冬灯夜
2015-06-07 03:44:52
2819文字
Public TOL
 

さやけくなりて

TOL ワルフェニ
・フェモちゃんがウェルテス来る前
・言葉が足りない

 は、は、と息を切らしながら走っている。
 誰かが追ってくる。逃げないと。
 泳ぎならあんな奴らに負けはしないのに!
 ぐにゃりと見慣れた風景が歪んで、後ろからの圧力に取って代わる。
 怒号。悲鳴。
 いや、いやだ。
 テューラ、逃げて、まだ帰ってきちゃだめ。
 足がもつれる。
 腕が、後ろから、固い手が、

 ――助けて!!

 反射的に手を伸ばす。
 目の前の空間が一点、透き通った黒に見えた。
 たすけて。
 必死に動かした手で掴んだそれは、温かくて――酷く、泣きそうになった。



……おい」
 目を開けるのと、その声が聞こえるのは同時だった。
 いつものように険しい顔をした人が、そこに居た。
「ワルター、さん」
「ああ」
 身体が動かない。いやな汗が全身に滲んでいる。
 木陰で少し暗くなったワルターさんの顔を見つめる。
 ……そうだ、ここは遺跡船の、水の民の里。今のは夢だ。
 故郷の村で捕まった時の夢。
……どうかしたのか」
「あ……いえ、何でもないです」
 我ながらぎこちない笑い方だとは思ったが、今はこれが限界だ。
 ワルターさんは深い青の目でこちらを見ている。何故か動こうとしない。
「ワルターさん? あ、何かご用件が」
 すい、と動かされた目線を追って、言葉が切れる。
 あたしの手が、がっちりとワルターさんの袖を掴んでいた。
「わ、ご、ごめんなさい!」
 慌てて離そうとする。が、離せなかった。
 掴んだ形で手が固まっていて、その上震えていた。
 どうしよう。震えを止めなきゃ。手の力を抜いて、その前に指を動かせば。
 焦れば焦るほど、手は言う事をきかない。
「あ、の、あのすみません、大丈夫ですから!」
 申し訳なさすぎて、ワルターさんの顔が見れない。
 これ以上、醜態を晒したくなくて――けれどワルターさんは、無言であたしの隣に座った。
 あたしの右手がワルターさんの左袖を掴んでいるから、その手が離れないほどの距離。ついでに、いつも一緒にいてくれるミニオートマタは、その逆に静かに浮いていた。
…………あのう」
「何だ」
「何かご用があったんじゃ」
……ない」
「じゃ、じゃあお仕事は大丈夫なん――
「俺にも休憩時間くらいある」
「ですよね」
 じゃあ。
……寝るから少し黙っていろ」
「はいっ」
 問いをそっと呑み込む。
 ワルターさんは目を閉じて後ろの幹に身を預けた。
 これ以上なにか言えば怒られるだろうな。
 同じように幹に身を預けて、ワルターさんを伺い見る。
 不機嫌そうな顔。真っ直ぐで鋭い金の髪。
 あ、睫毛、長めなんだ。
 ……手の震えは、いつの間にか治まっていた。
 それでも手を――縋った手を離せずにいるのは、あまりにもそれが嬉しくて、終わらせるのが勿体なくて。だから。
 どうして、ここにいてくれるんですか。
……ありがとうございます」
 返答はなかった。
 それでも、ここに居てくれることが答えなのだと都合よく解釈して、ぎゅっと、袖を握りしめる。
 もう一度、目を閉じる。
 また夢を見ても、きっとそれは優しいものだと思いながら。







 木陰でフェニモールが眠っていた。
 摘んだ薬草を仕分けている最中に、微睡んでしまったようだ。
 里の中なら危険はない。傍にはオートマタもいる。放っておこうと踵を返した所で、そのオートマタが微かな駆動音をたてた。
 フェニモールは、眉間にしわを寄せていた。
 怒ったり呆れたりはするが、今までそんな――苦しげな表情は、見たことがない。
……フェニモール」
 膝をついて呼んでみるが、反応はない。
 いや、僅かに口が開いた。漏れ出たのは呻きだ。
 夢を見ているのだろうか。何か、嫌な夢を。
「フェニモール」
 もう一度、はっきりと名を呼ぶ。
……、」
 聞こえない。
 だが、状態は目に見えて悪くなっていく。汗が尋常ではない。
 起こした方がいい。
 眠るフェニモールの肩に手をやろうとして、……躊躇った。
 何故か、何故だろうか、分からない。
 中途半端な姿勢で固まったまま、なんともらしくない思考が巡る。
 ふと、フェニモールの口が動く。

 『      』

――おい」
 それは殆ど同時だった。
 固まった手が動こうとした瞬間、突然フェニモールの手が勢いよく伸び――ちょうど目の前にあった俺の腕、正確には袖を掴んだのだ。
 そしてフェニモールは目を開ける。
「ワルター、さん」
 目を二、三度しばたかせ、ぼんやりした口調でフェニモールは呟いた。
 どこか覚束ない、まさに夢現といった風情でこちらを見ている。
……どうかしたのか」
 迷いながら問うてみる。
「あ……いえ、何でもないです」
 明らかに何でもなくない。
 袖を掴んだ手が震えていることに、気付いていないのか。
 たすけて、と。
 音にならなかった声は、そう言っていた。
 思い当るのは一つしかない。俺が知っているのはそれだけだと、そう言ってしまえばそうなのだが。
 知っている時間の、なんと短いことだろう。
「ワルターさん?」
 訝しげに、何かご用件が、と続いた声は途中で止まる。
 視線の先には、俺の袖を掴むフェニモールの手。
「わ、ご、ごめんなさい!」
 未だ震えは止まらず、動かすこともままならない。
 それでもフェニモールは手を外そうともがく。
「あ、の、あのすみません、大丈夫ですから!」
 何がだ。
 だから何だと言うのか。
 また、ぎこちない笑みを浮かべるフェニモールの言葉を遮り、その隣に腰を下ろした。
 ろくに動けもしないくせに、何が行ってください、だ。
…………あのう」
「何だ」
「何かご用があったんじゃ」
 ……
「ない」
 誤魔化すのは諦めた。
「じゃ、じゃあお仕事は大丈夫なん――
「俺にも休憩時間くらいある」
「ですよね」
 お前は人を何だと思っている。
 さっきから俺は「何だ」「何が」「何」とよく分からない疑問を持ちすぎじゃないか。
 ……もう知るか。
……寝るから少し黙っていろ」
「はいっ」
 更に口を開こうとしたフェニモールを強引に黙らせる。
 どこで休憩しようと同じだ。
 目を閉じると、薬草の香りが風に乗って届く。
 ふわりと、頬に柔らかく触れたのは、恐らくフェニモールの髪だ。
……ありがとうございます」
 好きでやっているだけだ。
 やがて小さく聞こえた声に、決して声にはしない答えを返す。
 ずっと離れない手がもう一度、強く袖を握ってきた。
 震えのない手に、密やかに息を吐く。
 これを安堵と言うのだと、今度ばかりは知っていた。





ワルター視点難しいな!!
ピクモフにもあります http://s.pictmalfem.net/items/detail/12605