれね。お守も今はいないからでこぼこしてないし。ツボにはまればそれも悪くないけど」
「人をマッサージ器扱いするな」
「その骨も場所によっては」
「取ろうとするな!」
 躊躇なく引っ張られる仮面を慌てて押さえる。
「そういやコレ、何の骨? 随分丈夫だし、一回ちゃんと調べてみたいのよね~」
「断る!」
「じゃあ、あんた本体でもいいけど」
「断ると言っている!!」
 すっかりいつもの調子になった弾んだ声に、嫌な気配しか感じない。
 立ち上がって手早くカップと皿を回収する。
 敵前逃亡ではない。決して。
「まったく……付き合いきれん」
「ま、決着つく前に貸してくれればいいわよ、それ」
「知るか」
「はいはい。また明日ね」
……ああ」
 ハシゴに足を掛ける前、一纏めにされた工具の山を漁るハロルドの背中が目に入る。
 ……左手の皿をカップと一緒に右手に預ける。サンドイッチもココアも、もうない。
「ん、なに――
 振り向きかけたハロルドの上にマントを投げる。
「ちょっと」
「風邪でもひかれてうつされたら困る」
 踵を返してハシゴに向かう。片手が空いているから、行きより楽だ。
……あんたの背中、ちょうどいい温度だもんねえ」
 にやにやと笑い含みの声が聞こえる。知らん。
「おやすみ」
「ああ」
 ハシゴを降りきると、また調子外れの鼻歌と工具を振るう音が降ってきた。
 もう一度、空を見上げる。
 レンズの塊はまだ、遠く空の上だった。



CP:ジュハロジュ お題:『二人の物理的な距離が近い』
スピカさんから交換で頂いたレイエス(お題:雪)はこちら→http://privatter.net/p/1269624